第9話 トラブルほいほい

「昨日は本当にヤバかった……」


ギルドのアスベル達の部屋にアスベル、ローランはもちろんエルマとルームサービスのフィオラがいた。

疲れた様子のエルマにフィオラが心配そうに顔を覗き込んでいる。

昨日の依頼のあと、エルマは騎士団によって拘束されていた。

理由はもちろんその姿である。オークの血でまみれた身体のまま入ろうとしたため不審者だと疑われたのだ。

そして解放されるまで3時間以上もの時間がかかった。


「大変だったな」


「まぁ、あんなに血まみれなのを放っておいた私もあれだけど」


結局エルマが帰ってきたのは夜の20時過ぎであり、報酬をあらかじめ受け取っていたアスベルとローランも事情を聞かれエルマほどとはいかないものの19時らへんまで拘束されていた。

だが騎士団にオークによって殺された女性達のことを伝えると顔を真っ青にして女性達の捜索へと動き出した。今頃騎士団はアスベル達が伝えた場所で女性達の遺体を救出しているだろう。

昨日のことを思い出しているのかため息をついてエルマは目の前にあるフィオラお手製のクッキーに手を伸ばそうとするが、ピタリと止まる。

皿の上にのっていたクッキーがないのである。

前を見るともぐもぐとリスのような顔でクッキーを頬張る暴食の魔塵。


「ほうひたの? 」


「食いすぎよ、この馬鹿! 」


エルマは立ち上がり、アスベルの頭をスパンッと叩く。アスベルは痛みで頭を押さえて悶絶するが一向にクッキーを頬張るのをやめない。


「こいつに食のことをどうこういっても変わらないぞ」


「分かってても腹立つものなのよ」


腕を組んで椅子に勢いよく座る。

いつの間にか氷を持ってきたフィオラがアスベルの頭の上にのせる。


「ありがとう、フィオラ。クッキーすごく美味しくてつい……」


「つい……じゃないでしょ。食べたかったのに」


「俺も一枚も食べていない」


恨めしそうにするエルマであるがローランはとくに気にしていないようだった。


「クッキーはまた作ってきますよ」


気にいってもらえてよかったです、と嬉しそうに笑うフィオラ。


「本当に! 楽しみにしておくよ! 」


「あんたは次食べちゃダメだから」


つかさずエルマが止めると「えぇぇ……」と言ってアスベルは机に突っ伏して一体化する。


「ところで皆さん、依頼は大丈夫なんですか? 」


フィオラが白いリボンを揺らし、気づいたように言う。


「ああもうそんな時間か。行こうか」


椅子から立ち上がり、四人は部屋をでていった。

掲示板のところまで行き、依頼を探す。報酬を優先したら大変なことになったため一応内容もきちんも確認する。

するとアスベルの目にとある依頼が入る。


「? なにこれ? 」


依頼書には大きく『報酬アップ!』とかかれている。

内容は大陸亀と呼ばれる魔物の討伐だった。

依頼書を見たフィオラが声をあげる。


「それ、かなり前からある依頼です。大陸亀という魔物自体は小さいしCランクなのでそこまで強くないんですが、なかなか討伐してくれるパーティーがなくてギルドマスターが仕方なく報酬をあげているのをみたことがあります。」


