第20話 魔物からの依頼

湿地の奥へと入ったアスベル達一行は引き続き、木々の生い茂る中モーリュの探索を始めていた。だが貴重な薬草であるが故になかなか見つからない。


「やっぱり、簡単にはいかないか」


アスベルは頭に手を回し、乱雑に掻いた。フィオラも休みなく薬草を探し続けているため、疲労が目に見えて分かる。

エルマも獣人特有の鼻をいかして探すが、風向きの影響などで上手くいっていないようだ。


「これじゃあいつまで経っても見つからないわね」


その言葉にフィオラは青ざめ、唇を震わせる。


「どうしよう、どうしよう……」


うわ言のように言葉を溢すとフィオラはいきなり歩みの早さを速くする。ぽつりぽつりと言葉を漏らしながら目的物を探し出す。

その様子があまりにも病的でアスベル達はフィオラを心配しながらも後を追う。励ましの言葉さえでてこない。自身の無力さに落ち込みながらもアスベル達は捜索を続けた。すると、ふとフィオラの視線の端に何かが見える。


「あ、あれって……」


苔が包む岩の上、木々が生い茂る場所とは別に一本光の道が当たる場所にヒラリと揺れるものがあった。鈴の形に似た花をもち、鮮やかな緑が日の光に照らされる美しい植物。探し求めていた薬草、モーリュがそこに存在していた。


「あれ……あ、あれ! モーリュです! 」


突然姿を表した宝にフィオラは吸い込まれるように近づいていった。太陽の道でたった一つ咲く奇跡の花。それがモーリュでアスベル達はそれにたどり着いたのだ。


「本当だ! あんなところにあったのか!」


アスベルは歓喜の声をあげ、フィオラは真っ先にモーリュへと近づいた。

しかし


「きゃあ!」


フィオラの悲鳴があがると共に巨大な蔓がゆっくりと首をあげた。アスベル達は急いで戦闘態勢に入り、フィオラを襲おうとする蔓の進行を止める。


「なに、こいつら! 全然気付かなかったんだけど! 」


蔓を剣で切り落としながらアスベルが叫ぶ。普段こそ食費がどうこう言っている彼らだが魔王が造り出した兵器、魔塵族としての能力は衰えていない。だが彼らは反応が遅れてしまった。


「当たり前じゃない! 森のなかじゃ植物系の魔物は魔力が感じにくいのよ! 」


木を隠すなら森のなか。

植物系の魔物が発する魔力は森が発生させる魔力と酷似しており、魔術の発生源に気付くことは困難であるのだ。

しかしいきなりの襲撃にアスベル達は焦っていた。自分達だけならまだいい、だがここには魔法も武器もないフィオラがいた。彼女が今のアスベル達のアキレス腱だ。


「フィオラ! できるだけ遠くへ逃げて! 」


「……! は、はい! 」


アスベルの声にフィオラは急いで頷き、転びそうになりながらも少し遠くにあった木の後ろへと隠れた。


「シィィイ」


蔓を操っているのであろう妊婦の腹のようにぷくりと膨らんだガクから毒々しい赤色をした巨大な花が顔をアスベル達に向けた。


「ラフレシアか……」


ローランは蔓を切り落として、舌打ち交じりで声を漏らす。

ラフレシアはAランクの魔物であり、独特な香りを撒き散らし、獲物を巨大な蔓で仕留める植物系の魔物のなかでは上位に位置する脅威をもつ。

そう、独特な香りをだ。その匂いは花弁を開いたときに発生する。今はまだ蕾の状態のラフレシアであるが。


「──ぶっ殺すっ! 」


珍しく顔を真っ青にしてラフレシアへと向かうエルマ。そう、この中で一番ラフレシアの被害が大きいのは狼獣人であるエルマであろう。


「あんた達! 急いで、こいつを、殺して! 」


エルマは邪魔をする蔓を驚くほど速いスピードで凪払う。


「エルマ、落ち着け──」


「無理よ、無理! あんたはあんまり鼻利かないから分からないでしょうけど! あの匂いは鼻が曲がるのよ! 」


「曲がりそう、じゃないの!? 」


この世の終わりのように敵を倒していく姿はまるで災厄のようであった。

そんな様子をフィオラは木の影からじっと見つめていた。


「皆さん、いつもあのように戦っていたんですね」


自分よりも大きな魔物へと立ち向かうアスベル達の姿にフィオラは目が離せなかった。


「あれ? あの魔物って……」


ふとエルマはラフレシアのおかしな行動に疑問を持った。ラフレシアは無差別にアスベル達を襲ってはいない。ある一定の距離を保っていればラフレシアは彼らを見向きもしなかった。その行動はまるでモーリュに近づく者を排除しているようであり……


