第4話 職業・脱走者

とある国のすぐ近くにある静かな湖畔と多くの木が生い茂った森。そこに突如として巨大な扉が現れた。黒く何人も近づくことのできない重苦しい気配を放っている扉だった。するとその巨大な扉が錆び付いたような音を出して開き始めた。そして現れたのは魔王領域・バシーニードから脱走してきたアスベル、ローラン、エルマであった。


「……何十年ぶりだろう、外の世界は」


青々とした草を踏みしめてアスベルは空を見上げる。バシーニードでは血のように赤かった空が美しい青に染め上げられた世界。吹く風もバシーニードでは感じることができない命の匂いがしている。森全体からは心臓の鼓動さえも聞こえてきそうだった。


「自由になれたんだね、僕らは」


アスベル達はそう実感することができた。

しかし、心の底から喜ぶことができなかった。 


「アドリム……」


アスベルは呟く。自分達のことを見送ってくれたあのアドリム怠惰の魔塵のことが頭から離れなかった。それはローランも同じである。


「アルスバーンさん……」


暴食の魔塵アルスバーンがアスベル達の脱走計画に気付いたのは脱走する一週間ほど前だった。


・ ・ ・


「ローラン、お主脱走しようと考えているだろう?」


「!? 」


バシーニードにいた頃、人気のない場所でそう言われたローラン。なぜバレたのか分からず言葉をすぐに出すことができなかったためローランのそれは肯定と見なされた。


「やはり、な」


重そうな鎧を纏う黒い鳥の老騎士はため息を吐いた。ローランの身体は硬直していたが、必死に声をだす。


「止めるつもりですか……」


もしそうであればローランは老騎士を止めなければならない。自分の失態のせいでアスベルとエルマに迷惑をかけることはできないからだ。しかし相手は自分よりも年も持っている力も上であり、その差はかなり大きい。食い止める以前に自分がやられる可能性もあった。すぐに武器を手に取れるように背中に担いだ薙刀へと手を伸ばそうとする、が。


「いや、違う」


その言葉にローランはピクリと手を止めた。


「その逆だ。協力する」


この人はなにを言っているんだとローランは思った。脱走をした者は、処刑するという決まりがある。そしてそれを手助けした者も同様に罪に問われ、最悪の場合同じように処刑されることになる。老騎士──アルスバーンはそれを承知の上でそう言ったのだ。


