第25話 幻想
スプリガンの治療、牙と血の採取も終わり、アスベルは早速スプリガンに礼を言った。
「ありがとう、スプリガン。お陰で助かったよ」
「コノテイド、モンダイナイ。チイサキモノヨ」
スプリガンはまたグオグオと笑う。
「アシノチリョウ、カンシャスル。チイサキモノノトモヨ」
スプリガンの言葉は足の痛みも失くなり、幾分か楽そうに聞こえる。
ラオラオも自分の治療がうまくいったのに気付き、安堵していた。
「それじゃあ僕らもお礼として、君の縄張りに人間が近づかないように細工するよ」
アスベルは自信満々に答える。
アスベルのその顔にシンラは眉を潜めた。
「やはり魔物をそのままにしておくのは危険ではないか」
「大丈夫大丈夫! 僕を信じてくれ」
アスベルはにししっと笑うといたずらっぽく笑うとポケットを漁り、何かを取り出した。
「じゃじゃーん! 見てよ、これ」
アスベルの手にあったのは銀に輝く指輪であった。
しかしそれはただの指輪ではなく、ギャオス退治の際に国王から授かった妖精の指輪である。
取り出された指輪をみてシンラ達はひゅっと息を飲む。アスベルはそれには気づかずにスプリガンに説明を始めた。
「これは妖精の指輪と言ってね。これを使ったものなんだけど、この妖精の指輪はつけたものの姿、匂い、魔力を完全に隠すことのできるものでね。よく暗殺や強敵から身を守るためにつかうものでなかなか希少なものらしいんだけど、これを君にあげようと思う」
気になって調べた本の説明をそのまま口にするアスベルの言葉にツェイリンは驚き、言葉を挟んだ。
「あ、貴方! 何を考えているのですか! そんな貴重なものを……。それは持っているだけでも相手の隙を取れる補助道具ですよ! 」
「それは知ってる……というか調べたとも。だけど僕らには必要ないし、持っていてもつかうタイミングがなかったんだよね。宝の持ち腐れっと言う奴さ。だからここで使おうと思ってね」
驚くツェイリンを無視してアスベルはまた説明を再開した。
「この指輪を君にあげるよ。どこかちょうどいいところは……」
アスベルはスプリガンの背中を見つめる。そこには苔や蔦などが生えている。アスベルはスプリガンに断りをいれて飛ぶようにスプリガンの背中へと乗る。
「見ててよー」
背中からシンラ達に話しかけるとアスベルはスプリガンの背中の蔦に手を伸ばす。指輪を蔦に通すと指輪はスプリガンの皮膚に触れた。
するとそこからみるみるうちにスプリガンの姿が透明になっていった。スプリガンの姿が消えることによってアスベルが空中に浮いているように見える。
「すごいわね、確かに気配が消えたわ」
エルマとラオラオは鼻を動かすがスプリガンの独特の青々しい匂いも消えている。
スプリガンから感じていた魔力も今では存在していなかったようにさっぱり消えている。
「さすが、国から送られるほどの品ではあるな」
ローランも珍しく驚いている様子である。ツェイリンはいまだにもったいなさそうな表情である。
「ソンナニモスゴイノカ、ユビワトイウモノハ」
スプリガンからはアスベルは見えてはいないが、ローランやエルマ、シンラ達の反応を見ると指輪の効果を実感したように思える。
「これなら気配を読み取られて襲ってくる奴らもいないし、魔物も故意には近付かないだろうね。あとは指輪がとれたり、君が彼らを追い回すようなことをしなければ問題はなくなる」
どうだい、と目にはもう見えぬスプリガンに問う。
「アア、タッタキバトケツエキヲワタシタダケデコノヨウニシテクレルトハアリガタイ」
スプリガンのご機嫌な声にアスベルは微笑む。
アスベルはスプリガンの背中から降り、音をたてずに着地する。
「あ、あともし君の縄張りに近付く輩がいたら攻撃するんじゃなくて近くの木を揺らしたり、岩を転がしたりするといい。それだけでも結構効き目があるから」
アスベルは親指を立て、拳ごとつきだす。
スプリガンも何かしらの合図を出しているのだろうが透明になっているため伝わらない。
「っと勝手に話を進めてしまったけど問題ないかな? 」
シンラの方を振り向き、消えているスプリガンを指す。シンラは何かいいたそうな顔だったがため息を一つつくとコクりと頷いた。自分のいまの立場を理解したのだろう。ツェイリン、ラオラオにも目を向けたがラオラオは元々肯定していた側でもあったり、ツェイリンもリーダーであるシンラが何も言わないならと答える。
「よし、それじゃあこれで依頼は終了になるね」
「サイショハワレヲトウバツスルトイッテイタガ、ソレハダイジョウブナノカ? 」
