第33話 ローモ村へ

「たす、けて……」


ふと耳に聞こえたのは虫の羽音のような小さい声。

娼婦のように身体をくねらせ、地を這うように悉くを燃やしていく赤黒い焔が舞う街でそれは聞こえてきた。焔によって燃やし尽くされた灰が鼻腔を擽る。僕は忌々しく思いながらも首を回した。


父さんの命令より、一夜で滅ぼしたこの国は僕らの襲撃を抑えることができず、住民も騎士も王族だって悉く死んだ。辿り着いたときははしゃぐ子供の声や活気の溢れる街の様子を見て嫌気が差したが、今は焔によって燃やされた匂いの方が顔をしかめるほどに辛い。


煙と焦げた匂いが充満し、呼吸もしづらい中瓦礫と化した建物近くに赤ん坊を抱いた母親が座っていた。灰にまみれた緑の長いスカートの裾は所々千切れては、焔によって燃えたのか花柄のような跡があった。

僕はそのまま母親に近付くと彼女は甲高い悲鳴を上げて、赤ん坊を大事そうに抱え直す。


「──お願い、この子だけは……。この子だけは……!」


薄汚れた布で包まれたやけに大人しい赤ん坊を母親は自分を盾にするようにして抱える。その目は僕に対しての恐怖で満ちていて、眼光は揺れていた。煤だらけの顔を見せる母親に僕は疑問を浮かべる。だってそれはもう──。


「まぁいいや」


僕はため息をついて血のこびりついた剣を母親の目に突き刺した。それは母親の後頭部まで貫き、勢いよく引き抜けばそこから噴水のように血が溢れだした。光を失った目を開きながら母親は前のめりに今まであんなに守っていた赤ん坊を下敷きに倒れた。


僕は疑問を解消するために母親の骸を退ける。下敷きになった赤ん坊の薄汚れた布を引っ張り、身体を露にさせた。人形のように固まった赤ん坊を触る。


「──やっぱり」


冷たい。温もりが消え去った反応のない小さい死体と母親を交互に見る。


「もうとっくに死んでたのにあんな命懸けで守るなんて──」


僕は彼女らに興味を亡くしてそのまま焔が蔓延る道を歩く。剣を鞘に納めて、煙によってほとんど見えないそらを見やる。


「──ほんと、理解できないな」


僕はそう誰かに言う訳でもなく、呟いた。


・ ・ ・


馬車ががたり、と大きく揺れアスベルの意識は浮上する。晴天の日、黄色い花が咲き乱れる道を馬車は走っている。


大きめの木箱が並ぶ馬車のなか、何人かの乗客と共にアスベル、ローラン、エルマは身を寄せ会うように座っていた。


「アスベル」


アスベルの右隣に座るローランが嘴を開く。その声にアスベルは「ん? 」と静かに答えた。


「そろそろじゃないか」


ローランの蜂蜜色の瞳が一点を見つめる。アスベル、エルマもその方向へと目を向けて、馬車から降りるための準備を始めた。



「まいどあり~」


40代半ばの男性がアスベルから料金を受けとるとよく通る活気の良い声で応え、また馬車を走らせていった。この村で降りたのはアスベル達だけであった。


「……ついたわね」


朝からほとんど口を開かなかったエルマが村を見渡しながら言葉を溢した。


木造の家に屋根には藁が引き詰められ、牛のような姿をした大人しい魔物が行商人と共に荷物を引いている。小麦の香りが漂うパン屋に鉱石や羽で作られた飾りを売る店、客と談笑しながら生地を選別している染物屋だってある。人の声が絶えることはない。子供も大人でもその声の内には喜色きいろが混じっていた。

