第31話 白いリボン

フィオラは自身の身体に刃を刺す。


があった場所を。

痛みと衝撃でフィオラの口からはうめき声と唾液が少し飛び出す。

フィオラの身体と刃の隙間からはゆっくりと、しかし止めどなく押さえきれなかった血が流れ、フィオラの服を赤く染める。

まるで赤い花弁をもつ花が咲くようである。

さらりと流れた髪がフィオラの顔を隠し、その表情を見せない。

痛みで顔を歪ませているのか、それともいまだ笑顔を保ったままか分からない。

力が抜けるようにフィオラは座り込む。


そして…………崩れ始めた。

最初は肩から。

まるで乾いた地の大きな破片のようであり、ぼとりと落ちる。

落ちた肩の一部は風に吹かれ、さらさらと砂のように舞う。

次から次へとフィオラの身体の崩壊は始まった。

腕、顔の肌、髪、指、すべての身体の部位はどんどん風化されていくように朽ちていく。

その光景をみたパーティーのなかには気を失いそうになる者もいる。

フィオラは自身を使ってでも彼らを救いたかった。

例え命を失っても、怖い思いをしても。

たった一瞬の英雄になろうとしたのだ。


(こんなになるんだ……。私の身体……)


冷静すぎるだろう。

しかし本当にまるで他人事のような景色にしか見えない。

今から死ぬというのに恐怖はほとんどない。

あるのは……



「──フィオラ……フィオラ! 」


正気を取り戻したのかアスベルはフィオラに駆け寄る。

魔塵族だというのに情けがない、とあの色欲の魔塵エリセに言われることだろう。

今まで生命を脅かしてきたというのにたった一人のなんでもない人間に心を動かされるなど、と。

フィオラへと手を伸ばすアスベル。

フィオラはその手をとろうとも、手を伸ばそうともせずただ目の前のアスベルを見る。


あるのは……


アスベルの目に映ったのは目が髪で隠れ、その口角を上げる少女の姿。

そしてその姿は刹那、砂と化した。

砂の重さと重力で服が地面にカーペットのように敷かれる。

アスベルの伸ばした手は届かず、空を切った。

アスベルの足元ではフィオラだった砂が地面と混ざりあっていた。その近くで白いリボンがひらひらと揺れる。


「────」


アスベルの口からは囁くように零れた声とも言えぬ音のあとに数々のパーティーが歓喜する声が響く。

理由は多くが待ち望んでいた彼女達が来たからだ。


「ごめんなさい! 皆さん、遅くなってしまって! 」


アンデッドが襲撃してから今まで戦えぬ国民を城の近くまで誘導していたため城とは反対にあるこの場所にたどり着くまで時間がかかってしまったロードナイツ。

ロードナイツが来たことにより、パーティーは安心と自身を鼓舞する気持ちが上がり、ますますアンデッドとの力の差を見せつけていった。

ロードナイツは即戦闘態勢へと入り、近くのパーティーに話を聞く。

そしてアンデッドとパーティー、騎士団が戦う最中で立つアスベルにエレイネは気づく。


「アスベルさん! 」


駆け寄るエレイネの目の前に突如としてアンデッドが襲いかかる。

が、その動きは衝撃と共にぴたりと止まった。

アンデッドを貫く剣から垂れる血が地面へと落ちる。

そしてアンデッド自身の身体も砂のようになり、崩れだした。

アスベルの剣から血もさらりと落ち、足元に砂の山ができる。

あまりの光景に目を見開くエレイネの横を通り過ぎ、アスベルはアンデッドの変わり果てた姿を見て振り返り、次へと向かう。

エレイネはアスベルがアンデッドに刺した部位を見て、その場全体に聞こえるように声をあげた。


「お腹です! お腹の中心を狙ってください!」


エレイネの言葉を聞き、他のパーティーはアンデッドを駆逐すべく戦い始める。

振り返る際に見えた殺気に満ちたアスベルの表情に震える手でエレイネは杖を握りしめた。


・ ・ ・


アンデッドの身体に槍が突き刺さり、そこからアンデッドは崩壊し始めてとうとう砂と化していった。

それが最後の一体である。

アンデッドの軍団のとどめをさしたのはとあるパーティーに所属する一人の少年である。

アンデッドが完全に砂になる頃には辺りは砂だらけで砂漠のようであった。


「倒した……。倒したぞおおおお!!」


少年の声を皮切りに多くのパーティーから歓喜の声が響く。

突如として現れた脅威に彼らは打ち勝つことができたのだ。泣き出す者もいれば、それぞれ抱きあう者もいる。途中から戦いに加わったロードナイツも率先して戦っていたシンラ達も安堵の表情を浮かべていた。

だが、歓喜の声で溢れる最中。

アスベル達だけはその声に隠れるように静かに息を潜めていた。

まるで百合のように儚く揺れる形見を見つめながら。


・ ・ ・


「ん~?」


カリオストロ国に中央に位置するエステル城。

その塔の屋根に座り、アスベル達を観察するもの達がいた。

一人は朱色を纏う鳥人、一人は紫帯びた蒼の髪の青年、一人は妖艶な魔力を漂わせる女。

只者ではないほどの気迫を持ち合わせているがそれを表に出さない慎重さが彼らにはあった。

そんなとき鳥人が声を漏らす。


「なんだ、あいつら? 大したことねぇじゃねぇか。しかもなんだ、あの葬式みたいな空気。そんな人間並みの感情なんて持ち合わせてねぇはずだろ」


鳥人は怒りを露にするように頬杖をかく。

その様子に女は笑う。


「そんなに怒らないで? 魔力が漏れたら気付かれちゃうわよ。今あの子達に会うわけにもいかないんだから」


女の自身の髪を指で弄ぶ姿は美貌を含め、天女を彷彿とさせた。


「──だけどそうね、なんか拍子抜け。もう少し残忍性があった方がよかったんだけど。餌を食い散らかす獣みたいに」


しかし、言葉とは裏腹に女は視線の先に映るそれらを愛おしそうに見つめる。無意識なのか自身の下腹部に手をそえ、ゆっくりとなぞる。その行動に鳥人は露骨に嫌悪感を示すと一言も話さない男に声をかける。


「で、これからどうすんだ? あるじから言われたことはこれで終わったぜ」


男は一度鳥人の方へと視線を向ける。


「各自、自身の領域で待機だそうだ。何かあれば向日葵蝶クリュティエを飛ばすと」


男は素っ気なく答えるとまたアスベル達を見つめ始めた。男の態度に鳥人はまた機嫌を悪くする。今のこの鳥人はいつもよりも沸点が低いようだ。


「あぁそうかい。それじゃあオレは戻るからな」


そう言い残すと鳥人はふわりと浮かぶとそのまま何処かへ飛び立っていった。


「私もいくわね」


女も男に笑みを贈ると軽く合図のように手を振る。するとどこからか海鷂魚エイのような巨大な生物が姿を現した。女はその生物へと軽く跳びはねて乗る。


「それじゃあね、次は神殿かしら? 」


「ああ」


男の必要最低限の返事に対して女は笑みで返すと海鷂魚とともに飛び去っていった。

二人が去ったあと、男は何気なく空を仰ぐ。風に髪を弄ばれるも男は気にする様子はない。ただじっと自身の上に広がる限りのないそらを睨み付けるだけ。


「──薄汚れた空だな。肺が穢れる」


そしてまたアスベル達を見やる。しかし、その眼差しはあまりにも冷たく、その首筋を貫かんと言わんばかりの殺気を孕んでいた。


「──塵芥風情が。今更何も変わらないというのに」


男は、そう吐き捨てた。

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