第8話 たとえ命があったとしても
「自重しようと思うの」
朝、アスベルは腹が減ったのかパンを頬張るなか、エルマが深刻そうな表情で話し出す。
「自重? なんの? 」
口にあったパンを飲み込みアスベルが話す。ポリポリとフルーツを食べていたローランもエルマに目を向ける。
エルマは周りの目を気にするように辺りを見回すと小声で話し出す。
「力の出し具合よ。昨日は調子にのってたっというかあんな風になるとは思わなかったからしょうがないけど。依頼を受けないわけにもいかないから、今日からは力を制御していくわよ」
騒ぎの様子を思い出すとあまり実力を出しすぎると怪しまれる可能性が出てきた。
そうなるのはまずいというのはエルマは重々承知である。
それに加えて騒ぎのせいで周りのパーティーから注がれる視線が気になって仕方がなかった。
「一応善処するが、どれほど抑えればいい? そこが分からないと制御のしようがない」
フルーツを食べ終え、手にコップを持ったローランがそう言うとエルマは考え込む素振りを見せる。
「そうね……、三分の一ぐらいかしら。多少の違いはあると思うけど」
「分かった」
「アスベル、分かった? 」
「ほひほん! 」
口にパンを含んで自信満々に「もちろん」と言って親指をたてる。
「飲み込んでからでいいのに……」
そんなアスベルにため息をもらすエルマであった。
・ ・ ・
朝食をとったあとアスベル達は掲示板を見ていた。昨日のように報酬だけを目にしておくと大変なことになるためちゃんと内容も確認していく。
「あ、これいいかも」
アスベルが依頼書を手に取るとローランとエルマも依頼書を覗き込む。
内容は昨日いったノーフの森のなかにオークの集落が発見されたというものだった。依頼というのはそのオークの討伐と集落の破壊である。
「報酬は元々はまあまあだけど十体ごとに報酬が上がっていくらしいよ。推奨はBランクだって」
「今の私達と同じね」
「これならそこまで力を制御しなくても問題なさそうだな」
「しかもこのオーク、肉が食べれるらしくてさ。傷を少なくして持って帰れば食べれるかもしれないよ」
昨日あれだけ食っても胃もたれしなかったアスベル、オークの肉を想像して涎がでてきている。
汚いからやめて、とエルマに殴られたのはお約束。
オークの依頼を受けるために受付までいくと昨日とは違う20代ほどの男性が座っていた。
「あれ、変わったんですか? 」
「はい、昨日の受付係は仕事への責任感の無さとギルドの資金を勝手に使っていたことが発覚してクビになったので今日からは僕が勤めさせていただきます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
昨日の職員とは違い、爽やかで丁寧な口調の職員に依頼書を渡すとアスベル達は何ランクであるかを聞かれた。
「Bランクです、ああでも昨日なったばかりですけど」
「ああ、あなた方が! 確かに顔にお揃いの刺青をしていますね」
なんでもこの職員は昨日は休みであったためどのようなことが起きていたかは同僚から聞いて知ったということだった。
「確かになったばかりではこのような依頼は厳しいのではないでしょうか? 特に女性がいらっしゃいますし……」
職員は気にするようにエルマを見た。エルマは眉をひそめる。
「え、なんで私がいると厳しいんです? 」
体力やその他の面で気にしているのかと思ったエルマはそう質問する。
すると職員は困ったような顔をして話し出す。
「オークという魔物には雌がおらず、大抵は他の種族の雌に子孫を残させるんです。村の女性を拐ったりすることもありますが……。被害が一番多いのは女性のパーティーメンバーなんです」
オークは自分達を討伐しにきた女性のパーティーメンバーを隙あらば拐っていくことが多く、前にオークを討伐しにいったパーティーが帰ってくるころには傷だらけになった男性のパーティーメンバーしかいなかったという。
女性のパーティーメンバーはその後救出されたが心身ともにボロボロで腹のなかにはオークの赤ん坊ができていたという。
「それからは女性のメンバーがいるパーティーにはこの依頼を安易に許可しないようになっているんです。ですのでほとんどのパーティーは女性メンバーをギルドに留守番させていくところが多いんです」
「……そうなんですか」
「ですからもし受けるのであれば女性の方はお連れしない方がいいかと……」
「問題ないです」
エルマは腕を組み、職員の言葉に重ねるようにそう断言した。
「え、しかし……」
「そんな魔物に遅れをとるほど私は柔じゃありませんから」
その表情は絶対にノーとは言わせないような圧があった。職員はそれに圧倒されたのか黙ってしまった。それから何分か職員が判子を手に取る。
「……いいですか。もし危ないと感じたらすぐに撤退してください。依頼達成の前にご自身の命、身体を優先してください」
ポンッと音をたてて依頼書に判子が押される。
「ええ、任せてください」
エルマは笑みを浮かべると依頼書を手に取り、ギルドからでていった。
「あの、お二人もよければさきほどの方を優先して逃げてください」
おどおどとした様子の職員にアスベルは親指をたてて返す。
「彼女は僕らが全力で守りますから安心してください! 」
「心配しなくても大丈夫だ」
