第23話 お香ってどこで買えんの?

ネウスの森へとたどり着いたアスベル達は早速スプリガンを捜すことになった。

スプリガンとは巨大な鉈を手に持ち、緑色の肌に顔の半分もある牙をもつ魔物である。

スプリガンはその巨大な身体には似合わないほど動きが早く、そして力が強い。しかし鈍感であるため罠などにかかりやすく、炎が弱点のため火焔魔導使いなどがいるパーティーには退治されやすい魔物でもある。

しかしアスベル達のパーティーには魔法使いはいない。


「作戦は一応決めてはいるが何か指摘があるなら言ってくれ」


スプリガンを捜しながらシンラは作戦を話し始めた。

作戦はこうである。

まずシンラとツェイリンが先制し、スプリガンを引き寄せる。

スプリガンがシンラとツェイリンに気をとられている隙にラオラオがスプリガンの右足を押し、スプリガンを倒す。

アスベル、ローランはそれを補助する。

スプリガンが倒れたのちに皆でタコ殴り、というものだ。


「え、私は? 」


名前を呼ばれなかったエルマがシンラに尋ねる。

シンラはエルマの方へと顔を向ける。


「ギルドに所属しているとはいえ女性に危険なことはさせられないからな」


シンラの気遣いのある言葉、大抵の女性であればその言葉にキュンとしそうなものだがエルマは違う。


「…………へぇ? 」


ドスの聞いたエルマの低い声にアスベルとローランの額には冷や汗が流れた。

動物の勘というものかラオラオもエルマの方を心配そうに見つめている。

しかし、エルマはこくりと頷くと


「分かったわ」


とやけに素直に従っていた。

その様子にアスベルとローランは違和感を覚える。


「なんか今日はやけに素直だね……」


「どうしたんだ……」


しかしエルマにそれを聞こうとする前に気配を感じた。スプリガンの気配である。


「いた」


ローランが指を指す方向には緑色の巨体が足音を立てながら歩いていた。


「よし、それじゃあ作戦どおりにやろう。行くぞ、ツェイリン」


「はい」


シンラ、ツェイリンがそれぞれ剣を抜きスプリガンへととびこんでいった。

するとツェイリンが剣をもっていない方の手を広げると淡い紫の香のような煙がでてきた。

それはゆっくりと周りの空気へと溶け込んでいき、視界から消えていく。

スプリガンへと近づいたシンラとツェイリンはわざと大きな音をたてる。

音で気づいたスプリガンはシンラとツェイリンを見つけると咆哮をあげながら巨大な鉈を振り下ろした。

振り下ろされた鉈によって二人は絶命した、ようにスプリガンには見えていた。

しかしスプリガンがシンラとツェイリンだと思っていたのはただの木。

本当のシンラとツェイリンはその真っ二つにされた木の近くにいた。

そしてそれにスプリガンも気づく。

先程倒したはずの敵がまだ生きている、と思ったスプリガンはもう一度鉈を振り下ろした。

しかし今度こそ殺したと思っていた相手はまだその近くで息をしていた。


スプリガンのおかしな様子をアスベル達は見ていた。

スプリガンがなにもないところに何度も何度も鉈を振り下ろすその状況は不自然に見える。


「あれ、どうしたんだろう? 」


アスベルがスプリガンの様子に目を配らせ、一定の位置から動かないシンラ達を見ている。

アスベル達の様子に答えるかのようにラオラオが説明を始めた。


「あれ、はツェイリンの、わざ」


「ツェイリンの? 」


「う、ん。ツェイリン、げんじゅつし、だか、ら。あいてが、こん、らんする、わざも、もってる。さっ、きのは、たしか、うつろ、っていう、の、だった」


ツェイリンのような幻術士という職業は魔素を香として吐き出し、それを相手の周りへと広げていくものだ。

その香の香りを嗅いだ相手はどんな相手であろうと幻術によって支配される。

幻術の香は範囲を広くすればするほど必要とする魔力も香りも変わってくる。

しかし幻術士というものはサポートにまわる職業のため前線に立つのに向く職業ではない。

そのため槍や剣などの武器を極める幻術士も少なくない。


「ならあのスプリガンはツェイリンの幻術にかかったというわけか」


いまだに混乱しているスプリガンの方に目を向けてローランは言う。するとラオラオが戦闘態勢に入った。


「そろ、そろ、いく! 」


ラオラオはそのままスプリガンの足を狙って進み始めた。アスベルとローランもそのあとを追う。

がそれよりもさきに何かが地面を蹴ってスプリガンに突撃していった。


「グオガアア! 」


何かが折れる音ともにスプリガンの叫びがこだまする。

エルマがスプリガンの足に突撃し、かなりの勢いにのった蹴りをお見舞いしたのだ。

痛みに耐えれなかったスプリガンはどすん、と地響きをたてて倒れた。

エルマはとっくにその場から離れ、ふんと鼻で笑った。それに気づいたシンラがエルマに問い詰めた。


「何をして……! 」


「なにって作戦通りにしただけじゃない」