「もしかして……」


フィオラはある考えに至り、咄嗟に木の影から飛び出した。

その様子にアスベル達は驚いて、フィオラを止める。


「フィオラ、危ない! 下がって! 」


だがしかしフィオラは止まらず、未だに脅威を奮うラフレシアへと近付いていく。


「あ、あの! ラフレシア、さん!」


フィオラは突如ラフレシアに話しかける。その言葉にラフレシアは反応して動きが鈍る。魔物の中にはランクがあがることにより、人語を理解し始める者もいる。ラフレシアもその魔物の一部なのだろう。


「私、頼みがあって……! モーリュの薬草を分けてくれませんか! 」


その言葉にラフレシアへ息を吐くような鳴き声をあげる。怒りを露にしているのがよく分かる。


「本当にごめんなさい! あなたにとっては辛いことだと分かっています。だけどお願いします! その薬草があれば私の母が助かるんです! 」


フィオラはそのまま頭を下げる。白いリボンがだらりと下がった。


「シィィ……」


ラフレシアが悩むような素振りを見せる。


「お願いします……! 」


スカートを力強く握り、必死に頭を下げるフィオラの様子をラフレシアは見下ろした。


「シィイ」


するとラフレシアは蔓を伸ばして落ち葉によって隠れていたあるものを取り出し、地面に落とす。

それはヴォジャノーイの死骸であった。


「ひっ……! 」


フィオラは悲鳴をあげる。ラフレシアは蔓でヴォジャノーイの死骸をつついた。その度にぐちゃりと肉がつぶれる音がする。


「シィィ……」


ラフレシアは何かいいたそうにヴォジャノーイの死骸を弄ぶ。

その様子にアスベルはピンときたのか、ラフレシアに問いかける。


「ヴォジャノーイを討伐してきてほしい、てこと? 」


アスベルの言葉にラフレシアは蕾を上下に揺らすと森から西の方向へと蔓を向けた。

あちらへ行け、ということであろう。


「それを達成すればモーリュをくれるのか? 」


ローランの言葉にラフレシアはまた蕾を上下に揺らす。


「なるほどね。どうする? アスベル」


エルマは腕を組み、アスベルを見やる。エルマの視線を感じながらアスベルはフィオラへと近づき、肩を叩く。


「いこうフィオラ。モーリュ、絶対貰おうね」


アスベルはフィオラに対して微笑み返す。フィオラはアスベルの言葉に目を見開き、何度も頷いた。


・ ・ ・


ラフレシアが指した方向へとアスベル達は歩を進めていた。森のなかは目的地に近付いているせいかだんだんと静けさが支配している。


「あ、あそこ」


アスベルの言葉に3人は立ち止まる。しかし、異変を感じたエルマは直ぐ様フィオラの目を塞ぐ。アスベル達がみる方向にはヴォジャノーイの群れと大量の人間の死体、そして放心状態にある男女が何人かいた。しかし男女は目玉をくり貫かれ、耳も無理矢理引きちぎられて、全員裸に剥かれていた。わざと生かされているという状況だ。


「あ、あのエルマさ……」


「見ないでフィオラ、貴女はここで目と耳を閉じて待っていて。絶対に見ちゃ駄目よ。わかった? 」


エルマの言葉にフィオラは頷くと耳を手で押さえて、エルマの手が離れたと同時に目を固く閉じた。


「随分と酷いな……」


ローランは辺りを見渡しながら言うとあることに気がつく。ヴォジャノーイ達がいるのは川の上流。ここから川をたどっていけば先ほどラフレシアにあった森へとたどり着く。しかし上流はヴォジャノーイ達のせいで人間の肉や血で汚れており、それが川へと流れていた。


「ラフレシアがヴォジャノーイを討伐してほしいっていう理由はこういうことね。あいつらのせいで川が汚れて困ってたって訳か」


ラフレシアは植物系の魔物であるため、構造は普通の植物と等しい。その場に根をはり、繁殖していくため自由に移動することができない。ラフレシアには長い蔓があるがそれも限度があるのだろう。


「なら話は簡単だね。急いで討伐しよう」


アスベルの言葉にローラン、エルマは頷くとすぐに彼らは草むらから飛び出した。


「ゲコォ! 」


アスベル達の存在に気づいたヴォジャノーイが叫び声をあげる。

それによって周りにいたヴォジャノーイもアスベル達に襲いかかってきた。しかし男女だけは耳も聞こえず、目も見えないため状況にすら気づかず、意味のない言葉を発し続けている。