「かなり前ってどれくらい? 」


「えっと確か半年前ですね」


記憶をたどっているのか目線を上にあげるフィオラ。身体も揺れている。


「半年間も放置されたんだね、この依頼……」


アスベルは依頼書がかわいそうに見えてきたのか、優しく撫でる。


「仕方ない。今日はこれにしよう。これ以上放置するのも駄目だろうし」


それに大陸亀はCランクらしいため変に討伐しても怪しまれないし、報酬アップも期待できる、と思い笑みがこぼれるアスベル。

ローランとエルマも異論はなく、アスベル達はこの依頼を受けることになった。


「皆さん、頑張ってくださいね! 」


フィオラが依頼へと出かけるアスベル達に手を振る。


「頑張ってきまーす! 」


アスベル達も手を振り返す。


「今日の依頼はスムーズに進みそうだな」


「これなら前みたいに怪しまれることはないわ」


そして依頼へと嬉々として向かったのだ。


しかし、アスベル達は忘れていた。

魔物にはがあることを。


・ ・ ・


アスベル達は依頼書に書いてあったネウスの森へときていた。

大きな音ともに地面が揺れる。重そうな岩は数ミリほどあがり、石に関してはアスベルの膝ぐらいまであがる。森の木々も揺れ、葉が大量に落ちてきた。


「ねぇ、ローラン」


「なんだ」


「僕たちここに何しにきたんだっけ? 」


「大陸亀というCランクの魔物の討伐だ」


「僕そのときフィオラから大陸亀は小さいって言われた気がするんだけど。気のせいだったかな」


「大丈夫よ、私も聞いてたわ」


「だよね、なのに……」


目の前に存在する魔物をアスベル達は

その魔物の鼻息で三人の衣服や髪が舞った。


「ほぼ山じゃないかあぁっっ! 」


アスベルの絶叫が森中にこだまする。


「これじゃあ大陸に棲む亀じゃなくて大陸みたいな亀でしょっ! 」


アスベルは拳で地面を叩く。ローランは巨大な大陸亀を観察していた。大陸亀の甲羅には木々や草が生えており、その足は太く木々を薙ぎ倒していく。


「……多分進化したんだろうな」


嘴を開いたローランは依頼書が書かれた日付を確認する。


「フィオラが言った通り、この魔物は半年間も討伐されることがなかった。期間がかなりあいているからその間に進化したんだろうな」


「そういや、魔物って進化する奴もいたわね」


種類によるが大抵の魔物は一定の時間や限られた環境で進化することがある。そして進化した魔物はそれ以前よりも強くなるためほとんどはランクがあがることがあった。


「バジリスクやコカトリスがSランクってことはコイツもSランクなんじゃない? 」


エルマがそう言うとアスベルが起き上がる。


「てことはコイツ討伐したらまたあんなことになるの……? 」


「だと思うが……」


「三日続けてあんなことになるのは嫌なんだけど。どうしよう……」


頭を抱えた末にアスベルがだした答えは


「よし、撤退! 」


「いや、来たばかりなのよ」


エルマもこれには異議があった。


「確かに僕らからしてみればこの魔物も苦戦はしないけど仮に討伐したところでこの前みたいな騒ぎになるのは目に見えてるからね。エルマも昨日みたいになるのは嫌だろ? 」


「まぁ……確かにそうだけど……」


エルマの尻尾がだらりと下がる。魔塵族でも嫌だと思うほど昨日の出来事はきたらしい。


「それなら少し遅く帰って無理でしたって言って報告した方が自然じゃないかな、今の僕達のランクからすれば」


あの大陸亀がSランクであれば普通のBランクには強敵となる。

一日目はなんとか押しきることができたが次はそうはいかないかもしれない。


「……あーもう分かったわよ、ああいう目に合うのはあれっきりがいいし」


エルマが折れてしまい、帰ろうとした時であった。


「待て」


ローランの声に立ち止まる二人。ローランはアスベルとエルマを見ておらず、森の奥を見ていた。

その先には大陸亀から逃げる子供がいた。


「は、どうしてあんなとこに子供がいるの! 」


アスベルも子供に気付き、驚いた声をあげる。子供は二人おり、少年と少女であった。兄と妹のようにも見える。


