第5話 働かざる者食うべからず

「なんだこれ……」


バシーニードから脱走し、宛のない状態であったアスベル達。

しかしエルマが木の上からここカリオストロ国を発見し、そこへ向かうことになる。そしてたどり着いたはよいものの。


「こんなに人いたっけぇ……」


アスベル達の目の前には何百人もの人が店や道を行き来していた。賑やかな声に店にいる女性の張った声が響いている。

何百年ものあいだバシーニードで暮らしてきた三人にとってこの人の数は尋常ではなかった。なかには鳥人、獣人もいる。


「ここ、入り口だよね。なのに100人はいるよね……」


アスベルは人々を力ない指で差し、口角はピクりと震えている。


「多くない? 僕が行ったことがある国もこんなに多くはなかったよ」


「何百年もあればこれくらいにはなるだろう」


驚きを隠せないアスベルとは対照的に冷静なローラン。

エルマはというと狼の獣人だからか周りの匂いが気になり、くんくんと鼻を動かしていた。


「まあ、ここで立ち止まるのもあれだし。奥へ行ってみようよ」


人々が行き交う道をぶつからないように進む三人。

通行人のなかには武装した者も多く通っていた。それをアスベル達は不思議そうに見る。


「? 戦争でもあるのかな」


「それにしては緊張感がないな」


「血の匂いもしないわよ」


キョロキョロと周りを見ながら通るアスベルの目にあるものが写った。


「あー! 」


発見物へと近寄るアスベル、戸惑いながらも二人は彼を追いかけた。アスベルが見つけたものそれは


「おいしそうー! 」


串に刺さった焼き肉であった。

さすが暴食の魔塵、食べ物に関しては見境がない。

鉄板によって脂が焼ける音に鼻を通る香ばしい匂い、そして肉からこぼれおちる肉汁。それをアスベルはじっと見つめている。


「おお、兄ちゃん。食べてくかい? 」


髭を蓄えた初老の男性が焼いていた一本をアスベルに渡す。


「いいんですか! いただきまーす! 」


アスベルがよく焼けた肉を口にいれようとした瞬間


「ちょっと待て兄ちゃん!? 」


男性が慌てたようにアスベルを止める。


「なんです? 」


「お金お金! 払ってくれないと食わせられないよ! 」


「お金? 」


アスベルが眉をひそめると男性は後ろにいるローラン、エルマの方へと顔を向ける。


「お前さん方、金はもってねぇのか? 」


「お金、てなに? 」


「それがなんで必要なんだ? 」


ローラン、エルマもアスベルと同じように頭に疑問を浮かべる。それに気付いた男性は目を瞬かせる。そして顔を赤くすると大声で怒鳴りだした。


「なんだお前ら、一文無しか! だったらとっと失せろ! 商売の邪魔だ! 」


そう言ってアスベルがもっていた串焼きを乱暴に取り戻す。


「あー! 肉ー!」


「帰れ帰れ! 」


いまだに肉への執着が途絶えないアスベル。だが、普通ではないと感じたエルマがアスベルを引きずるように連れていった。ローランは男性に浅く頭を下げるとエルマ達について行った。


アスベル達は人通りから抜けて道の端へと移動し、立ち止まる。


「ああ、肉ぅ……」


まだ串焼きを諦めていないアスベル。


「仕方ないじゃない、あのお金? ていうのが必要だったみたいだし。そんなの持ってない私達が肉を貰えるわけないでしょ」


「あそこだけというわけでもなさそうだな」


ローランが見ている方向にはパンを受け取った女性が店員のような男に銀色のメダルを渡していた。すると女性はパンを持ったまま店から離れていったが男性は怒ることもなく、並んでいた次の客の接客を行った。


「あの銀色のものを持っていけば肉貰えるってこと?」


「見ている限り、そのようだな」


それを聞いたアスベルはキョロキョロと首を動かし、近くにいた馬の獣人の男性の方へと近づいていく。


「あのぅ……」


手もみでアスベルは馬の獣人の男性に話しかける。


「え、なんです?」


「お金ください! 」


あとは言わずもがな。

馬の男性からも怒鳴られ、小さくなったアスベルが帰ってきた。


「へぇ、お金をくださいって言っただけであんなに怒るってことはかなり高価なものなのね」


顎に手をあて、なるほどと言うエルマにそもそも見てすらいないローラン。アスベルは涙目になりながらも二人に話し出す。


「さっきの人、そんなにお金がほしいなら働きなさい、だってぇ……」


「働く? それでお金が貰えるんだな」


「らしいよ」


「それじゃあその働く場所とやらはどこにあるの? 」


「聞いてない……」


「いや、一番大事なところでしょ! 」


アスベルは肉を買えないショックがまだ抜けていなかった。


「それなら探すしかないな」


「そうね、じゃないとコイツ煩いし」


地面に四つん這いになって「肉……」と落ち込むアスベルの頭をエルマはかなり強めに叩く。撃沈したアスベルを引きづりながらローランとエルマは働き場所とやらを探し始めた。



結果を言おう。

アスベル達全員、働き手を探していた店から怒鳴られて帰ってきていた。

それもそのはず、アスベル達は人生のほとんどを他の世界との関わりがほとんどないバシーニードで過ごしてきたため包丁の使い方も接客の仕方も分からない。生まれたばかりの赤子に文字を書くように言うようなものであった。

そんな者を店が受け入れるわけもなく、全滅した。


「どうしよう、お金ないと肉食えない……」


「まだ言ってるのか……」


そろそろ諦めているだろうと思っていたがそうではなかった。

アスベルの周りをどんよりとした空気が漂っている。

まるでお通夜だ。どうしようかと三人で途方に暮れていると腹に脂肪を蓄えた男性がわっせわっせと三人のところまで走ってきていた。この男性はさきほど尋ねた肉屋の店主である。


