Act.7-1
盛夏を過ぎると、季節は途端に冬へと駆け下りていく。秋風を惜しむ間もなく、街には
弟は、由を抱きしめて泣いた夏の夜以降、由に触れることはなかった。
――俺は、お前が思うような、綺麗な人間じゃないよ、永。
言えずに、伝えられずに、《
「それにしても……なぜ、君はそんなに回りくどい方策を取ったのだ?」
《
「文書に載っている議員を、片端から〝粛清〟してしまえば早いのに」
君がそれを思いつかないはずはなかっただろう。そう言って片眉を
「断罪されるべき人間が、〝
正しく罪を償い得る人間の命まで奪う必要はない。
「もちろん、公安の網を
罪を償って生きるか、罪を
ひとつの任務が終わっても、またすぐ次の指令が下る。《
「大きな案件?」
永が尋ねる。由は書類を封筒に戻し、あぁ、と小さく頷いた。
「北方の人身売買に、第二機関が関わっている疑いがある」
「第二機関って……」
外交を司る、この国の機関だ。
「この国が、この国の人間を、他の国に売り飛ばしているってこと……?」
永は愕然として、目を見開く。その眉根が、険しく寄った。
「……どうしてなのかな」
「永?」
「どうして、この国の人たちは、持てる力を、悪いことばかりに使うんだろう」
腐敗した権力を持つ者は弱者から金や命を奪おうとし、怒れる武力を持つ者はクーデターを起こして国を奪おうとする。そして、そのどちらも、第九機関は粛清していく。終わらない奪い合いの狭間で、終わらない殺し合いを繰り返している。
「……与えない国に、未来はない」
由は呟いた。
「奪うのは、飢えているからだ。飢えているのは、満たされていないからだ。満たされていないのは、与えることを知らないからだ」
静かに続く由の言葉に、永が、落としていた視線を上げ、由の横顔を見つめた。
「それって……俺たち第九機関にも、未来はないってこと……?」
「今のままではね」
由は小さく頷いた。
「悪の芽を摘むだけでは、恐怖による支配が広がるだけだ。そんな国は、誰も信じないし、愛することもない。いつか、俺たちの組織が……あるいは、新たな組織が発足して、善の芽を育めるようにならないと」
今は難しくても、いつかは。
「……与えることを知る……」
由の言葉を咀嚼するように、永は、ゆっくりと瞬きをした。この国の歴史のことを思う。占領、革命、独立……奪われ、奪った、その果ての国。未だ分配されることのない不均衡な力に揺れる、不安定な国。傾いた力の天秤が、腐敗を生み、反乱を生み、第九機関を生んだ。〝粛清〟という、全ての力を奪う組織を。
「兄さんは、本当に……《
呟いた永に、由は微かに苦笑を浮かべた。
「今は、まだ、下される指令をこなすだけで精一杯だけど……」
「〝まだ〟ってことは、〝いつか〟があるってことだろ?」
永が、明るい熱を持ったまなざしで、由を見つめる。
「兄さんは、この国を変えようと考えている。この国の未来を創ろうとしている。そうだろ?」
「そんな立派なものじゃ――」
「俺、
無邪気に微笑む永に、由は言葉を切り、小さく笑みを返した。
立派なものじゃない。
永が思っているような、崇高な大志じゃない。
至極、独り善がりな、夢想だ。
この国を変えることができたら、第九機関は役目を終える。
第九機関がなくなれば、《
定められた《
ただの兄と弟に、戻ることができる。
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