第26話 長い1日の終わり 1
「あ、お帰りなさいませ! 」
フィオラの明るい声はアスベル達の耳へと届く。
スプリガンから別れたアスベル一行は道中お通夜の空気になりながらも無事宿ギルドにつくことができた。
「ただいま、フィオラ。出迎えありがとう」
その言葉にフィオラは嬉しそうに微笑むとフィオラは嬉しそうに「私は皆様のルームサービスですから! 」と胸を張って答えた。
無邪気な姿に自然と緊張が和らいでいく。
そしてアスベル、シンラのパーティーを見渡し、なにかを思い出す。
「あ、そうだ。ギルドマスターからアスベル様達が到着したら部屋まで連れてきてほしいと頼まれていまして……」
「カティス、さん、か、ら? 」
ラオラオが首を傾げるが、シンラは大体は把握したのか快く頷く。ツェイリンはというと
「え、もしや今から行くのですか? 」
ローランの首巻きを引っ張るような体制で止まっていた。ローランの露骨に嫌そうに首巻きを引かれている様子はあまりにもシュール。
「……君何やったの」
「真っ先に疑うな」
アスベルはローランに疑いの目を向けているが、ローランはむしろ被害者である。
「ツェイリン、何をやっているんだ」
見かねたシンラがツェイリンに尋ねる。
いまだに首巻きから手を離さないツェイリンは首巻きの手触りに若干苛立ちながらもシンラの質問に答えた。
「この方の首巻きを洗って差し上げようと思ったんです。こんなにも汚れて、せっかくよい素材でできているのにこれじゃあただの布と同じ扱いですから。彼からの了承は得ていますよ、もちろん」
ですよね、と再確認するツェイリンを故意に無視するローラン。
その表情はいまだ変わらず。
ローランの様子にシンラは哀れみの目を向け、ツェイリンを諭す。
「ツェイリン、お前の悪い癖だ。そうやってすぐに服のことばかり考えてしまうのはもう少し自重しろと前も……」
「血筋ですから仕方ないんですよ! なんというか、服が汚れたり、シワになったりしているのを見ると血が騒ぐというか……」
やっと首巻きからツェイリンが手を離した隙にローランはツェイリンから離れる。
ラオラオは二人を止めようと必死になっていた。
フィオラもさすがに止めにくく感じているのかオロオロと狼狽えている。
そんななか、アスベルは夕飯のメニュー表を見ていた。そしてそこをエルマにどつかれている。
その流れなのかエルマはシンラ達の方を向くと声を荒げてた。
「うるっさいわね、あんた達! さっさとカティスさんとこ行くわよ! 」
とアスベルを引き摺りながら、カティスの部屋へと向かっていった。
シンラ達もエルマの声量に固まってしまったがはっと我に返り、すぐにエルマのあとを追っていた。
「お、来たねぇ」
カティスのいるギルドマスターの部屋の扉を開けるとアスベル達はカティスから歓迎された。
カティスはソファーに座り、何かの書類を見ていたようだった。
「待っていたよ、というかエルマのでかい声で分かったんだがねぇ」
とエルマをみて苦笑するとエルマもひきつった笑顔を見せていた。
「それでどうだったんだい、スプリガンとは」
アスベル達は顔を見合わせるとアスベルがカティスに話し出す。
「いや、あのですね。実はスプリガンは討伐していないんです」
アスベルはエルマに殴られた頭をさすりながら答える。その答えにカティスの動きがぴくりと止まる。
「討伐、していない? 」
「はい、そうなんです。倒す必要はないと判断しました」
アスベルの言葉にカティスは何も言わず、じっとアスベルの目を見つめている。
やっと口を開く。
「どうしてそう思ったんだい? 」
カティスの問いにアスベルは一呼吸置いて話す。
「会話をしたんです、スプリガンと」
「スプリガンと会話したぁ? 」
アスベルの言葉にカティスは眉を潜める。怪訝な表情を浮かべ、にわかに信じられていないようであった。
「実はですね……」
そこからアスベルはカティスに事の説明を始めた。
「よーし、よくやった! さすがうちの柱だ! 」
カティスは自らの膝をバシバシと叩き、笑う。
アスベル達はカティスのまさかの反応に驚いて口を閉じられていなかった。
「い、いやあの、どうしたんですか? 」
やっと言葉を絞り出したツェイリンにカティスは「ああ」と思い出したように説明をした。
「この依頼書を出した輩のことなんだけどもね。そいつらはわざとスプリガンがいる縄張りに入っていったそうなんだよ」
と机に置いてある書類をこつこつとつつく。
カティスの話によると、依頼人である三人組の男性は遊び半分でスプリガンの縄張りに入っていったらしい。
スプリガンはその巨体や力からB+ランクに認定されているが、縄張りに入ることなども含めてこちらがなにもしなければ攻撃をしてこない魔物である。
それを彼らは弱い魔物だと勘違いしたらしい。
そのためギルドは間違ってもスプリガンの縄張りに人が入らないように立て札を立てていたのだが、彼らは何を思ったのか立て札を外し、壊したという。
そのままスプリガンの縄張りにずかずかと入り込み、それがスプリガンの怒りをかい、追い回されたという。
まさに自業自得なのだか、彼らはなんとそれをギルドに依頼書として提出したのだ。
もちろん、内容はほとんど出鱈目で自分達がしたことを全て隠し、スプリガンがいきなり襲ってきたなどと偽っていた。
ギルド側はスプリガンのようなランクの高い魔物はまた被害を増やしてしまうかもしれないと判断し、早めの対処のために依頼書を作成したという。
