第3話 お金はまるで羽のように軽い
「頑張りなさい、アスベル。それが貴方のやりたいことなんでしょ? 」
アスベルの目の前には夜を映したような衣を纏った美しい女性、アスベルと同じ人間形の怠惰の魔塵族ーアドリムがいた。
アスベル達がいるのは魔王城の中央にある中庭でそこにはバシーニードでは珍しい何種類もの花が咲き誇っていた。
そしてなかには小動物型の魔物や昆虫型の魔物もいる。
アドリムはその中庭にあるこの世界ではよく映える白い大きな椅子に座り、膝の上にのる可愛らしい魔物の背を優しく撫でていた。アドリムは生物に向けていた目をアスベルへと向ける。
「後悔はしない、のよね? 」
顔を覗き込むように首を傾げるアドリムにアスベルは目を背けない。
「止めないの……?」
「止めないわ」
にこりと微笑むアドリム、しかしその目には覚悟しているのが見える。自らの死を受け入れることを。
「少しでも僕のことを食い止めれば貴方は罰を受けなくてもいいかもしれないだよ……」
「止める理由がないのに、そんなことできないわ」
そう言うとアドリムは膝にいた魔物を抱き上げ、下へと下ろす。地面へとついた魔物は跳ねるようにアドリム達から離れていった。
その姿が遠くなっていくとアドリムが口を開く。
「
口元を押さえて笑うアドリムの顔をアスベルは見つめた。
アドリムは本気を出さなくともアスベルを捕まえることなど容易いことだ。
それを行動に移さないということはアドリムはアスベル達のことを応援している、ということが伝わってくる。
言葉を探すアスベルにアドリムはこう言った。
「胸を張れる行いをしなさい、それが
いってらっしゃい
・ ・ ・
「……」
目が覚めたアスベルの目に写ったのは木の天井だった。ところどころに木目があり、味を感じる。そして聞こえてきたのは
グゥゥ──
「お腹すいたぁ」
自分の腹の虫の音だった。
ここはエリオス大陸にある国・カリオストロ。
農業が盛んであり、特産物は野菜が主である。周辺にあるどの国よりも栄えており、自由を重んじる。
奴隷自体も数が少なく、貧富の差を極力短縮していくという言葉のもと国民に寄り添った考えをもつ良心的な国家である。
そんな国に造られた国立ギルド、通称宿ギルド。
宿、飲食店、ギルドで構成されたギルドで多くのパーティーがここを利用している。
しかし、誰でもというわけではなくこのギルドで契約した又は他の国のギルドで契約をしたパーティーしか利用することが出来ない。
この宿ギルドは国立であるし、収入が安定しないパーティーが多いために他の店よりも安い値段で部屋と食事を提供している。
しかし、誰もが利用できるようになると他の店の売り上げに影響が出てくる。
貧富の差を広げたくない国は利用者を制限することで均等にし、この国に安心して過ごせるようにしたのだ。
そしてその宿ギルドの飲食スペースでアスベル達は食事を取っているのだが。
「ふまぁ」
アスベルはパンを口に多く含んで片手にはドライフルーツを持ち、片手には口にあるパンとは別のパンを持っている。
それに加えてアスベルの目の前には様々な料理が並んでおり、その隣には食べ終わった料理の皿が積まれていた。
「……朝からよく食べるわね……」
「仕方ないことだが……」
次々と料理を口に運んでいくアスベルを若干引いている目で見ているローランとエルマ。彼らはもう食事を終えていた。
「二人こそ、そんな少ない量で足りるの? 」
「私達が少食なんじゃなくてあんたが食う量が多いのよ! 仕方がないことだけど! 」
「ええ? そうかい? まぁ確かに僕はそういうものだからね」
そう言ってパクリとパンを口に運ぶ。アスベルの食欲はいまだに途絶えていなかった。
……ここで彼らについての話をしよう。
アスベルの右側に座る燕の鳥人の魔塵。年は彼らのなかで一番下の439歳となる。
しかし、見た目は若く16歳ほどにしか見えない。
彼の名はローラン・アルパトラ、背負う大罪は憤怒である。
金色の輪に結ばれた紺色のマフラーを首に巻き、おかしな刃をつけた薙刀を背負っている物静かな男だ。
彼はあまり感情を表に出さない。憤怒を背負っているためか他の感情をうまく表現することが出来なくなっているからだ。ボーとしていることが多く話を聞いていないことが多々ある。
アスベルの左側に座る狼の獣人の魔塵。
彼女の名はエルマ・アメスアメル、背負う大罪は怠惰である。
赤のメッシュがかかったベージュの短髪に手足が露出した服を着ている女である。見た目は17歳ほどだ。