「君達、ちょっと、はぁ、いいかな」


激しく息をする男性を落ち着かせると落ち込んでいたアスベルが彼の存在に気付き、一瞬で目の前まで移動した。


「くれるんですか! お金! 」


その目はギラギラと光り、男性も悲鳴をあげる。

そんなアスベルに次はローランが薙刀の持ち手でアスベルの頭を叩く。痛みで座り込むアスベルに驚きながらも男性は話し出す。


「え、えっと、さすがにぼくのところでは無理だけど。でもそんな武装しているならギルドにいけばいいんじゃないかなと思って……」


「ギルド? 」


「収入は安定しないけど、住む場所も食べ物もあまり困らないところでね。依頼を受けて達成すればお金を貰うことができるんだよ」


「本当ですか!? 」


「ここを右に曲がって少し進めば見えてくるはずだよ」


「ありがとうございます! 」


そう言って男性の肉つきのいい腕を掴み、かなり激しく振る。またもや男性が痛みで悲鳴をあげ、アスベルはエルマにぶっ飛ばされた。


「それじゃあ頑張るんだよ」


脂肪を揺らして男性は自分の店へと戻っていった。


「ギルドか、どれぐらい貰えるんだろう」


串焼きを思い出したのかアスベルの口からジュルリとよだれが溢れる。


「よし、ギルドに行こう! 今すぐ行こう! 」


目指すは肉ー! と叫びながらアスベルは全速力でギルドへと向かっていった。かなりの速度でアスベルは走るのでローラン達も急いで後を追っていった。





「ここかな、ギルドっていうのは」


アスベル達が立ち止まったギルドの前には何人もの武装した人々がいた。町中で見つけた人々と似たような格好をしている。


「さっき見た人達はここのギルドで働いている人達だったのかぁ」


「戦争じゃなかったんだな」


「どおりで」


アスベル達はひとまずそのギルドの中へと入っていくことにした。

ギルドは木製の建物で所々石やレンガで建てられているところがある比較的シンプルな内装であった。

中にはいくつものテーブルと大きな掲示板があり、掲示板には黄色がかった紙がいくつも貼られている。

居酒屋のような空間があり、料理の美味しそうな匂いが漂ってくる。


「うまそう~」


ズルズルとそちらへ向かっていきそうなアスベルの首根っこをエルマは掴むと受付らしきカウンターまで引っ張っていく。カウンターにいるギルド職員らしき優しそうな女性にエルマは話しかける。


「あのぅ、ギルドで働きたいんですが……」


「新規の方ですね。ようこそ、宿ギルドへ! ギルドパーティーとして働きますか? それとも職員としてギルドに勤めますか? 」


「ギルドパーティーです」


「了解しました。それではこの契約書にお名前と職業、種族と血印をお願いします」


ギルド職員から渡された紙と羽ペン、針をもって三人はテーブルへと移動した。復活したアスベルを含めて三人は名前と種族(魔塵族は除いて)を書き、血印を押したはいいが。


「職業って僕達なにがある? 」


「知るわけないじゃない、適当でいいでしょ? 」


自身の戦闘スタイルを職業で表そうとするのはかなり難しく、そもそもどんな職業があるかも分からない三人は職業の欄だけ書けないでいた。

ふとローランが周りを見る。周りには自分達と同じ武装した人々がいる。


「だったら聞いてみるか」


「聞くって誰に? 」


「ここにいる奴らに。自分と似たような格好や武器を持っている奴に職業は何かと聞けば自分はどう書けばいいのか分かるじゃないか」


「あー、なるほど。それじゃあ、早速聞いてまわろうか」


そこでアスベル達は自分と似た武装をした人に職業は何をしているかを聞いてみることに。

数十分したあとにアスベル達はまたテーブルまで移動した。


「僕と同じ剣を持っている人に聞いたんだけど、その人は剣士だったよ」


アスベルは空欄に『剣士』と書く。


「俺は薙刀を持っているが、ここのギルドにはいなかった。だから持ち手の長い武器を持っている奴に聞いたらそいつは槍兵だと言った」


ローランは空欄に『槍兵』と書く。


「私は武器を持ってない奴に聞いて武道家って言われたわ」


エルマは空欄に『武道家』と書いた。

全て書いた紙をさきほどのギルド職員へと持っていく。


「はい、確かに受け取りました。それではここギルドについてご説明させていただきます」


ギルド職員が言った説明とはこうだ。


1、ギルドで依頼を受ける際は掲示板から依頼書を剥がし、カウンターまで行き、職員へと渡す。


2、ギルドのランクはS~Fランクまであり、依頼を受け続けて、次のランクへ上がることができる。


3、依頼は制限しておらず、Fランクであっても高ランクの依頼を受けることができるが、ギルド職員が不可能だと判断した場合依頼は受け付けない。


4、パーティーの怪我、死亡についてはギルドは一切の責任を取らない。


5、罪を犯した者や問題を起こした者、パーティーはこのギルドから出禁とする。


「以上がこのギルドについての説明です。これらのことを守って依頼達成に向けて頑張ってください! 」


「頑張ります! 肉のために! 」


「肉? 」


拳を握りしめて肉への執念を見せるアスベル。その横でローランとエルマは頭を抱えていた。


「それでは依頼を受けてみてはどうですか? 掲示板はあそこです。決まりましたらあそこの職員を訪ねてください。ちなみに皆さんはFランクからのスタートです」


ギルド職員が向いた方向には気だるそうにすわる40代ほどの男性がいた。


「態度悪そー……」


エルマが小声でそう言う。


「ありがとうございました、それじゃあまず依頼を決めよう! 」


アスベル達はギルドで初となる依頼を決めるために掲示板へと向かった。

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