「それっ」


アスベルは襲いかかってきたヴォジャノーイを肩から一気に切り裂く。斜めに深い傷をおったヴォジャノーイは跳ね返るように地面へと倒れた。

エルマも拳でヴォジャノーイの鳩尾に打撃を加え、踵を真っ直ぐ振り下ろして脳天を突く。その衝撃によりヴォジャノーイの後頭部が三日月のように凹む。

ローランは薙刀を器用に片手でまわし、刃をヴォジャノーイに向けて固定するとそのまま横に一直線に振る。ヴォジャノーイの脊椎までその傷は深くまで届き、絶命した。

徐々に減っていくヴォジャノーイのなかにはだんだんと後退りするものがでてきた。しかし今度はアスベル達も逃すことはない。


「逃げられると思ったかい? 残念。僕達だって一度逃した敵をまた逃すほどの馬鹿じゃないんだよ」


きっとヴォジャノーイの目にはアスベル達は悪魔のように見えただろう。

彼らに喧嘩を売った時点でヴォジャノーイの運命はそこで終わっていたのだ。




血と肉、そしてヴォジャノーイ達の最期の抵抗として投げつけられた泥団子によりアスベル達はある意味見るも無惨な姿へと変わっていた。


「くっさ! あぁもうくっさ! 」


エルマが心の叫びを大にして主に泥団子の匂いに嫌悪を抱いていた。狼獣人最大の弱点をこれでもかと突かれている。


「……これ、糞尿でも混じっているじゃ……」


「やめて言わないで今意識反らしてる途中なんだから! 」


ローランが自身の服の袖の匂いを嗅ぎ、顔をしかめながら言うと一息でエルマがローランに詰め寄りながら怒号をあげる。


「また泥だらけだぁ……」


先ほどと続いて泥を浴びたアスベルは涙目になりながら、自身の服に哀れみの目を向けていた。


「あのぉ皆さん、大丈夫ですか……」


草むらの奥からフィオラのか細い声が聞こえる。エルマはそれに気がつくと草むらに駆け寄り、拾った木の枝でフィオラの肩をつついた。軽く揺れたフィオラは恐る恐る耳から手を外し、目を開ける。


「あ、エルマさ──」


エルマの姿を視認したフィオラであったがあまりの格好に言葉が途中で止まってしまう。


「エ、エルマさん、その格好……」


「あーと、気にしないで本当に」


ため息交じりに言いながら苦笑いするエルマにフィオラは渋々といった風に頷いた。


「でも終わったわよ、ヴォジャノーイ討伐。これでラフレシアからモーリュ貰えるわね」


エルマの言葉にフィオラは花が開いたように表情を明るくする。

アスベル達もそんなフィオラの様子に顔を綻ばせた。


「その前に水浴びしない? 」


アスベルの一声により、とりあえず四人は川へと向かっていった。


・ ・ ・


一通り泥を流し終えた三人とフィオラはラフレシアがいる森へと戻ってきていた。大量の蔓に囲まれたラフレシアがアスベル達の気配に気づくとそっと鎌首をもたげる。


「ラフレシア、君が望んだ通りヴォジャノーイを討伐してきたよ」


しかしアスベルの言葉にラフレシアは疑っているのかその身体を左右に大きく振りだした。はらりと小さな葉が散っていく。


「こいつ、俺たちのこと疑ってないか? 」


ローランがラフレシアを見上げながら言うとアスベルは腰に巻いていた麻袋を取り出した。


「このなかにヴォジャノーイの目玉と舌が入ってるよ。ほら」


アスベルが麻袋の淵を握り、袋を広げてラフレシアに中を見せようとする。勿論のことラフレシアには目が亡いため蔦を伸ばして袋のなかに入れ、中身を確かめていた。中から目玉を取り出すと蔦で弄ぶ。


「シィィイィ」


ラフレシアも感触がわかったのか次は上下に身体を振りだした。


「これでいいんでしょ? 早くモーリュを渡しなさい」 


エルマがラフレシアを見上げ、腕を組む。フィオラもお願いします、とラフレシアに向けて頭を下げた。ラフレシアは蔦を唸らせるとモーリュを撫でる。それが何分か続く。まるで子の旅立ちを嘆く母親のようであった。そしてラフレシアは優しく、優しくモーリュを蔦で握るとそのまま繊維が千切れる音をたてながら一気に引っこ抜いた。根を残したまま茎の途中で切れるという植物にとっては一番痛いだろう抜き方だ。


