第24話 誰にでも隠し事の100や200……

シンラの言葉にアスベル達は焦っていた。

無理もない。

いくら期待されるほどの実力をもってしてもヒュドラという魔物を倒すのはかなり難易度が高い。

そしてもし倒せたとしてもこちらにもかなりの損害があるだろうにも関わらず、アスベル達は傷1つ負っておらず、それに終始楽しそうに行っていたこともあり、シンラ達はアスベル達に疑いの目を向けていた。

もちろんアスベル達は「魔塵族ですから」と言うわけにもいかず、必死に言葉を考える。

しかし言葉というものは肝心なときに姿を表さないものでシンラ達の質問に答えるまでかなり時間がかかった。


「僕達、しょーしんしょーめいのAランクですが……」


あははは、と乾いた笑いしかでないアスベル。

ローラン、エルマはちゃっかり回答権をアスベルに任せていた。


「確かにAランクではあるのだろうが、先程の動きから見てそれ以上のものだと思っている」


シンラはアスベルの顔の変化をよみとろうとしているのかじっとアスベルの顔を見ていた。


(怖いー)


冷や汗が止まらないアスベルをよそにローラン、エルマは別の方向を見ていた。

言葉のでないアスベルが焦る様子をツェイリンは見て眉をひそめた。


(この人、何故あのような反応をするのでしょう? )


Aランクとなったパーティーのなかでもやはり存在するのは他の低ランクのパーティーを見下す輩である。

これも問題となっており、とあるパーティーでは低ランクであるパーティーに雑用を押し付けたり、自分達が受けなければならない依頼を命令したことがあった。

もちろんこのようなことをしないパーティーもいる。その例がロードナイツだ。

彼女らはAランクの頃からも様々な人からよく頼られ、尊敬される立場であったため国もそんな彼女らを信用してロードナイツに在籍させたのだ。

日頃の行いはそれからの自分を決めていくのである。

アスベル達もAランクに上がってはいるがロードナイツと同様偉そうな素振りを見せず、堂々としており、いつも人々に親切に尽くしている。

アスベル達と出会ったもののなかにはまるで昔のロードナイツを見ているようだと思った者もいるだろう。そしてシンラ達もアスベルが何かを隠すために必死に取り繕った笑顔で受け答えしているのを何度も見てきた。ツェイリンはそのアスベル達にいつも違和感をもっていた。


(必死に何かを隠している? 知られたくはないものなのでしょうか……)


