第27話 長い1日の終わり 2

「にしても珍しい組み合わせだったね。あんた等」


宿ギルドの一階の食堂ではシンラとギルドマスターのカティスが座っていた。

その二人以外の人影はなく、ツェイリンとラオラオの姿もなかった。

カウンターで年齢も違う二人が淡い光を放つランプを中心に座っていた。


「……何がです? 」


ひと息置いてシンラはカティスに視線を向ける。

視線を向けられたカティスはグラスに入った酒を一気に飲み干す。

カティスの目の前に置いてある酒瓶の銘柄を見るに度数の高そうなものである。


「あんた等の態度を見るにあの三人はあまりいい存在ではなさそうな雰囲気だったからね。あたしの勝手な想像ではあるが……苦手だっただろう、あいつ等」


空になり、丸く少し凹凸のある氷しかないグラスをカラリと揺らす。

いまだにカティスはシンラの方を見ない。

見なくてもシンラの様子が分かっているようだった。

答えのでないシンラにカティスはまた口を開く。


「図星だね。こういう質問のときには無言はやめな。それこそ相手の思うつぼになるよ」


「……確かに少し気にくわないところはありました」


カティスの言葉でやっと絞り出した返事であった。

それを聞いたカティスはまたカラリとグラスを揺らす。まだ話せ、という意味なのだろう。


「こういってはなんですが俺達は人並みに努力をしてきました。このギルドにきてからはあいつ等と一緒に自分を高めあってきました。期待のBランクと言われたときは嬉しかったです。やっと少し胸を張れる程度の力が自分に備わったと。だけど……」


そこで言葉が詰まる。

今から言うことはあまりにも自分とは違う者の言葉のような気がしたからだ。

だがこの誰もいない空間だからこそ、それは飛びでて来る。


「はっきり言って邪魔だと思いました。たった数日で俺達さえついていない場所までいって皆から期待のAランクなどと言われ、努力の欠片も見当たらないあいつ等と頑張っても頑張ってもたどり着けない俺達の差は何なのかとずっと考えていました。明確な目的もなさそうなのにここのAランクの椅子に座るあいつ等が許せなかった、そして……」


シンラはくしゃりと髪を握りしめた。


「こんなに本気で消えて欲しいなんて思ったことはなかった……」


シンラは最後泣きそうな声で言葉を綴る。

母と約束した言葉が脳裏に浮かぶ。

目を閉じ、瞳からこぼれそうなものを必死で留めておくのはなんとも簡単なことではなかった。


「それじゃあ、どうしてあの三人と依頼を受けたんだい? 」


カティスの言葉にシンラは閉じていた目を開いた。

思いつきでやった訳ではない。

だが理由がなかった。

何故自分はアスベル達と共に依頼を受けたのか、それは……。


「次はあたしが話していいかい? 」


カティスはグラスを置くと酒瓶を手に取り、グラスへの注いでいく。酒がグラスに入る度に氷がコツリとなく。


「あたしはどうしてあんた等がここにいるのかは話を聞いているから知っている。そしてあの三人がここには食費のために働いているのも知っている」


グラスの酒を一口飲む。


「ギルドマスターとしてあんたがそういう風に感じているのは薄々勘づいてはいた。だが助けは必要ではないと思った。何故だと思う? 」


また問いかけられたシンラはピクリと反応し、考えだす。その間カティスはまた酒を一口飲んだ。


「……成長して欲しいからですか? 」


「うーん、まあ間違ってはいないね。あたしはね、ちょうどいいと思ったんだよ。あの三人が突然現れたときにね。」


ちょうどいい、という言葉をシンラは繰り返す。


「あんたの考えも最もだと思うよ。あたしが現役の頃にあの三人と出会ったら間違いなくあんたと同じことを思っていた。でもね、自分にとっての障害は自分が足りないと思ったところを具現化したようなものだからね。あんたにとっては力になるかな」


またここで酒を一口。


「腹は立つが文句を言えない。邪魔だと思ったということは自分はまだ足りていないと堂々と宣言したみたいになるからね。だからこそ近づかなければ理解が出来ない。近づいて貰わないと理解されない。平民が領主とは違う悩みがあるように、領主にも平民では分からない悩みがある。そしてそれが分からない奴もいる」


酒を飲みきるとグラスをまた目の前に置く。


「だけどあんたは障害に歩み寄った。自分の弱さを否定しなかった。それはあんたの強さとなる。あの三人と一緒に依頼を受けたのもそういうことだろう? 無意識にあんたはあの三人を理解しようとしていたのさ」