「さっき分かったと言っていただろう!」


は分かったという意味よ」


エルマの言葉にシンラは固まった。

ツェイリンも「は? 」という声を漏らす。


「あー、エルマ。ちょっときてぇ」


アスベルの声にエルマは振り向こうとする。


「グォオオッ! 」


しかしスプリガンの咆哮に6人はスプリガンに注目する。

スプリガンは立ち上がろうとするが足が使えなくなっているためうまく立ち上がることができない。

しかしスプリガンはうつ伏せになっていたために周りの様子を確認することができていた。


「そろそろ、かたをつけなきゃいけないのか」


「そうだな」


アスベルとローランはそれぞれ武器を抜く。

スプリガンも恨めしそうにアスベル達を見つめている。するとその動きがぴくりと止まる。


「グォ? 」


「へっ」


スプリガンはアスベル、ローラン、エルマをじっと見つめていた。

アスベル、ローラン、エルマはスプリガンの様子に驚いている。

そしてアスベル達を見つめていたスプリガンは口をゆっくりと開いた。


「ワガマモルベキチイサキモノヨ、ナゼココニイル? 」


低く底に響く声が森中にこだまする。スプリガンが人語を話したのである。その驚きで6人は目を見開き、固まる。


「え、それって僕ら? 」


やっと絞り出すようにアスベルがスプリガンに質問をした。それにスプリガンは答える。


「ソウダ。ナゼココニイル? ナゼココニイル? ソヤツラトトモニイル? 」


スプリガンはアスベル達からシンラ達三人の方へと目を向けた。見つめられた三人はビクリと震える。

するとアスベルはおーい、と両手でスプリガンの視線をこちらへ向けようとする。


「こういったらなんだけど僕らは君に用があったんだ」


「ワレニカ? 」


「今まで君は何をしてきたの? 」


肝が据わっているアスベルの質問にスプリガンはふと考え込んだ。


「ワレハシュゴシャ。チイサキモノタチノシュゴシャ。ナラバヤルベキコトハタダヒトツ。ココニチカヅクモノドモヲオイハラウコトガワレノシメイ」


「……つまりここの縄張りにきた人達を追い払ってきたってことだよね」


「ソウダ」


「それが問題になってるんですよ、スプリガンさん」


アスベルははぁーとため息をついた。

アスベル達は自分達には危害を与えないと分かって油断している。しかしシンラ達はいまだに気を張っていた。


「その追い払った人達から依頼で君を倒してくれというのがあってね。それで僕達は君を退治しなければならないんだ」


「ワレヲ、カ」


スプリガンの歯切れの悪い返事にアスベルは少し焦った。もしかしたらまた襲いかかってくるかもしれない、そう思ったが。


「ワガマモルベキチイサキモノノタノミデアル。ウケイレヨウ」


スプリガンはそう言うとそっと目を閉じた。

アスベルもまさかそんな回答が返ってくるとは思わず、驚きの声があがる。


「逃げないの、襲ってこないの? 」


「シュゴシャガマモルベキモノヲオソッテドウスル。ソヤツラハシランガ」


目を閉じながらスプリガンは答えた。

なんと真面目な魔物であろうか。

アスベルとってはそんな魔物を手にかけるのはかなり心にくるものであった。


「ちょっと全員集まりましょー」


スプリガンをおいてアスベル達とシンラ達は輪になって話し始めた。


「僕討伐できないです」


「依頼を放棄する気か? 」


シンラの言葉にアスベルは悩み始めた。


「スプリガンによる被害ってどれくらい? 」


「確か、内容は追いかけ回されたとか殺されそうになったなど怪我をしたり、死んでしまったりといったものはなかったです」


ツェイリンは思い出すように少しずつ答えていく。

それを聞いたアスベルは「それなら……」と口を開いた。


「退治しなくてもよくない? 」


「嘘の申告をギルドにだすのか」


「でもあのスプリガン、なんか殺せないのよねぇ」


アスベルの言葉にローランとエルマがのせていく。

シンラはあまりいい顔をしていない。


「しかしここで退治しなければまた被害が……」


「そうだよねぇ」


アスベルが頭をボリボリと掻こうとするとその手が止まった。

ローラン、エルマも武器をとり、戦闘態勢へと入る。

三人の様子にシンラは眉をひそめる。


「どうし……」


「シマッタァ!」


スプリガンの焦るような声にシンラ達は肩を揺らした。そしてバキバキと木を倒す音が森に響き出す。

それはだんだんと近づいてくる。

殺伐とした気配がアスベル達を襲おうとした。


「ゴオォオォオオォ! 」


そして、それは現れた。

九つの首をもち、口から猛毒を吐く魔物。

九頭毒蛇ヒュドラであった。


「ヒュドラ!? 」


ツェイリンが驚きの声をあげるがヒュドラはそちらには目を向けず、一直線にスプリガンを襲おうとしていた。スプリガンはヒュドラに対抗しようとするがエルマがつけた傷が痛み、動くことができない。