「んであんた等が行ったあとに依頼人に話を聞いたら色々と食い違うところがでてきてね。まさかと思って問い詰めたらそういうことが起きていたんだよ」
カティスは肺のなかが空になるくらい深くため息をついた。
「ほんとうにすまなかった。早く伝えられればよかったんだがねぇ。あんた等がスプリガンを討伐して帰ってきたらどうしよう、と冷や冷やしちまったよ」
スプリガンは悪くないからね、とカティスはまたため息まじりで話す。
「しかしスプリガンと会話したなんて驚きだよ。そんな知能があったとはね」
「僕らも驚きました。いきなり小さきものよ、なんて話し出すからびっくりして……」
小さきもののところをスプリガンに似せた低音ボイスで話すアスベル。
「小さきものね、確かにスプリガンからしちゃあたし等は小さきものだな」
カティスが苦笑すると膝をパンと叩く。
「じゃ、そろそろ牙と血を見せてもらおうかな」
「あ、はい」
アスベルは持っていた少し大きめの袋をカティスに渡す。
カティスは袋の中身を見る。
袋のなかには鋭い牙と淡い桃色をした血の入った瓶がきちんと入っている。
カティスは慎重に牙と血を取り出し、頑丈なつくりでできている机に牙と血を置く。
カティスはそれらを置いたあとじっと見つめる。
「んー、どっちも綺麗なもんだねぇ。血も新鮮だし、牙だって文句無しだ」
さすがだね、と褒めるカティスのうれしそう顔。
その表情で正直に話してよかったと安堵する。
カティスはそんな六人の様子を気にする様子もなく、牙と血の代金を計算していた。
「それじゃあ、ちょっと待ってな。報酬を持ってくる」
そこでカティスはソファーから立ち上がり、部屋の奥の扉を開け、そこに入っていった。
数分も経たないうちにカティスが麻袋をもって部屋から出てくるとまたソファーへと座る。
「はい、これが報酬だよ。全部で580ペスある。牙も血も状態がよかったからねぇ。通常の値段よりも高くなってるよ」
討伐を確認するための素材は元々値段が決まっている。ギルドマスターはそこから素材の状態などを見て値段を変化させているのだ。もちろんこのケースは稀であり、強敵であればあるほど通常通りの値段である場合が多い。
強敵との戦いで綺麗な状態で持って帰ってくること自体がほぼないのである。
「ありがとうございます」
アスベルはそっと割れ物を扱うかのように代金の入った袋を受け取った。
意外と重めの袋にアスベルは顔を綻ばせる。
「よく頑張ったね。これからもよろしく頼むよ! 」
豪快に笑うカティスに自然と笑みがこぼれた。
・ ・ ・
今、アスベル達は自分達の部屋にいた。
そこにはフィオラもおり、クッキーの入った籠を机に置いている。
「お疲れ様でした、皆さん」
「ありがとう、フィオラ。クッキー、美味しいわよ」
エルマがかじったクッキーを片手に椅子に座っている。
隣でローランは机に肘をついて本を読みながらクッキーを頬張っていた。
エルマからは行儀が悪いと言われるがいまだに直していない。
フィオラのクッキーに伸ばす手はなかなかに早いが。
そして一番クッキーに食いつきそうな暴食の魔塵アスベルはというと。
「お腹減ったぁぁぁ……」
いまだに続行中であった減食のせいでベッドのうえで溶けている。
フィオラのクッキーの匂いにより、一度はクッキーを奪い取ろうと奮闘したものの失敗に終わり、5枚ほどしか与えられていなかった。
「もう食べちゃ駄目なのかい? 」
ベッドから顔だけをあげて上目遣いでエルマを見る。
しかしエルマは呆れたような顔をしてすぐさま即答する。
「駄目に決まってんでしょ」
その言葉にアスベルはますますベッドに突っ伏してしまう。フィオラはオロオロしながら二人を交互に見つめる。ローランは当然の如く無視。
「にしてもまさかこんだけ貰えるとは思わなかったわよね」
エルマが机の上にある麻袋を持ち上げる。
なかなかの重さを持った袋がジャラジャラと音をたてて持ち上がる。
この麻袋のなかには先ほどカティスから貰った代金の半分以上が入っている。
「あの、シンラって奴? 頑固なのか知らないけどとことん断っていたものね」
カティスから代金を貰ったアスベル達は公平に半分に分けようと持ちかけたのだが、シンラが「俺達は今日、ほとんど何もできていない。お前達の提案がなければスプリガンを殺しているところだった」といい代金を貰うことを頑として譲らず、結局三分の一を貰うということで決着がついた。
「後ろで見ていたツェイリンもラオラオも止めに入る様子がなかったな」
とツェイリンに奪い取られるように首巻きを持ち去られたローランが話す。
首もとがスースーと空気に触れる感覚に慣れないのか何度も首を擦っている。
「まあお金はとても必要なものだからありがたいのは確かだけど、途中暴走したから何だか後味が悪いわ」
アスベルは空腹のせいなのかか細い声で同調することしかできなかった。
「機会があったら今度はこっちから誘ってみようかなぁ……」
するとフィオラが遠慮がちの声で会話に入る。
「あの、お話の途中ですがいいですか? 」
片手を小さくあげている。
エルマはそんなフィオラの方へと身体を向ける。
「どうしたの? 」
「実は皆さんに伝えておかないといけないことがあって……」
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