彼女は怠惰でありながら気が強く、武器を使わずに拳や脚で戦うのが得意だ。年は彼らのなかで一番上の442歳である。
そのためしっかりとしている面もあり、彼女のお陰でパーティーは成り立っているようなものであろう。
最後にいまだに食事を終えないアスベルについてだ。
彼の名はアスベル・ダースマン、背負う大罪は暴食である。
赤茶色の髪に緑の瞳をした見た目が16歳ほどの男だ。
彼は暴食であるためにかなりの量の物を欲する。
これがローラン等が仕方がないことだと言った理由である。
もう5人前ほどは腹に納めたはずなのにいまだに食べ続けているのがその証拠だ。
年は440歳となる。彼は基本異物を食べて腹を下すことがないため土や木など大抵の物を食べることができるが好んで食べようとはしない。
「見た目が悪いのも多いし、なによりちゃんと味覚はあるから」
というのがアスベルの言い分である。
「足りないけど食べたぁ」
やっと一息ついたころには彼らの周りには大量の皿が置かれていた。周囲のパーティーも開いた口がふさがっていない状態だ。
「お前、食い過ぎじゃないか」
「ん? 全然大丈夫だよ、まだ腹八分にも達してないし」
「……そういうことではなくて」
呆れたような眼差しでみるもアスベルはどこ吹く風か。そうこうしていると女性のギルド職員がアスベル達に近づいてきた。
「あの、お会計よろしいですか? 」
「あ、よろしくお願いします」
かなり時間をかけて周りの皿をギルド職員が数え終わるとメモに書き始め精算している。
「こちら、15品で100ペスになります」
ペスとはこのカリオストロでの金の単位のことで円に換算すれば、1ペス100円であるため10000円をアスベル達は支払うことになる。アスベルは麻袋を一つ職員へと渡した。
「それで100ペスだと思います」
「確認します……………はい、100ペスですね。ありがとうございました! 」
「ご馳走様でした」
「あの、皆さんって今噂されている期待の新人パーティーなんですよね、たった一週間でAランクに上り詰めたという」
「えーまぁ、だけど期待だなんて」
「いいえ、謙遜しないでください。現に問題視されていたアスタロト教信者のアジトを見つけて捕まえたって言うじゃないですか! 世のため人のために功績を残していくなんてとてもすごいことですよ! 」
「え、いや、そんなことはないですよ、世のため人のためだなんて……」
「そうおっしゃらないで、これからも頑張ってください!」
「あ、ありがとうございますぅ……」
そういってアスベルは他の二人を連れてそそくさとギルドの外へと出ていった。ギルドをでて人通りの少ない場所まで着くとアスベルがため息をついた。
「言えない、報酬につられてだなんて、言えない……! 」
小声で話すアスベル、職員との会話では背景になっていたローラン、エルマも複雑な顔をしていた。
彼らは世のため人のためにあの依頼を受けたのではなく、報酬のためにやったのだ。
ここまで聞けばあまり良いようには思えないだろうが理由があった。
「アスベルの食費のためだけに一番報酬がよかったあの依頼を受けただけなんだが……」
そう、彼らが依頼を受けた理由は高い報酬のためである。
いかんせん、金がかかる食費(主にアスベル)を払うために今までも一番良い報酬がある依頼を受けてきていたのだ。しかし、周囲からはおかしな目で見られることはなく。
「帰ったらちょっとした英雄になったみたいにもてなされるから罪悪感が積もってくる……」
「さっきの食事代も絶対130ペソは越えてたのになんか値引きされてたし……」
食費のためにと軽い気持ちで受けた依頼についてきたこの国民全員に対する申し訳なさに名前をつけたい。
「まぁ、でも何がどうあれあんたの食費をちゃんと払えるくらいの収入が得れたことはいいことなのよね」
「もう少しアスベルが自重すればいちいち高い報酬のものを探さずに済むんだが」
「ルネちゃん元気かなー」
「「話を聞け」」
肝心のアスベルは空を見上げ、檻のなかにいるであろうルネのことを考えていた。
「でも、こうやってAランクになって報酬がいい依頼ができるのも元を正せば僕のお陰になるんだよね。」
「……たまたまではあるがそういうことになるな」
「なんの疑いもなしにやったからこんなことに……」
それは2週間前にさかのぼる。
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