「どういう意味か、分かっていて……」


「同胞の行いに協力して何が悪い? 」


ローランは混乱していた。止めるならまだしも彼は協力すると言ったのだ。

今まで自分よりも長い時間、彼は魔王に尽くしてきた。脱走とは魔王を裏切るということ。それをアルスバーンはできるのか。


「死ぬかもしれないんですよ……」


「それはお主等も同じことだろう」


ローランは返す言葉が見つからなかった。それを見たアルスバーンがポツリと話し出す。


「……我も一度はここから脱走しようと思っていた頃があった」


ローランは目を見開いた。


「魔王は基本は良き王ではあるが、これ以上ここにいれば自分はおかしくなるのではないかと思っていたのだ。だから我は脱走しようと考えていたが、無理であった」


アルスバーンは目を細める。


「我にとってあの世界は眩しすぎた、追い求めていたものが逆に恐ろしいと感じ、自らの存在を否定された世界では暮らせないと思ったからだ」


その瞳は過去を思い出しているのか少し揺らめいていた。そしてローランを写す。


「我は叶わなかったが、お主達には叶えてほしい。」


アルスバーンは微笑む。今までローランは彼が笑う顔など見たことがなかった。


強欲の魔塵アラン怠惰の魔塵カガリ嫉妬の魔塵リゼッタには悪いがな。お主にも押し付けているようだが……」


お主等には光の方がよく似合う


・ ・ ・


「ローラン、ローラン」


自分を呼ぶ声が聞こえ、ローランは我にかえる。いつの間にか門は跡形もなく消えていた。目の前にはアスベルが顔を覗き込むようにして立っている。


「大丈夫かい? 」


「……ああ、平気だ」


ローランは心配しているアスベルの肩をポンッと叩く。それにアスベルは安心したような表情となった。


「二人とも、少しいい? 」


エルマがアスベル、ローランを呼ぶ。二人が近くまでくるとエルマは腕を組み、話し始める。


「ここで決めようと思うの」


「決める? なにをだ? 」


「この世界で生きていくときのルールよ、こっちについたら決めるって言ったじゃない。ちゃんと三人揃ってるときに」


「聞いてない」


「右に同じくぅ」


「ぶっ飛ばすわよ」


多少イラつきながらもエルマは話し始めた。


「魔力を無闇には使わない。ここはバシーニードじゃないから父さんの加護もないし、魔力も無限じゃないからね。それに二人とも気付いてると思うけどバシーニードからでた瞬間、なんか変な感じがするの分からない?」


エルマは自身の掌を何度も握り、広げるのを繰り返す。

アスベル、ローランも自分の身体を駆け巡る違和感に気づいていた。バシーニードにいたときよりも身体の動きが鈍いのだ。エルマが言っていた通り、彼らは魔王の加護によるバックアップもなく、バシーニードという適応環境にいる訳でもない。それが原因で身体に不調がでているのであろう。


「だけど気にする程でもないね」


アスベルは特に気にする様子もなく、ローランも問題ないのかぼんやりと自身と同じ色をした空を眺めている。


「そうね、けど気にしておいて損はないわ。それと《ブロット》も使わない方が良さそうね」


ブロット。それは魔塵族が持つ個々によって違う固有魔法である。その力は膨大な魔力を使う代わりに災厄とも言えるほどの被害を産み出すことのできるものだ。しかし……


「確かに、消費した魔力によって居場所が証されてしまうな」


魔力とはDNAと似ている。血縁関係がある者同士では魔力の色、種類、構造が一致するところが多くなる。そのため、ブロットによって消費された魔力を辿れば自ずとアスベル達にたどり着いてしまう。エルマはそれを危惧しているのだ。


「これから気をつけていくわよ」


「大丈夫大丈夫!」


「了解した」


本当かしら、とエルマは疑いをかけるが二人はそんな場合ではない。本当に大丈夫なのかと心配になり、頭を抱えた。


「…………あいつにも悪いことしたな……」


ふとよぎった自分を友と呼んでくれた、脱走を食い止めようとした同胞の顔。


「……もう関係ないことよね」


エルマはつらくなる前に考えるのをやめた。

脱走した今、バシーニードにいる同胞達の関係を断ち切ったのは自分達であるからだ。


「さてと、とりあえずここから離れよう。追ってくるかもしれない」


アスベルがそう切り出す。そろそろアスベル達が脱走したのに皆気付いている可能性があると考えたからだ。


「それもそうね」


「ああ」


アスベルの意見を同意した二人は頷く。


「それじゃあ、そろそろ行こうか! 」


自由を噛み締めていざアスベル達はその一歩を踏み出そうとしていた、が。


「…………てかどこにいくの? 」





エルマは今木の上にいた。

この森のなかで一番高い木を見つけてそこに登ったのだ。


「どうだい、エルマァ! 何か見つけたぁ? 」


木の下ではアスベルとローランが顔をあげて待機していた。


「まだよ、もう少しまっ………あ! 」


エルマが何かを見つけ、声をあげる。生い茂った森の先には白を基調とした多くの家らしきものと城のようなものが建っていたのだ。エルマは木の上から飛び降り、音も立てずに着地した。


「どうだった? 」


「あったわよ、ここから15キロくらいかしら。城のようなものが見えたから国だと思うわ」


「国、か。いきなり人が多い所だが大丈夫だろうか? 」


「さっき言ったこと、守ってれば大抵はどうにかなるんじゃないかしら」


アスベルはバチンと自分の頬を叩き、気をとりなおした。


「それじゃあ行こう、二人とも」


そして三人は木の上から発見した国、カリオストロ国へと向かうこととなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る