アスベルとローランはエルマを追いかけ、ギルドからでていった。
ギルドからでてエルマのあとをついていく二人。
「なんかエルマ、怒ってたね」
「ああ、さっきの奴には守るとは言ったがその必要がなさそうだ」
そもそもエルマを守ると言うものはなかなかいないだろう。
その者よりもきっとエルマの方が強いからだ。
・ ・ ・
ノーフの森へと入り、オークの集落を探し始める三人。
怒っているのかエルマの周りはピリピリとした空気が漂っている。
「なかなか見つからないね」
アスベルは目の前にある枝を掻き分けながら進んでいく。
集落と言われ、すぐに見つかるものだと思っていたがなかなか手がかりも見つけることができない。
どうしたものかと困っているとエルマが立ち止まる。
それに合わせてアスベル、ローランも止まる。
「ねぇ、今聞こえた? 」
「え、いや何も……」
アスベルの答えを聞き終わる前にエルマは走り出した。
アスベルとローランも急いであとを追いかける。
サクサクと草を踏む音が響くなかそれは聞こえた。
「やだ、やだぁ! 」
草むらを抜けた先にはオークによって服を破られそうになっている少女がいた。顔は涙でぐしゃぐしゃになり、手や足を振って必死に抵抗している。
「グオオッ」
「誰か、誰か助けっ」
少女の甲高い悲鳴とともに何かがつぶれる音がした。
音がした方を見ると木に当たって潰れたオークの頭があった。
首をなくしたオークの身体は力なく倒れていく。
「え……」
「大丈夫? 」
少女の目の前にはエルマが膝をついて座っていた。
抵抗したせいなのかボサボサになった少女の髪を優しく撫でる。
「あ……わた……し」
「何もされてない? 」
「はい……はい……」
呟くように少女は話すとエルマにしがみつき、泣きはじめた。
その少女の背中にエルマは手を添えた。
しかし、すぐにエルマは反応した。
「ねえ、あなたの他にも誰かいるの? 」
優しく問いかけると少女は頷く。
「わたしの他にも女のひとが……」
少女は一点の方向を指差す。
「そう、ありがとう……」
少女の返答を聞いた瞬間エルマの目に殺意が宿る。
「アスベル、ローラン。この子をよろしく」
エルマは少女から離れ、アスベル達に託す。それをアスベル達は止めなかった。
「気をつけてよ」
「それ本気で言ってる? 」
「気分だよ」
エルマはそれにフッと笑うと少女が指差した方向へと向かっていった。その背中を見たあと少女がローランへと言う。
「あのひと、大丈夫なんですか……」
「ああ、心配ない。きっと返り血だらけで帰ってくる」
鉄の香りと体液の匂いに気づいたエルマ。
エルマが立ち止まるとそこには大量のオークがいた。そしてエルマがいるところからは捕まっている何人もの女性が見えた。
しかし女性は皆服を脱がされ、山のように積み重ねられ、殺されていた。
中には十代ほどの少女もみられた。
「……」
エルマは無言で落ちていた石を拾ってオークへと投げた。
石が頭に当たったオークが振り返り、咆哮をあげると他のオーク達もエルマに気づいたのか襲いかかってきた。
「……クソ共が……」
エルマの牙がギシリ、と唸った。
「くさ……」
己の匂いを嗅いで苦い顔をするエルマ。その姿は真っ赤に返り血で染まり、下ろしている手からポタポタと血が垂れていく。その周りにはオークの死骸で埋め尽くされていた。辺りにも血だまりができている。
「肉は取れないわよね、こんなだと」
オークの死骸には傷が多くどれも骨まで達するほどのものばかりであった。オークのほとんどが出血多量で死んだのである。
「……さてと」
エルマは振り返り、オークによって殺された女性達の死体をひとつひとつ地面に下ろしていく。
するとアスベルとローランが近づいてくることに気がついた。
「あんた達、あの子はどうしたの? 」
「ちゃんとあの子の家まで送ったよ。なんでもここの近くにある村に住んでいるらしくてさ」
「それにしても随分と……」
ローランは周りのオークの死骸を眺めている。オークの数は百は越えているだろう。
「一応集落は潰しているから。それより……」
エルマはアスベル、ローランに女性達の墓作りを手伝うように言う。アスベルとローランが穴を掘っていき、そこに女性を埋葬するのだ。
「……いいよ、任せて」
アスベルは微笑むと剣を抜き、地面に掘るように突き刺していく。ローランも同じように進めていった。
誰もいなかったこともあり、少し力をだして掘っていくとすぐに女性達の人数分の墓ができた。
「……あとは私がするわ」
エルマは順番に女性達を穴のなかへと寝かせ、そこから土を優しく重ねていった。それを次々と進めていく。
そして最後の女性を埋葬するとエルマはため息を吐いた。
「……帰りましょ」
血で染められた顔をあげ、エルマはギルドへと向かっていった。
アスベル、ローランはその背中を追う。
追い付いたローランがエルマへと視線を向けた。
「助けてくれてありがとう、と言われた」
ローランがそう言うとエルマは嬉しそうに口角をあげる。
アスベルもその姿を見て安心したのか微笑んだ。
こうして三人はギルドへと戻っていった。
しかし
「いやあああ! 血まみれぇぇっ! 」
カリオストロ国に着くと大勢の人がエルマの姿を見て悲鳴をあげたという。
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