カティスはやっとシンラの方を向く。

目を見開いたままのシンラがいる。

自分でも分からない心の奥をカティスに匙ですくわれたような感覚であった。一時二人の間で沈黙が走る。

それを破ったのはカティスであった。


「なんてね、あんたの本心を正確に全て把握したわけでもないのにべらべらとすまないねぇ」


くっくっと笑うカティス。

シンラはその言葉に首を振る。


「……いえ、助言ありがとうございます」


「助言かね、これ。まあ助けになったのならいいけどね」


カティスは酒瓶とグラスを持つと椅子から立ち上がる。酒瓶を棚に直し、グラスを水の溜まった桶に入れる。机に手を置いて体重をかける体制でまたシンラに尋ねた。


「あんた、あの三人を見て感じたことはなんだい? 」


「……余裕があると思いました。ドラゴンをぶつけても問題なさそうなくらい」


「そうかい。それが今のあんた等に必要なことだね」


片目を閉じ、シンラの肩をポンと叩く。

そのまま流れるように手を腰に置く。


「それじゃあまた相談があったらいいな。いつでも聞くよ」


おやすみ、と背を向けて手を振ると自分の部屋へと戻っていった。

シンラはその背中を見つめ、立ち上がる。


「……余裕、か……」


シンラはふと手に巻いている紐を見る。

赤く小さい星のように所々がランプの光で反射し、輝いているように見える。

それを懐かしそうに、寂しそうに見つめる。


「もっと頑張るから、母さん」


・・・


「えっ、明日から休む!? 」


アスベルの空腹をも吹き飛んだような声が響く。

そんな反応に驚きながらもフィオラはこくりとゆっくり頷いた。


「はい、村にいる家族に会いに行こうと思って……」


「あぁ、そういえばこの間言ってたわね」


モーリュの依頼のとき話を聞いていたエルマは軽く頷いた。

フィオラの両親と弟が住むのはネウスの森を通り抜け、そこから先にあるローモ村というところである。

ローモ村の人口は約150人と小さい村ではあるが近くには川が流れ、狂暴な魔物などがいない比較的平和なところである。


「女一人ででてきたものですから手紙で帰省はまだかと催促すれてしまってて、私的にも両親の体調や弟のことが心配ですので今回お休みを貰って帰省しようと思ったんです」


「そっか、家族か……」


ふとバシーニードにいる怠惰の魔塵─アドリムのことを思い出したアスベル。

必死に忘れようとするがなかなか離れていかない。

そのアスベルの様子にはフィオラは気づいていなかった。


「ギルドマスターにはもう話していて了承を得ています。皆さんは私が担当するお客様なので報告を、と思いまして……」


「なるほどね。私達からは何もないわ。ご両親と弟さんによろしくね。ローランも何もないわよね」


「ああ」


素っ気ない返事だったため机の下でエルマに蹴られた。


「アスベルも大丈夫よね」


「へ? あ、うん。もちろんだとも。気をつけてね」


はっと我に帰ったように慌てて返事をするアスベルにエルマは眉を潜めた。

フィオラはぱぁっと笑うとこくりと頭を下げた。


「私の地元料理がすごく美味しいんです! お土産で持って帰ってきますね! 」


「ほんとに! 楽しみにしてるよ! 」


早くも涎が垂れてきそうな勢いのアスベルをエルマは呆れたような目で見つめた。


「あんたのそういうところすごいと思うわ」


「やだなぁ、照れるよ」


「誉めてるように聞こえたのかしら? 」


そんな二人の会話を見てフィオラは楽しそうに笑った。いつの間にか本を閉じていたローランも表情では分からないが楽しそうに聞いている。


「あら、そろそろ寝ないといけないんじゃない? 明日は早いの? 」


「はい、だいたい七時くらいでしょうか」


クッキーが入っていた空の籠を持って答える。


「七時ね、分かったわ。明日、お見送りするから」


「え、朝早いのにいいんですか」


「当たり前じゃないか! いつもお世話になってるのにお見送りもしないのは失礼だからね」


アスベルはベッドの上で胡座をかいて座ったまま、どんと胸を叩いた。

ローランも「これくらいはして当然」と無表情ながらも答える。


「ありがとうございます。皆さん! それではおやすみなさい」


フィオラは軽く会釈をすると扉を開けて部屋から退出していった。


「さて私も部屋に戻ろうかしら。おやすみ」


「おやすみー」


「おやすみ」


フィオラがでていった後にエルマも隣の自分の部屋へと戻っていった。

アスベル達も明かりを消し、それぞれのベッドに入る。


「ローラン、明日はちゃんと起きてよ」


「お前の起こし方による」


「いや、自力で起きてよ! 」


「……ぐぅ」


「寝るのはやっ! 」


こうしてアスベル達のいつもよりも長い1日はやっと幕を閉じた。

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