第29話 恐れと共にあること

「あ゛……ぁっ……」


森のなかでどこからか苦しげに喘ぐ声が聞こえる。

そしてそれは一つではない。

森中をその声が埋めている。

ひたすらに声を漏らし、歩を進めていく彼らは皆同じ方向へと向かっている。

彼らの速度であればあと一時間ほどで着くだろう。

まるで鍛えあげられた軍隊のごとく、彼らはぞろぞろと止まることなく進む。途中で休む者はいない。歩くことしか知らない機械のようである。

そんな彼らの生気のない虚ろな瞳に写るのはただ一つ、カリオストロ国のみであった。

では何故彼らはカリオストロ国に向かうのか。

それは命令であったからだ。

彼らを造った者がそう言ったからだ。

だから彼らは進む。止まることなく、ただ純粋に脳にある唯一の目的を達成させるために。


そしてこれは


・ ・ ・


「待って」


エルマがぴしゃりと言い放ち、片耳をぴくりと動かす。

今からクリーシャの話を聞こうとしていたアスベル達はエルマの突然の言葉に驚く。


「どうし……」


「黙って」


アスベルを黙らせ、目を閉じて耳に意識を向ける。

男性達も何のことなのかわかってはいなかったがアスベル達のようにひたすら黙っていた。

エルマはゆっくりと目を開けると国の入り口に視線を向けた。


「なんだか、あっちの方が騒がしいのよ」


「行事でもあっているのか? 」


「いや違う、これはそんな声じゃない……。これは……」


エルマは眉間にシワを寄せ、入り口の方へと走り出した。

アスベル、ローランもエルマのあとを追う。

そこには酔いがいい感じに覚めた男性二人だけが取り残されていた。




「うわあああああ! 」


アスベル達が向かう入り口ではまさに最悪なことが起きていた。

森から歩き続け、目的地であったカリオストロ国に着いた彼らはいきなりその足の速さを早め、騎士団に次々と襲いかかっていた。

突然の彼らの入国に数が十分ではなかった騎士団は壊滅状態に近い状況にあった。

そして騎士が取りこぼした彼らが一般市民をも襲っていた。

見境なく、叫び声をあげながら人々を襲う彼らはもう化け物と言えるだろう。

腕を切り落とされても、足を失っても、彼らは止まらない。


彼らは恐怖を知らぬ者アンデッドであった。

アンデッドは恐怖を知らない。考えることもなく、ただ自分の欲望だけに動き、視界に入った命を襲う。


「いた、い! 痛い痛ぃ痛い! 」


「やめて、ゃめてくださいぃ! 」


「助けて、誰、ギャアああ……! 」


至る所から悲鳴があがり、アンデッド達によって食いちぎられた肉や血が飛び散っていた。

それによって足を滑らせ、倒れてしまい、そのままアンデッドの餌食になってしまう国民が何人もいた。

騎士団のなかにはこの地獄に耐えられずに逃げ出した者もおり、アンデッドを止めることができるものはほとんどいなくなっていたときであった。


「はっ! 」


少女に襲いかかろうとしたアンデッドの首が宙を舞い、地面へと顔面を潰し落ちる。


「え」


襲われていた少女が顔をあげると、そこには剣を握る青少年の姿があった。


「早く逃げろ! 」


アンデッドの首を絶った者、シンラが少女の背中を押し、入り口とは反対の方向へと走らせる。

シンラと同様にツェイリン、ラオラオも何名かの市民を逃がしながら戦っていた。

たまたま依頼を受けていなかったためにすぐに駆けつけることができていた。

他にも何人ものギルド所属のパーティーがアンデッドと剣を交えている。

シンラは辺りを見渡しながら歯を食い縛る。


「くそ、何が起きて……」


途中でアンデッドが襲いかかり、剣で切り裂く。

そのアンデッドは先ほど首を切り落とした者だった。

首を落とされてもなお立ち上がる彼らに多くのパーティーが苦戦を強いられる。


「まさかアンデッドが来るなんて……! 」