アスベルはそんな村の様子を見て、眩しそうに目を細めて言う。


「ここがローモ村……」


そう、ここは彼らが亡くした身近な命、フィオラが生まれ育った故郷・ローモ村であったのだ。

何故、彼らがここにいるのか。それについて少し時を戻す──。


・ ・ ・ 


「フィオラの故郷に、かい? 」


ロルトとセナ、そして彼らの祖母が帰った後、アスベル達は少し脱力感の見えるカティスの部屋へと来ていた。

カティスはちょうど書類の作成中であったが、その顔も疲れが見え、仕事のペースも遅かった。カティス自身もフィオラとの別れが影響を与えていた。


「確かローモ村だったけど、どうしてだい? 」


「フィオラを連れていこうと思って……」


アスベルはそう言うと懐から一つの瓶を取り出した。中にはいくつか星のように瞬く小粒の石と灰が入っていた。その瓶を見つめ、カティスは目を見開く。


「これは……」


「フィオラが亡くなったときに遺されたものです。そのままにすることが出来なくて……」


アンデッド化により、他の人々を攻撃しまいと自ら死を選び、消滅したフィオラの灰を詰めた瓶をアスベルは悲しそうに見つめる。


「私達今まで亡くなった方々にどんな風にすれば分からなくて、だけどフィオラにとってはフィオラの家族にとってはもう一度会わせた方がいいんじゃないかと思ったんです」


「俺達にできることはこれぐらいしかないから」


「なる、ほどね……」


カティスは腕を組み、瓶を見つめる。その目は憂いを帯びており、その眼差しが水面のように揺れた。


「──それなら」


そうカティスは立ち上がり、自身の机の引き出しからあるものを取り出す。それは濃い緑色に黒い線が描かれた細長い箱であった。アスベル達がその箱の正体に首を傾げているとカティスはゆっくりと箱を開けた。


中には萎れた百合のような白いリボンが丁寧に納められていた。そのリボンを見てアスベル達は驚きの声をあげる。


「本当は私自身が行くべきだと思ったがね。あんた等に任せようと思う。あの子はあんた等のルームサービスだったからね。きっとその方がフィオラも喜ぶ」


カティスはくまのみえる目を細めて優しく笑う。


「フィオラを頼むな」


温もりを感じるその笑みに三人は力強く頷いた。


・ ・ ・


ローモ村に辿り着いたアスベル達はカティスが渡したメモに書いてある住所へと向かった。

汚れ一つない細い川を越えて、風に身を委ねた黄金に煌めく麦畑を抜け、巨木のある赤い屋根の家を一軒見つけた。


家の回りにはいくつもの丸太が置かれ、切株には斧が刺さっていた。屋根のある簡易的な柵のなかには乾燥した藁と木造の道具が置かれている。

二坪ほどの畑には三種類の野菜が育っていた。そろそろ収穫が近いのか実がなっているものが多い。


するとその家から一人の男性が扉を開けてでてきた。

ベージュの質素な服に焦茶色のズボン、そして一番に目に留まったのは若葉のような美しい緑の髪であった。

ふと切株の元へと行こうとした男性はアスベル達の存在に気がついた。


「こんにちは、何かご用で? 」


物腰の柔らかい雰囲気にアスベル達はフィオラの片鱗を見つける。

優しい声色で尋ね、アスベル達の姿に首を傾げる男性。この男性こそがフィオラの父である。


「その僕達、フィオラさんにお世話になっていた者で……」


自身の娘の名を耳にし、男性は驚きの声をあげる。


「フィオラが? そうですか、そうですか。あの子も人様を支えられるようになったんですね」


男性は嬉しそうに頷いた。だがその名を呼ばれた娘がここにいないことに気づく。


「そういえばフィオラは何処に? あの子、この間帰るという手紙を送ったのにまだ一向に帰ってこないのですよ」


はは、と笑う男性にアスベルは唇を噛み締めた。

そして──


「すみません、今日はお話があって──」


アスベルは声を無理矢理押し出す。

今から話す言葉が止まらぬように微かに残っていた勇気を振り絞るつもりで──。

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