「知らん、だがどうする? あのままだとあの子供死ぬぞ」


「……子供の命と比べられるわけないだろ」


アスベルが剣を抜くとローランも薙刀を抜き、エルマは戦闘態勢へとうつる。


「僕とローランは亀の方で、エルマはあの子達をよろしく!」


「ああ」


「了解!」


アスベル達はいっせいに地面を蹴った。




「わあーん、お母さん! 」


泣きじゃくる幼い妹をつれて兄である少年が走っていた。

その子も唇を噛みしめ、今にも泣きそうである。


「頑張れ! 走るんだ! 」


大陸亀の速度は一般的な亀と同様遅くはあるがその巨体と子供がだせる速度との差は小さかった。

もう動けない足に鞭をうって少年と少女はひたすら走る。

だが


「きゃあ! 」


少女が転んでしまい、立ち上がることなく地面に倒れたまま泣き出してしまった。


「立って、立ってよ! 」


少年が必死に手を引っ張るがまだ幼いこともあり、連れていくことができない。

気づくと魔物の足が頭上にきていた。

少年は死を覚悟して少女の上に覆い被さり、目を閉じた。

すると突然の浮遊感と共に少年と少女は地から離れていた。

近くで地面が揺れる音が聞こえる。


「よく頑張ったね」


エルマが間一髪少年と少女を抱きかかえて救出したのだ。

少年は少女がいるのと自分は助かったのかという喜びからエルマの顔をみて泣き出した。


「あれ、泣いちゃった」


子供を抱いたまま地面に降りたエルマは大声で泣く子供を必死にあやしていた。




大陸亀の方へと向かったアスベルとローランは甲羅の上へと着地すると簡単な作戦をたてることにした。


「まあまずこの巨体を止めないといけないからね。最初は足を狙おうか」


「そうだな。俺は右をやるからお前は左をやれ」


「りょうかーい!」


すぐさま二人は行動に移す。大陸亀は二人の気配に気づいたのか山をも崩すような雄叫びをあげた。


「オオオォォッ!!」


「うるさっ!」


「耳がいかれるな、これは……」


その巨体にそぐう雄叫びは森中に響き渡り、地面を揺らした。

大陸亀はその首を鞭のように揺らし、アスベル達に襲いかかる。


「うおっと!」


目の前にきた頭を避け、アスベルは大陸亀の行動を止めるために足へと向かう。

ローランも同様に大陸亀の攻撃を軽々とかわし、地団駄を繰り返す大陸亀の右前足の筋を深く切り裂いた。


「オォオ!」


痛みによって狂暴性が増した大陸亀だがその分隙が多くなり、アスベルもローランに続き、大陸亀の左前足の筋を切り裂く。

両方の前足が使い物にならなくなった大陸亀は森に倒れこむ。

それによって地震が発生し、森の木々が次々と倒れていった。

大陸亀の前足の筋が切られ、大陸亀はとうとう歩けなくなっていた。

痛みによって咆哮にも似た叫びが響き渡る。


「うるさいんだが」


至近距離で聞いているため大陸亀の咆哮は脳にそのまま伝わってしまう。アスベルもだいぶきつそうにしている。


「エルマも子供を助けれたみたいだし、そろそろこっちも終わらせるようか」


さすがにこの巨体の首を切ることもできず、甲羅を割ってその反動で絶命させることになった。


「とくに恨みはないが、子供と依頼のためだ」


ローランは大陸亀の甲羅に薙刀を叩きつける。

その場所から甲羅にひびが入り、徐々にそれが甲羅全体に広がっていく。そして甲羅はいくつもの破片をつくって割れた。


「グオオォッ──! 」


大陸亀の断末魔が森中を揺らす。断末魔はだんだんと小さくなっていき、とうとう大陸亀は絶命した。


「これ討伐しちゃったけどどうしよう? 」


アスベルが大陸亀を指差す。割れた甲羅は飛び散り、地面に突き刺さっている。


「あの子供を助けるためだったんだ。仕方がないだろう?」


薙刀をしまうローラン。しかしその答えにアスベルは微妙な顔をする。


「そうだけども、ねぇ」


これから起こるであろう出来事にアスベルはため息しかでてこなかった。

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