第14話 一番転んで痛いのは学校の運動場
「胃が痛い」
「食べ過ぎよ」
「それはないね」
ギルドの前でロードナイツを待つアスベル達三人とフィオラ。
アスベルは胃が痛むのか腹を押さえている
昨日ロードナイツのエレイネから依頼を一緒に受けることを提案され、彼女の瞳の輝きと後ろの圧をかけてくる
だが今はそれを後悔している。
「僕ら怖いものは何もないと自負してた分にこの世界の女性の怖さが身に染みるよ……。ねぇローラン」
「一緒にするな」
仲間だ、と近づいてきたアスベルの頭を掴み押し返す。
「まだきませんね」
フィオラが道を歩く群衆の先を覗き込むように見る。
風で白いリボンと髪が揺れている。
「ところで依頼は何にするか決めましたか? 」
群衆に目を向けていたフィオラが振りかえる。エレイネからは
「こちらからお願いしたことなので依頼は皆さんが決めてもらっも大丈夫です」
と言われていた。
「うん、これにしたんだ。戦いやすそうだしね」
四つ折りにしていた依頼書を広げ、フィオラへと見せる。
内容はトロールの討伐である。宝石や金がとれる洞窟に住みついてしまい、宝石類を回収しにきた二人の人間を殺している。
「トロールですか。確かに推奨ランクはAランクですね」
トロールの特徴としては巨体であるが洞窟に住んでいるため皮膚が薄く太陽の光に弱い。光が当たった部位はすぐに干からびていき、全身に受けた場合であれば死んでしまう。
そのため討伐方法とすればまず洞窟のなかへと何名か入り、トロールを誘導する。
出口付近にくればそこからは魔法などでフルボッコ
太陽があたる場所にいればトロールが近づいてくることはまずないが。
「そんなことせずとも首を跳ねれば一発」
アスベル達は脳筋である。
だが、ロードナイツがいるため下手な行動は取れない。
今日は自重して三人協力でのフルボッコ作戦で決めた。これであれば個人個人の実力が見られにくいのだ。
「アスベルさーん、ローランさーん、エルマさーん! 」
声のする方へと目を向けると手を振りながら走ってくるエレイネの姿があった。だが……
「きゃっ! 」
石につまづき、顔から見事に転んでしまった。
杖も手から離れ、遠くへと落下する。
アスベル達が駆け寄ろうとするなか後ろからはものすごい勢いで走ってくるクリーシャがいた。
「お嬢様! 大丈夫ですか!? 」
砂ぼこりをたてブレーキ音が聞こえそうな止まり方をしたクリーシャ。四つん這いになっているエレイネに駆け寄る。
「あははっ、転んでしまったわ」
顔を砂だらけにして笑うエレイネ。服も汚れている。
「大変です! 今すぐ着替えなければ……」
「大丈夫よ、クリーシャ。こうすれば……」
服を手で何度もはたき、砂を落としていく。ほとんどの砂が落ち、服も少し生地の色が汚れてはいるが綺麗になった。
「大丈夫か、嬢ちゃん? 」
レオナルドが遠く離れた杖を拾い、エレイネへと渡す。
エレイネはお礼を言い、杖をレオナルドから受けとる。
「エレイネ。ほら、濡れ布」
「すみません、黒露さん。ありがとうございます」
エレイネは貰った濡れタオルで顔をふく。顔からは砂がとれ、濡れタオルが薄汚れる。男性二人はやけに手際がよかった。
「すみません、皆さん。私よく転ぶんです」
申し訳なさそうに首をすくめるエレイネにアスベルは大丈夫だと答える。
「いえいえ、大丈夫ですよ! 気にしないでください」
微笑むアスベルにほっとしたらしい。顔がほころんでいる。
「それじゃあ頑張っていきましょう! 」
早速アスベル達とロードナイツは依頼へと向かうことになった。
「いってらっしゃいませ! 」
フィオラの声に手を振って返し、彼らは歩を進めていった。
・ ・ ・
トロールが住むという洞窟に行く途中の道でアスベル達はロードナイツから質問を受けていた。
「皆さんはどうしてギルドに入ったんですか? 」
「アスベルの食費のためだ」
「食費? 」
後ろを歩いていた黒露が尋ねる。
「こいつ、ここにいる私達の何倍もの量を食べれるのよ。でもそんなんじゃいつか破産するから、ギルドに入って食費を稼ぐことにしたの」
親指をアスベルに向けて呆れたように言うエルマ。
アスベルは「いやぁ、照れるなぁ」などと言っている。
「誉めてないわよ、けなしてんの」
エルマはアスベルの背中をバンっと叩く。
痛みで声がでるアスベルに「そんな強くしてないわよ」ととぼける。
エルマの強くないは信用ならない。
「大変なんですね」
「いや、そうでもないよ。なんだかんだAランクにまで上がったし。結構楽しいんだよねぇ」
人差し指をくるくると回す。
するとエレイネの瞳が憧れのものへと変わる。
「やっぱりすごいですね、皆さんは! 」
「へっ? 僕よりもランクが高いのに何を言って……」
「だからです! ランクの差はありますがそれでもそうやって余裕を持っているのはやはり実力があるからですよね! そうでなければFランクのときにSランクの魔物を討伐なんてできません! 」
エレイネの尊敬の瞳を向けられ、居心地が悪くなるアスベル。
ふとアスベルは疑問を口にする。
