第13話

「というわけで、この村は滅ぼされたってわけだ」


 長々と語るグレンの話が終わって、ミーアは椅子に体重をかけた。


 二人がいるのはイーサンのいる村の中。かろうじて椅子が残っていた廃屋の中でミーアとグレンは話していた。


 歩いたことによる疲れより、グレンの話を聞いたことによる疲れの方が大きい気がする。


 しかし、それはグレンの話が下手なわけではない。


「魔王の配下が攻めてきたって、それはどうしようもなかったでしょうね」


「だよな」


 イーサンとエリスの村は魔王によって滅ぼされたというのが、グレンの話の内容だった。


 ミーアは重い話が来るだろうとは思っていたものの、魔王が出てくるのは予想外で驚いたというのが正直なところだ。


 クリスはカバンからパンを取り出しながら話を続ける。


「ここから先は俺の推測なんだが、イーサンの初恋の相手はその戦いで死んだんだろうな」


「そう考えるのが妥当ですね。あの人が昔の話に触れること自体少ないですし、たまに話したと思うと悲しい顔をしますから」


「お前もそう思ってくれるか」


 イーサンの謎を求めて盛り上がる二人。


 いつの間にかグレンへの警戒心はミーアの心から消え去っていた。


 ミーアは廃屋の窓から外の景色を見る。植物があたりに茂っているせいか、魔物の爪痕はどこにも残っていなかった。


 しかしここにきてある疑問が浮かぶ。


「イーサンぐらいの冒険者なら、魔王の配下を撃退できそうな気がするんですけど」


「それは俺も思った。あいつぐらいの実力があれば魔王でも倒せると思うんだけどなぁ」


「グレンさんは何か思い当たらないんですか?」


「俺にはさっぱり」


 グレンは首を上げて首を振り、降参のポーズをする。


 試しにミーアも考えてはみたものの、思い当たる節は全くない。可能性があるとすれば……。


「村が襲われてることを知らなかった?」


「そんなわけあるかよ。もっとましな理由があるに決まってる」


「でも思い浮かばないんでしょう?」


「ぐぬぬ……」


 歯嚙みするグレンの悔しそうな顔を見て、少し心が弾んでいる自分がいた。


 とはいえ馬鹿なやりとりで時間を浪費する気はない。煩悩を抑え込んで理性を優先させる。


 グレンは天井を仰いて低い声を出す。


「あいつに直接聞ければいいんだけどなぁ」


「人の過去の傷を抉るなんて真似はできませんよねぇ」


「だよなぁ」


 二人して間延びした声。


 このまま話を続けていてもイーサンへの仮定は迷宮入りしたままで、一歩も進む気配は無い。


 行き詰ったミーアは気晴らしに窓際に立ち、枠に両肘と体重をかける。少女の重みにも耐えきれずに、窓の周辺で乾いた音が立って亀裂が入った。


 遠くを見れば二つの人影が見える。イーサンとエリスの二人が、なぜか石を磨いているようだった。


 遠目のせいで二人の表情は窺えない。しかし仲が悪いわけではなさそうだった。


「ぐぬぬ……」


「そんなに呻いてどうした。俺はここに残るけど、行きたいなら行けばいいぞ」


 今すぐにでも行って、イーサンとエリスが何を話しているのか知りたい。


 だが、二人のだけの思い出の地に立ち入る勇気は持ち合わせていない。


 煽情的な目つきで挑発するグレンに腹が立つものの、行かないことにした。


 ミーアはもう一度壊れかけの椅子に腰を下ろす。悲鳴のような軋みが部屋の中にこだました。


 やることが無くなったので、暇つぶしを兼ねた質問をする。


「今さらなんですけど、どうしてグレンさんはここを知ってるんですか?」


「俺は一度イーサンの身ぐるみを剥ごうとしたことがあったんだよ。」


「ええ⁉」


 予想外の話にミーアの声が裏返る。見るからに手強いイーサンと交戦するなど、身の程をわきまえていない人間でなければできる行為ではない。


 グレンは過去を思い出して面白そうに笑う。


「いやー、あの時はマジで死んだと思った。俺がコソ泥をやってたとき、素手で墓掃除してるイーサンを背後から狙ったんだが、ナイフ向けたすぐ後に空を見上げてたんだ」


「吹っ飛ばされたんですか」


「しかも片腕でな」


 イーサンの筋力は相変わらずらしい。グレンは小柄とはいえ、投げ飛ばすのは容易なことではない。


 というより、


「あなた、やっぱりコソ泥だったんですね」


「イーサンに依頼をもらうようになってから足は洗ったさ。今はもう盗みとかはやってない。けど、女の子の心は別だぞ?」


「そんな言い方で落ちる女性はいませんよ」


 辛辣ながら当然のミーアの反応に、グレンは目に見えて肩を落とした。


 半目で振られた男を見ながら、ミーアは大きくため息をつく。これ以上会話をしても無益にしかならないような気がする。


 気分のせいで重くなった腰を上げて、ミーアは廃屋のドアノブに手を掛ける。


「イーサンのことは知れたので、私は先に帰らせてもらいます」


「おいおい、ちょっと待て! 俺の依頼はまだ残ってるんだから、もし優しさがあるならそれだけでも手伝ってくれ」


「嫌です」


 建付けの悪くて今にも崩壊しそうな扉を、ミーアは丁寧に開いていく。


 ふと足元に気持ち悪い感触がして、恐怖の色を瞳に宿しながら下を向いた。


「何やってるんですか⁉ 変態みたいなことをしないでください!」


「報酬は折半、折半でいいから! どうしても手伝ってくれないと困る依頼なんだ!」


「なんで勝手に私が手伝わなきゃならない依頼を取ってくるんですか!」


「お前が手伝ってくれる優しい女の子だって期待してたからだよ! お願いします!」


 女の子の足にまとわりつき、土下座して醜態を晒すグレン。情けないことこの上ない。


 しかし、ミーアにとって頼られるのは嫌な気分ではない。


 悩んだ顔で目を上げて、困った顔で目を下ろす。


 グレンは頭を地に付けて一心不乱の土下座を繰り出している。馬鹿の一つ覚えのような行動だが、心を動かさないとは限らない。


「そんなに私が頼りなんですか?」


「ああ!」


 警戒の壁が崩れた隙を、天性の盗賊は見逃さない。地面から顔を上げて神を照覧する眼差しで慈悲を求めた。


 恥を知らないグレンをミーアは胡乱げな目で眺める。


「わかりましたよ、手伝えばいいんでしょう?」


「ありがとう! なんて素晴らしい御方なんだ!」


「はあ……」


 グレンの言葉に中身などない。それを知っていながらも喜ぶ自分に、ミーアは少し嫌気が差した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る