第14話

 その日の夕方、イーサンとエリスが冒険者ギルド「フェンリル」に戻ると、男女の言い争う声が耳に入った。


「依頼のためだとしても、こんな格好をするなんて聞いてませんでしたよ!」


「そりゃ言ってないもんな。お前が知らなくても当然だ。しかし……すごく似合ってるぞ。胸を張って堂々とできるぐらいだ」


「嫌味ですか⁉」


 大声を上げているのはミーアとグレンだった。


 なぜかミーアはオレンジのドレスに身を包み、未だ発展途中であろう四肢を惜しげもなく晒している。


 幼いながらも潜在的な美しさを放つその姿は、男が多いギルドの華のような存在だった。


 意外な組み合わせにイーサンは軽く目を瞠ると、二人の傍に近づく。


 まだ自分の気配に気づかないミーアの肩を優しく叩いた。


「そんなに美人になってどうした。冒険者をやめるのか?」


「そんなわけありませんよ。これは勝手にグレンさんが着せたんです」


「どういうことだ?」


 イーサンはドレスを着せた張本人に水を向ける。未成年の少女にいたずらとあってはギルドマスターとして黙ってはいられない。


 厳しいイーサンの目に、グレンが息を呑んだ。両手を振って全力で否定する。


「違うって! これは 依頼達成のためにどうしても必要だったんだ!」


「そんな依頼があったか?」


 イーサンは顎に手を当てて、ドレス姿のミーアを眺めながら考え込む。


 メルコポートの依頼には全て目を通しているはずだが、どこかで見落していないとも限らない。


 もう一度グレンに目を向けると、目に見えて縮こまった。


「俺が受けたのはこの依頼だ!」


 イーサンの前に突き出されたのは一枚の依頼書。数日前に見覚えのあるものだった。


「確かにこの依頼はあったが、まさか……」


 依頼の内容は、とある貴族のパーティーに男女一組で参加するというもの。深い意味はなく、単なる水増し要員が欲しい依頼だった。


 メアリーとタイアーが受けると思っていた依頼だったので、記憶の隅に残っていた。


 が、まさか……。


「そう! 俺はミーアと踊ってきたってわけだ」


 自信満々に言い放つグレン。その横でミーアが大きくため息をついた。


 高い報酬があったので、グレンが参加したくなるのもうなずける。


 だが、どうしてミーアが参加したのかがわからない。


「ミーア、嫌なら受けなきゃいいんだぞ。グレンについていくようにでも脅されたのか?」


「それは……」


「そこもグレンに口止めされてるのか?」


 半ば脅しの視線をグレンに向けると、視線を逸らして下手な鼻歌を歌い始めた。


 イーサンは黒だと睨んだが、ミーアからの言質が得られない以上、グレンを捕えることはできない。


「ミーア、何も心配する必要はない」


「ええと……脅されてないので心配しないでください」


「そうなのか?」


 なぜか首肯するミーア。どうもグレンを庇っているようだった。


 ミーアの表情を見る限り苦痛そうでもなかったので、イーサンはこれ以上聞かないことにした。


「私、内緒でついて行ったり見てたりしてませんでしたから!」


「そうだよな!」


「何の話だ?」


 昼間にグレンとミーアが何をしていのかイーサンは知らない。二人がイーサンの後を追っていたことは、廃屋にいた二人だけの秘密だ。


 未だ残る謎に首をかしげたイーサンだったが、ミーアの私的な生活に立ち入るつもりはない。


 とりあえず会話がひと段落した頃、冒険者ギルドのドアが蹴破るように開かれた。


「イーサン、イーサンはいるか⁉」


 入ってきたのはタイアーだった。大鎧を真っ赤に染め、普段は温厚な目も血走っている。非常事態が起こったことは誰の目にも明らかだった。


 肩で息をしながらイーサンに近づくと、精一杯に途切れ途切れのかすり声を出す。


 血だらけの手でイーサンの両肩を掴んだ。


「今すぐ俺と来てくれ! 今すぐにだ!」


「いったん落ち着け。何があったのか説明してもらわないと俺も動けない。とりあえず水でも飲んで深呼吸しろ」


 イーサンがコップの水を手渡しすると、タイアーは一瞬で飲み干してしまった。


 それでも気分は少し落ち着いたようで、息は穏やかになっている。


「すまない……冷静じゃなかった」


「冒険者によくあることだから気にするな。それはともかく……メアリーはどこだ」


「魔物に攫われた」


「はあ⁉」


 ギルド内に大きな衝撃が走った。聞き耳を立てていた冒険者も、傍で聞いていたミーアやグレン、それにエリスも目を見開き、タイアーの言葉を理解するのには十数秒かかった。


 そんな状況で一番早く持ち直したのはイーサンだった。


「今すぐ救出に向かわないとまずいのか?」


「ああ」


「攫った魔物はどんな見た目だった?」


「スケルトンだ。しかも馬鹿でかい骨の馬に乗って、紫の鎧を着ていた。俺とメアリーで戦tっていたんだが、俺がよろめいた隙にメアリーを攫われた」


「紫鎧のスケルトン……」


「イーサンは知ってるんですか?」


 頃合いを見計らって尋ねたつもりだったが、イーサンは無言だった。怒っているわけではなく、己の思考の世界に入り込んでいるらしい。


 もしタイアーの話が本当ならば、紫鎧のスケルトンはイーサンにとって忘れがたい相手だ。


「俺も協力する。そいつは借りのある相手かもしれないからな」


「ありがとう、イーサン。報酬は……」


「いらねぇ。その代わり、そのスケルトンは俺に始末させてくれ」


「わかった」


「とはいっても、もしかしたら俺一人で倒せる相手じゃないかもしれない。だから今日は同行者を募る依頼を出して、奪還にいくのは明日にしたい」


 タイアーは歯噛みして自分の無力さを呪っていた。その姿は過去の自分のようで、イーサンは自然と同情を覚えてしまう。


 しかし感情的に動いてもメリットがないことは明白だ。


「今日は帰って休んどけ。攻略は明日からだ」


「……わかった」


 肩を落として帰っていくタイアーの姿は見るに堪えなかった。


 先程まで盛り上がっていたギルドの空気も冷え切っており、まるで葬儀のような雰囲気が建物内に満ちている。


 誰もが口を開かず、タイアーが去ったドアを見つめていた。


「あの……」


 そんな中、イーサンに声を掛けたのはミーアだった。


 華やかなドレスを身にまとっているせいか、どこか悲しげな瞳まで美しく見えてしまう。


 その姿が昔の女性と重なって、不必要にイーサンの心を苦しめた。


「紫鎧のスケルトンってどんな魔物なんですか?」


「魔帝と呼ばれる魔物の王の手下だ。俺も少し戦っただけだから詳しいことはわからん。だが、間違いなく奴は俺の敵だ」


 怒気のこもった声は、周囲の人間を震え上がらせるだけの迫力があった。


 初恋の相手を奪われた苦しみは今もなおイーサンを蝕んでいる。


 敵討ちをすれば彼女が帰ってくるわけではない。しかし敵の存在を許すことはできない。


「ミーアはもう帰った方がいい。俺は新しい依頼で時間がかかりそうだ」


「……」


「ちょっとイーサン、ミーアに八つ当たりする必要は無いんじゃない?」


 強引に会話を打ち切ろうとしたとき、今まで黙っていたエリスに声を掛けられる。


 透き通った目が、彼女のそれと全く同じで。


 今は見たくないのに、どうしても過去の光景が脳裏に再生されてしまう。


「とりあえず帰れ」


 ロビーに残る女性二人にそう言い放って、イーサンは執務室へと向かった。


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