「確かに君がしたことは危ないことだけど誰も怪我を負わせてないし、殺してないしね。それに……」
「? 」
スプリガンの眉をひそめて不思議がるような声色にアスベルは笑顔で返す。
「いや、やっぱりいいや」
その言葉からアスベルの心情を読み取ることはシンラにとって難しいことだった。
「初めてのことだ」
「へ? 」
スプリガンと別れ、ネウスの森からでたアスベル一行。その帰り道でシンラは自ら口を開いた。
「魔物に厳重注意するだけで終わったのは今回が初めてだ。まさか魔物を倒さずに依頼を達成させるとはな」
アスベルに呆れたような視線を向け、ため息をつく。
そんなアスベルはアハハと冷や汗を額から流し、シンラから目をそらす。
「まあ、僕も初めてなんだけどね。少し前に依頼でとある人がやってた方法を真似しただけさ。スプリガンのように意志疎通ができる魔物なんてそうはいないだろうし」
「意志疎通ができるかどうか確認する前にお前達なら倒してしまいそうだが……」
目の前で自分のパーティーと会話をするローラン、エルマを見てクスリと笑うシンラであったがその笑う顔にアスベルは目をパチクリと動かす。
アスベルの珍しいものをみたような表情にシンラはまた不機嫌な顔に戻る。
「……なんだ」
「君の笑った顔、初めてみた。え、笑うという感情を捨てた人だと思ってた」
「助っ人になってくれたことには感謝しているが一発殴らせてくれないか」
キラキラと目を輝かせたアスベルの腹立つ顔に拳を握りしめ、殴りかかろうとするシンラにアスベルは「うそですうそです」と早口で答え、手をブンブンと振りながら阻止する。するとシンラははっと思い出したように動きをとめる。
「そういえばお前達が本当にAランクかどうかの答えをまだ聞いていなかった」
「もうその話はよくないかい……」
アスベルのしんどそうな声とは裏腹にシンラは引き下がろうとはせず
「お前の意見を飲んだんだ。これくらいは答えてもらう」
「あのときやけにあっさり引いたのはこういうことなのかぁ……」
まんまとのせられたアスベルは仕方なしとシンラの質問に答えた。ローラン、エルマからは後で説明しないとな、というほんの少しエルマへの恐怖とシンラに向ける嘘をのせて話し出す。
「僕らは本当にAランクのパーティーとしてギルドに在籍している。確かに他のAランクよりも僕らは強いんだろうからそうやって言ってくるんだろうけど、そんな大層な理由はない。親がよかったのかはたまた血がよかったのかは知らないけどまあ僕らは才能の面に関しては他の人よりあったと思う。もちろん実力、経験がほとんどだけどさ」
ペラペラとよく回る口だなと内心自分で感心しながらアスベルは話し続ける。
それをシンラは黙って聞いていた。
それに少しアスベルは調子にのっていたのだ。
「だったらこれを世のため人のために使えるじゃないかと思ってさ。箱のなかで閉じ込められて自分の力の使い道ばかり考え込む毎日よりもたった一瞬でも少しの力でも誰かに頼られるのも悪くないんじゃないかなって思ってさ。誰かの犠牲を増やさなくてもよくなるんじゃないかと思っ……て」
そこからだんだんと話す声が小さくなったのに気づいたシンラはアスベルを見ると自分が話しすぎたことに気づいたアスベルが歩を進めながらも固まっていた。
なんとか声を絞りだしてまた話をする。
「な、なーんてね。そこから三人で努力して強くなって、運がよかったのか高ランクの魔物に出会って、ぶっ倒して、その分カティスさんがランクをあげてくれたんだ。それだけのことだよ」
ぎこちない笑みを浮かべるアスベル。目の前であおぐように手を振る。
「こんなもんだけど……。まだ何かある? 」
アスベルの質問にシンラは一度目線を地面に向けるとゆっくりとまばたきをして
「いや、大丈夫だ。話してくれて感謝する」
と引き下がった。
また何か質問してくるのではないかとそわそわしているアスベルの心情とは裏腹にそれ以上シンラからの追及はなかった。
ただ会話はそれだけとなり、残りの道中アスベルとシンラの間に一文字の言葉も発せられることはなかった。
そして沈黙のなか、アスベルは先程であったスプリガンのことについて考えていた。
(あのスプリガン、どうして僕らのことを小さきものなんて言ったんだろう? 今さらすぎるけどね)
だがその答えを知っているものなどここにはいなかった。
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