ツェイリンはそう考えながらも口にはせずに、ただアスベルの答えを待っていた。

するとギシリという音に彼らは振り返る。

今まで倒れていたスプリガンがゆっくりと、足の痛みに耐えながら起き上がっている音であった。

アスベルはしめたとばかりにスプリガンに駆け寄る。


「大丈夫かい? 怪我は……あったね、ごめんなさい」


駆け寄るやいなやアスベルはスプリガンの足に目を向ける。スプリガンの足の骨が折れた部分は青く変色し、腫れていた。

痛々しいその姿にアスベルは顔を歪ませる。


「イタミハスルガモンダイハナイ。チイサキモノヨ」


スプリガンは四つん這いのままアスベルを見下ろすように話す。


「カンシャスル、チイサキモノヨ。ワレガマモルベキソンザイデアルトイウノニタスケラレテシマッタナ」


「いや、最初に攻撃したのは僕らだし。その怪我のせいで動けなかったわけだから」


スプリガンに聞こえるように少し声量を大きくして話すアスベル。ローラン、エルマもアスベルに駆け寄り、スプリガンを見上げている。


「スマナイ。アノヒュドラハチイサキモノヲネラウマモノデアッタ。ナンドモコウゲキヲサレテキタ。コンニチハワレガマンシンソウイナノヲミテオソッテキタノダロウ」


「え、そんな頻繁にくるの。あいつ」


「アア。ダガモウシンパイハイラナイヨウダ。ココロカラレイヲイウ、チイサキモノヨ」


四つん這いの体制からまるで土下座のしているかのように頭を下げるスプリガン。

スプリガンの今まで見れなかった頭部が見えている。

スプリガンは顔を上げるとアスベル達を交互に見る。


「ワレニデキルコトガアルノナラチカラニナル。ナニカナイカ」


スプリガンの質問にアスベルはふっとアイデアが浮かぶ。


「相子ってことにしたいけど頼みがあって……」





「ワレノダト……? 」


スプリガンの困惑するような声にアスベルは次の言葉をはく。


「そう、牙は一番小さいのでいいし、血は注射器でとっていくから」


牙と血はスプリガン討伐の際の確認素材だ。それをとっていなければ倒していたとしても無効となってしまう大事なものである。

アスベル達はそれを採取してギルドに提出することになった。


「フム、ソレダケデアルカ? 」


「いや、あとはまた重ねてのお願いなんだけど」


アスベルはスプリガンに縄張りに人が来ないようにするから攻撃したり、姿を見せたりしないようにしてほしいと頼んだ。


「……ワレノナワバリニヒトハモウチカヅイテコナイノカ? 」


「うん、来させないようにするから」


「ナラバコレホドウレシイコトハナイ」


スプリガンは嬉しそうに笑うが、笑い声が「グォ、グォ」と気味が悪かった。

アスベル達は早速スプリガンの採取を行うことにした。




「じゃあまず牙から」


「ウム」


討伐をせず、必要なものを採取するだけにしようと提案をしたアスベルは自らが言ったこともあって牙の採取を行うことになった。

それとは別にエルマやラオラオに任せると鼻が効きすぎて高確率で倒れると思ったのもあるが。

そしてアスベル達とシンラ達はそれぞれ担当を決めることにした。

ローラン、エルマは血の採取。

シンラとツェイリン、ラオラオはスプリガンの治療である。



早速アスベルは剣を引き抜き、スプリガンは口を開けた。

大小差のある牙がずらりと並んでいる。

アスベルはそのなかから一番小さい牙を見つけ、口のなかにゆっくりと入っていく。

なかは薄暗く、口のなかの肉が呼吸をする度に動く。

舌の感触に倒れそうになるがアスベルはなんとか持ちこたえ、目前にある牙に手をかける。


「少し痛いかもしれないから頑張ってね」


こうしてアスベルは牙の採取へと取りかかった。




アスベルが牙の方に向かっているとき、ローランとエルマは注射器で血を取ろうとしていた。


「これでいいのか」


「あとはこの針を刺せばいいわね」


エルマはそっとスプリガンの肌に注射器を刺す。

そして血を抜いていった。

スプリガンの血は人のように赤くなく、淡いピンク色をしていた。


「綺麗な色だな」


ローランの言葉にエルマはこくりと頷いた。

懐かしさを感じる血の色は注射器のなかを少しずつ満たしていく。

注射器が満タンになったところでその血を瓶に移していく。細い針から血が一本の線を描いているように流れ出す。

瓶のそこを突くように溜まっていき、満タンに注射器にはいっていた血は瓶に綺麗に入っていった。

瓶に蓋をして少し横に振ると血が美しく揺れる。


「こんな感じかしら? 」


エルマは血の入った瓶を日の光にあてる。


「こっちはこれで終わりだな」


ローランは血の瓶を見つめたあとシンラ達が治療を行っている方向へと目を向けた。




「ど、うかな」


ラオラオはスプリガンの足に触れていた手を話す。

さきほどまでラオラオはスプリガンの足の治療をしていた。

ラオラオの職業であるモンクは僧侶と武道家が組合わさったものである。

僧侶という職業はパーティーメンバーの傷を癒すことができるが自らが戦うことはほとんど少ない。そのため敵にとっては一番隙のあるもの。そのためその隙を失くすために戦うことを得意とし、武器をあまり使うことのない武道家と組合わさったのだ。

これであれば剣士のように剣を持ち歩かなくてもよく、回復の邪魔になることはない。

回復と戦闘をうまく重ね合わせた職業なのである。


「見たところ、もう大丈夫そうな気がします。本人に聞いた方がよいんですが……」


スプリガンはアスベルが歯を採取するために口を大きく開けているため今は話せない。聞けるならいいがスプリガンはシンラ達にはあまりいい表情を見せなかったため聞きにくかった。


「それにしても討伐対象にこんなことしなければいけないなんて。あの三人はなんなのですかね」


ツェイリンはため息をつきながらぼやく。

了承はしたもののはっきり言えば納得していなかったのだ。

ラオラオの場合、エルマのことを気に入ったのかかなりアスベル達に協力的であり、回復役という立場であるためかスプリガンの怪我をかなり気にしていた。

シンラはというと森の奥をじっと見ていた。

いや、なにか気になることがあるから見ているわけではない。

ぼーっとなにか考え事をしており、頭の方に意識が向いており、視界になにが写ろうが気にしていない様子だった。しかしそれはにとって好都合というものであった。


「シンラ、大丈夫です? 」


ツェイリンの声にシンラははっと振り替える。

ツェイリンはつまらなそうな目で心配しているという素振りを見せていない。

鳥人族はその嘴があるため、表情を読むのはかなり難しい技であり、関わりがほとんどのない者にとっては無表情に近い。

そのため鳥人族の多くは目で感情を表したり、声のトーンや大きさで心情を表したりとなんとも声優に向きそうな方法でする。


「ああ、問題ない」


その答えにツェイリンは「そうですか」とどうでも良さそうにかえし、踵をかえしてラオラオの方へと行ってしまった。

そもそもツェイリンは他人に興味がない。こうやってシンラ、ラオラオと共にいるのは彼らがツェイリンの幼馴染みだからというだけであり、その二人にツェイリンが友と認識しているのかはさだかではない。

それでも彼はこうやってシンラに話しかけるのだ。

シンラはツェイリンの様子にふっと息を漏らすとまた考え込んでしまった。

それはアスベル達のことである。

さきほどスプリガンを討伐できないといったアスベルに対してシンラは疑問を覚えた。

確かにスプリガンはアスベル達にはとても親しげなのであるが魔物は魔物。

その巨大な鉈で誰かの命を奪うかもしれない。

そんな危険があるというのにアスベルはなにか策があるのか「大丈夫大丈夫」と言うばかりである。

ギルドにばれてしまったらどうしようという焦りもなく、ただ忠実に自らの欲望に正直であった。

そしてローラン、エルマもアスベルの意見に賛成して今に至る。

シンラははたと振り向く。

ツェイリンの香のような匂い、そして妖しい気配がしたからだ。


「……気のせいか」


シンラは心にもやを残しながらもツェイリンとラオラオのところまで駆けていった。

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