「いや容赦なくない? 」


別れを惜しんでいるように見えたラフレシアに負い目を感じていたアスベルは思わずつっこんでしまう。


「シィイ」


ラフレシアはモーリュを握った蔦をフィオラに向ける。フィオラはそっとラフレシアの蔦に触れるとモーリュを受け取った。


「あ、ありがとうございます! 」


フィオラはラフレシアに何度も頭を下げるとラフレシアは再び蔦を唸らせた。その後ラフレシアが一度鳴き声を上げるとどこからかピシリと音がした。


「ん? 今何か音が……」


ローランの言葉に他の三人は辺りを見渡すがそれらしき物がない。気のせいかと思ったが今度は先ほどよりも大きい音が四人の耳に届いた。


「シィィ───」


ラフレシアの声に四人は顔を上げる。

ラフレシアの深紅の花が今にもその花弁をひろげそうであった。


「───」


エルマの声とも言えない音が漏れた直後、アスベルとローランの間を何かが物凄いスピードで駆け抜けていった。そのときに起きた強風のせいで辺りの葉が舞い散っていく。


「あいつ、本気で走ったな……」


ローランが強風にあおられたマフラーを頭から下げてエルマが走っていっただろう方向を半目で見つめていた。


「いや待って、そんなことより僕らも逃げなきゃまずいって! 」


今にも開花しそうなラフレシアを目の前にアスベルはローランとフィオラの手を握り、ラフレシアに別れを告げるとエルマが走った方向へと全速力で駆けていった。


・ ・ ・


アスベル達は先に逃げていったエルマを見つけ、モーリュを手にしたこともあり、急いでカリオストロ国へと帰ることに。


カリオストロ国の宿ギルドについた四人は宿ギルドで経営されていた郵便局へと行った。郵便局・エアリアルに着くとフィオラは受付にいた女性に早速袋詰めにしたモーリュと手紙を渡した。


「これ、お願いします! 」


「はい、速達ですね。場所はローモ村で間違いはありませんか? 」


受付嬢の言葉にフィオラはこくりと頷いた。フィオラの反応に受付嬢は微笑み返すと奥の方へと荷物を持っていった。モーリュを渡すことができ、アスベルは安心したのかため息をつく。


「これで大丈夫だね。あとはお母さんに早く届けばいいんだけど……」


「そればっかりは祈るしかないわよね」


外から大きい何かが飛び立つ羽音が聴こえ、窓が揺れていた。



モーリュの依頼を達成して1日経った今日、アスベル達は朝食を済ませていた。相も変わらず足りない朝食についてぶつくさ文句を垂れているアスベルにそれを流すローランとエルマはアスベルとローランの部屋にいた。昨日の夜、騎士団にヴォジャノーイの棲み家にいた男女の話も伝え、場所も報告してからフィオラとは会っていなかった。すると部屋の外から大きな音をたてて何かが近づいてきた。扉が勢いよく開かれる。


「お三方!! 」


「うぉ! フィ、フィオラ! どうしたのさ……」


息を切らし、三人の部屋へと突撃してきたフィオラはその手に紙を握りしめていた。


「皆さ、皆さん手紙が、手紙が届いたんです! 」


肩で息をするフィオラへ握りしめていた手紙をアスベル達につきだした。アスベル達は一度フィオラを座らせ、ゆっくりと手紙を開けさせた。


「母親からか? 」


ローランの問いにフィオラはこくりと頷く。


「モーリュが無事届いて、母も体調がだんだん良くなっていると……」


そこまで言うとフィオラへ大粒の涙を流しながら泣き出してしまった。アスベル達はその涙を止めることはなく、何度も背を擦った。


「良かった……良かった……」


フィオラはそう呟いて手紙を胸の前で握りしめた。

落ち着いたフィオラは手紙を握りしめたまま三人に頭を下げる。


「ありがとうございました、皆さんのおかげです! 」


「いやいや、フィオラがラフレシアにあんなこと言わなかったら僕達モーリュ貰えなかったかもしれないし」


アスベルは頭を下げるフィオラに優しく声をかける。その言葉にフィオラへゆっくりと顔を上げた。泣いたことによってその目元は赤身を帯びていた。


「飛び出した時は驚いたけどフィオラのようなやり方もあるんだなぁ、て勉強になったよ。僕達力任せにやることが多いからさ」


手を後頭部へと向けるアスベルは恥ずかしそうに笑った。


「僕達も君の力になれてよかった」


「これからも頼れ」


「あなたの頼みならいつでも聞くわ」


三人の言葉にフィオラは目を見開き、目に涙を溜めて笑っていた。

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