「今さらだけど僕らと依頼して大丈夫だった? 王の護衛で忙しいんじゃ」
アスベルの問いにクリーシャが答える。
「私達は確かに王の護衛をしていますが、正式には魔物による脅威に対応するのが私達です。その他のことは騎士団の役目なので。昨日のギャオスが来てから他の魔物の存在は確認されなかったので王からの許可がすぐに取ることができたんです」
「そうなんだね。でも王の護衛だなんてすごいなぁ、エレイネさん達は」
「そんな、まだまだです。でも私だってアスベルさん達のこと、憧れてるんです!」
「どうしてそんなことを思うの? 」
そうアスベルが言うとエレイネは目を見開き、アスベルへと向けていた視線を一度地面におろす。そして目を閉じると何事もなかったようにまたアスベルの方へ向ける。
「強くなりたいんです。強い人になるのが私にとって目標なんです。私が強くなればもう泣かないかもしれないんです」
その表情は影を宿し、つらそうに笑う。
エレイネの隣を黙って歩いていたクリーシャも下をうつ向いて、前髪でアスベルからは表情がよくわからなかった。
「にしても依頼なんて久しぶりだなぁ」
エレイネ達とは少し遅れて歩いているローランとレオナルド。
食費の話が終わったあと少しスピードを緩めて歩いていたレオナルドにローランも合わせたのだ。
「というかあっちに行かなくていいのか? 」
不思議そうに聞くレオナルドにローランは
「毎日共に過ごしているだ。今日くらい構わない」
とそっけなく答えた。
「ふーん、そういう感じなんだな……」
レオナルドは遠く見つめるとまたローランの方を見る。
「えっと、ローランだっけ? お前って人付き合いって得意な方か? 」
「いや、そうでもない」
「だよな。なんかそういう感じがす……。悪い、こんなこと言われたら嫌だよな」
一瞬楽しそうに笑ったレオナルドであったがすぐに訂正し、目をそらす。
「別にいいが」
ローランの意外な言葉に驚いたのか瞬きを繰り返し、ローランを見つめる。
「本当のことを言われただけだ。それで気を悪くしたりなどしないそれにお前がそう言っても腹がたたなかった」
アスベルだったら殴っている、と言うとレオナルドは嘴から笑い声を漏らす。
「そっか。でもこれからは気を付ける」
それでも可笑しかったのか「くくっ」と笑うレオナルドはローランへと目を向ける。
レオナルドの足が止まった。
いきなり止まったレオナルドを心配そうに振りかえるローラン。
「どうした? 」
振り返ってみたレオナルドの顔は驚きで満ちていた。ただ一点にローランだけを見ている。
「……いや、大丈夫だぜ」
少しして落ち着いたのか絞り出すように言った声にローランは首を傾げる。
「……そうか」
ローランはそれ以上追及せずレオナルドと同じ速度で歩き始めた。
ローランは前を見て歩いているがレオナルドはローランの後頭部をみていた。
「気のせいだよな……、あの人に見えたのは……」
呟くように言ったレオナルドの言葉をローランは聞こえていなかった。
「君は武器を使わないんだね」
「ええ、だって邪魔じゃない」
「刀を使う僕にとっては複雑だけどね……」
エルマの回答に困ったように笑う黒露は刀の持ち手をトントンと叩く。
「それに武道家にも扇子をつかったり、かぎをつかったりっと武器を使う武道家は結構数が多いしね」
「一番信用できるのは自分の拳だけよ」
広げていた手をぎゅっと力を込めて握る。
「なるほど確かにそれもそうだね。僕も足が一番信用できるね」
黒露は太ももに手のひらでパンパンと叩く。
確かに黒露はギャオス戦にて尋常ではない足の速さを見せつけていた。
「獣人は身体能力が高いからね。やっぱり何事よりも自分の身体というか……」
頬をポリポリと掻く黒露は耳をピクピクも動かす。尻尾も少し振っている。
「そういえば君は何の獣人だい? 」
身長の足りていないエルマの顔を覗き込むように黒露は尋ねる。
腕を組んでいるエルマは黒露のように耳をピクピクと動かす。
「狼の獣人よ」
「ああ、やっぱり。昨日みたいな戦い方するのは狼系かなとは思っていたんだ」
獣人にもいくつか種類があるがこれは大抵戦い方や戦闘能力ででる。
熊などの大型の獣人は力が強く大抵はハンマーなどの武器を多く使う。
一方リスなどの小型の獣人は同じく自分の身体にあった小刀を使用する。
熊は動きは遅いが攻撃がかなり強力で当たればひと溜まりもないほどだ。
リスは足が素早く、敵を撹乱させながら倒そうとする。小刀で敵を切りつけていくことが多い。
そしてエルマの狼の獣人は大抵は武器を使わない。その代わり身体能力がどの獣をよりも上である。
「ほぼ蹴りと殴りで戦っている姿には驚いたよ」
クスクスと笑う黒露にエルマはばつが悪そうな顔をする。
「でもかっこよかったよ」
エルマはその言葉にピクリと反応する。
「武器に頼らない形での戦闘は本人の成長にも繋がるからね」
その声の持ち主は刀の持ち手をギリギリと握りしめていた。エルマはそれをじっと見つめていた。
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