スプリガンは痛みに耐えながら立ち上がろうとする。

しかしそれは必要のないことであった。

いつの間にかいなくなっていたアスベル達がそれを物語っている。


風を切る音。

そして首が綺麗に血飛沫をあげて宙を舞っている様子がスプリガンの目に写った。

その数、三つ。


「ゴオオオッ!? 」


「さて当たりはあるかな」


首を切り落とした張本人の一人のアスベルがヒュドラに目を向けた。しかしヒュドラは高い再生能力をもち、九つの首のなかにある再生能力をもつ1つの首を刈らなければヒュドラを倒すことはできない。

それにその首は九つのうちのどれであるのかはいまだに謎のままである。

三つの首を切られたヒュドラ。

しかしその首は瞬く間に新しい首が生え、その爛々とした目をアスベル達に向けた。


「外れか」


「じゃああの三つは選択肢から外すわよ」


アスベルとローラン、エルマはまた地面を踏みしめ、ヒュドラの首に向かって飛びかかる。

ヒュドラもその三人を迎え打とうと口から毒の霧を吐き出した。

そしてそれぞれの首がアスベル達にその牙を向ける。

だが襲いかかる障害をなんなく乗り越えたあと三人はまた三つの首を落とす。

アスベルが落とした首は剣で切っているためか表面は美しく平面である。

ローランは少し雑の切り方で表面には凹凸がある。

そして武器を持たないエルマはその脚でヒュドラの首を蹴り落とすため、ほぼ原形を留めれない。


「なっ! 」


その首の1つがシンラ達がいた方向へと向かってきて隕石のように地面にめり込む。

そのめり込んだ跡には血がべたりとついていた。

その首をみたラオラオは真っ青になりそうであった。


「ヒュドラ、のくびが、あんな、かん、たんに」


ヒュドラとはS+ランクに位置する魔物であり、BランクはもちろんAランクのパーティーも討伐は不可能に近いと言われている。

それをAランクであるはずのアスベル達は簡単に剣を刺すことも難しいと言われるヒュドラの首を落としていくのだ。

その様子は本当に奇妙でしかなかった。


「あの方達は一体……」


ツェイリンは震えるような声で呟く。

そしてシンラはアスベル達を見つめ、動けなくなっていた。

またもや再生するヒュドラをみてアスベル達は焦るどころか楽しそうにしていた。

ヒュドラの毒霧にも動じず、その牙に恐れを抱かず、敵のもとへと突き進む姿はまるで……。


「武神……燐青……」


そのシンラの憧れをも含んだ呟きが聞こえたものはいなかった。





「再生したってことはあと三つで最後ね」


エルマの声にアスベルはにやりと笑う。


「ねぇ、誰が当たりなのか賭けない? 」


自信満々に言うアスベルにローランとエルマはジト目でアスベルを見て


「「断る」」


見事に重なって答えた。

アスベルはえぇーと声をあげるが二人は無視して残りの三つの首を落とそうと向かった。

首に飛びかかり、見事落とすが落とした箇所から再生が始まった。


「ちっ、外れか」


「てことは……」


再生をしている首の真ん中、まだ落としていない首である。再生も終わり、また攻撃態勢へと入ったヒュドラであったが。

シッと風のように過ぎたアスベルによってその首は呆気なく地面へと落ちる。まさに一瞬の出来事とはこのことである。


「ゴオオオ……」


力の抜けていく声が森に響き、そのまままるで巨木が倒れるような音をたててヒュドラは絶命した。


「うぇーい、僕の勝ち! 」


嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるアスベルだがローランとエルマから気持ちの悪そうなものを見る目で見られていた。


「私達、あんたの賭けに乗ったつもりはないんだけど」


「何勝手に喜んでいるんだ」


三人は他の存在を忘れ、会話をしている。

しかしそれに気づいたエルマがひきつった顔をした。


「……やばい、他の奴いるの忘れてた」


「あ」


「久しぶりにいい奴がきたからそっちに夢中になったな……」


アスベルとローランも今気づいたらしく、頬がひくついている。

今まで簡単に倒してきたためヒュドラほどの魔物がくるのは久しぶりであった三人。

それで有り余った力がヒュドラに向き、ヒュドラは見事三人のサンドバッグとして息絶えたのだ。


「え、どうしよう。絶対がっつり見られたよね」


「そりゃ見るだろ」


「ああもう、この頃自分がつくったルールに引っ掛かってばっか……」


今ごろ悩んだところで後の祭りということをわかっていながら頭を抱えた三人。

そんな三人にシンラ達は近づいてきた。


「……おい」


「はっはい! 」


アスベルは驚きながら振り替える。

ラオラオはオドオドした様子でツェイリンは額に皺をよせている。そしてシンラは真顔であった。


「なんでしょーか……」


アスベルは下手にでるとシンラはそんなアスベルをじって見つめる。

その視線が痛いのかアスベルは冷や汗をかきまくっている。そしてシンラがぼそりと話し出した。


「お前達は本当にAランクか? 」

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