「あ、いつ、ら、たおせ、ない! 」


ツェイリンもラオラオも一向に止まないアンデッド達の攻撃にかなり疲弊していた。

アンデッドの特徴としてはその名の通り高い回復力が特徴ではあるが倒せないことはない。

方法は彼らの弱点を見つけることである。

そこを斬りさくなり、潰したり、とすることで倒すことができる。


しかし、問題はそこにある。


アンデッドの弱点というものはアンデッドが造られる度に変化するのだ。

心臓であったときもあれば、指だったこともある。

弱点を見つけるために攻撃を繰り返すのは悪いことではないがその分体力が削られ、すぐに不利になることが多い。

そのためパーティーのほとんどはアンデッドに出くわせば無理に戦おうとせず、そこから離れていくことが多い。

しかし今回は違う。

どのパーティーも逃げるなんてことをすれば国民にどれほどの被害がでるか十分に理解し、必死に戦っている。

鎧の傷が増える者も、武器がボロボロになる者も、魔力が尽きそうな者も何度もアンデッドへと向かっていく。

だがそれでもアンデッドの数は減らず、一向に増えていく。

もうとっくに百は越えているだろう。


「何故、こんな数のアンデッドがいきなり襲撃なんてしてくるんだ」


切っても斬っても止まらない彼らの歩み。

何が目的なのか戦っているシンラ達でも分からなかった。

そしてもう一つの問題がある。

Bランクであるシンラ達が苦戦している理由でもある。


「それにこのアンデッド達、通常よりもはるかに手強い! 」


彼らはその規格外の強さでパーティー達を困惑させ、苦戦させていたのだ。

シンラは進み続けるアンデッド達を睨み付け、剣を構える。

するとアスベル達が入り口付近へと到着する。


「どうなってるの! 」


アスベルが驚き、声を上げる。

どこを見てもアンデッドとパーティーが戦っている。

ローラン、エルマも辺りを見て驚いたようだった。


「アスベル! 」


アスベルの存在に気づいたシンラが急いで駆けつける。


「これってどういう……」


「俺にも分からない! それにまだ弱点が見つかっていないんだ」


焦る口調で話すシンラから事態がどれほど危険な状態なのかがよくわかる。

シンラの話を聞いたアスベル達は武器をそれぞれ構える。


「できるだけ数を減らしていくわよ! 」


「ああ! 」


「了解! 」


三人は一気に飛び散るとアンデッドをぶっとばしていく。

倒すことはできないが、次々とアンデッド達に傷を追わせていくアスベル達の姿は疲弊しきったパーティーにとってはまさに救いの手となり、重い背中を押される。先ほどとは打って変わり、全体の士気が上がる。

がそれでもアンデッドの動きは止まらない。

一体一体が普通よりも強く、人的被害に留まることを知らない。


(早く見つけないとこのままでは……!)


冷や汗が流れる額はそのままにシンラはアンデッドの群れへと向かっていった。


アスベルがアンデッドを切り裂き、次へ行こうとすると視界に映った姿に動きが止まる。

歩き続け、人々に襲いかかるアンデッドのなかで一人、進行をやめてふらふらとうつむき、立ち尽くす人。


「……………ぇ」


アスベルがここ、カリオストロ国に来て初めて見せる動揺の顔である。見開かれた瞳が水面のようにひたりと揺れた。

アスベルのいつもとは違う様子にローラン、エルマが気付き、同じ方向へと目を向け、そしてその目はゆっくりと見開かれ、か細い声が空気が抜けるように少し開いた口からこぼれる。

乾いた空気が吹き、が揺れる。

アスベル達にとってあまりにもゆっくりな映像。


「フィ……オラ……? 」


その声に彼女はゆっくりと、ゆっくりと顔をあげた。

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