私がダンナと見る夢は

 私は隆宏の誘いを断った。それから隆宏からは何の連絡も来なかった。私からも連絡しないことにしていたから、もしかしたらこれで終わりかもしれない。


「ああ、やっぱりお誘いに乗ればよかったのかな。アクセサリーを用意したりして、あれは計画的だったよね。せっかく勇気を出して誘ってくれたんだから、応えてあげるべきだったのかなぁ」

 そんなことを考えながら、

「やっぱりこれでよかったんだ」

 などとも思う。


「カナちゃん、最近元気ないな」

 隣で寝ている弘樹が言う。

「んー、まあね」

 私はあいまいに答えた。

「どうしたの。体調悪いの?」

 弘樹が聞いてくる。


「そんなことないよ。いつも通り毎日楽しいよ」

 本当は全然楽しくないけれど、嘘をつくしかなかった。


(隆宏はどうしてるだろう)

 そう思うと、胸の奥がきゅっと痛くなる。


「カナちゃん?泣いているのか?」

 弘樹が心配そうに私を見つめている。


「いいえ、違うわ。ただ少し寂しくなっただけ」

「何かあったのかい?」

「ううん、何でもないの。ちょっといろいろ思い出しちゃっただけだから」

 私はごまかして笑った。弘樹が背中に優しく手を回して抱きしめる。

「大丈夫だよ。僕はずっとカナちゃんのそばにいるからね」

 私も弘樹をしっかりと抱いて、首筋に顔をうずめた。


「ねえ、弘樹。私を抱いてほしいの。お願いだから、私のことを愛して」

「いったいどうしたんだよ。僕はいつも」

 弘樹は戸惑った様子で答えた。

「そうね。だから今日も愛して。お願いだから」

 寂しくて、私は誰かに抱かれたくて懇願する。弘樹は、

「わかったよ。僕もカナちゃんのことが好きだから。大好きだよ。愛してる。ずっと一緒にいような」

 と私に応えた。


 自分からお願いしたくせに、その一言で私はすっと冷めてしまった。「ずっと一緒」とか、言葉になった途端にそれが嘘になる気がする。高ぶる感情とは裏腹に、どこか覚めた頭でそう思いながら、私はネグリジェ姿で弘樹に抱かれた。


 弘樹は私のことを後ろから抱きかかえるように近づくと、お尻から背中にかけてネグリジェをぺろんとめくる。ナイトブラには手を触れず、後ろからショーツに手をかけると、一気に足首まで下ろした。


 弘樹はいつの間にかズボンとパンツを脱いでいて、見慣れた屹立がそこにある。私は大事なところが丸見えになっている。お互いそんな格好なのに、何かスポーツでもしている感覚で、恥ずかしいとは思わない。そして私はお尻を向けて挿入を待つ。


 入ってくる瞬間、ゾクッとする感覚が局部から背筋を抜けて、頭の中に突き抜ける。けれども一度入ってしまうと、あとは弘樹がひたすらピストン運動するだけで、正直なところあまり気持ちが良くない。でも、気を抜くと弘樹のが抜けて、そのままお尻の穴に刺さったりするので油断できない。注意深く弘樹の動きに合わせて、私も感じているふりをする。弘樹は満足げに腰を振る。


 百四十八回の突きで弘樹は動きを止めた。私はヒマだからいつも回数を数えている。こっちの体力が辛くなるから、早めなのはありがたい。


 グッと奥に押しつけられて、中でビクビクする感覚。これがまた気持ちが良くて。

「……あっ……っ!」

 思わず声が出てしまう。下腹部がキュッとなる。そのせいでさらに弘樹も気持ち良くなっているのだろう、もっと激しく奥まで突いてくる。


 出し終わった弘樹が抜く時。じつはこのときがいちばん好きだったりする。ぬるっと引き抜かれていく感触がたまらなく良い。


 そして、私はショーツをはいて、トイレに行って中を洗浄して、何事もなかったかのように過ごすのである。


「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 こうして私は夫に抱かれて眠る。


 夜中に目が覚めた。隣に弘樹はいない。キッチンに水を飲みに行くと、お風呂の明かりがついていた。中からガサゴソと音が聞こえてくる。弘樹が何をしているのか、だいたい予想がつく。

(一回じゃ足りなかったのかな。ごめんなさい)

 私は心の中で謝りながら、ベッドでうずくまる。



 目を覚ますと朝になっていた。寝間着姿のままキッチンに出ると、弘樹はすでに起きていて、キッチンでトーストを焼いてコーヒーを淹れている。


「弘樹、おはよう。昨日はごめんね。ちょっと疲れていたから」

 私はとっさに嘘をついた。

「そうなんだ。よかった。なんかカナちゃんに嫌われたかと思ったよ」

 弘樹はほっとした様子で、コーヒーをカップに入れてくれた。

「ありがとう」


 イチゴジャムの香りがする。弘樹がトーストに塗って食べている。

「弘樹、このジャムどうしたの」

「あ、これか。このあいだの出張のお土産だよ。手作りだからおいしいぞ」


 弘樹が唇を開いてかぶりつくイチゴジャムを見て、訳もわからず感情が高ぶる。弘樹は自分でジャムを買ってくるようなタイプじゃない。それで私はたぶん、弘樹の局部についたフルーツの香りを思い出さずにいられなかった。


 私は弘樹の正面に立つと、顔を両手で抱えて、弘樹の口に付いたジャムをなめ取った。そのままディープキスをする。舌と舌が絡み合う濃厚な口づけ。


「ん、んふ、はぁ、ん」

 唾液を交換して、息が苦しくなったところで、私は口を離す。


 弘樹から離れると、キッチンの壁に左手をついて、右手でネグリジェをたくし上げる。自らショーツをずらして、お尻を突き出す。

「弘樹、早くきて。入れて」


「カナちゃん、どうしたの。朝から刺激が強いなぁ」

 弘樹は困惑しているようだ。

「弘樹が欲しくて欲しくてしょうがないの」

「仕方ないなぁ」

 弘樹はズボンを脱ぐ。


「ああ、もっと。弘樹、そこ。もっと奥まで突いて」

 私は大声で喘ぎ続ける。パンッ、パンッという肌と肌がぶつかりあうリズミカルな音が響く。

「あっ……イキそう。弘樹、イク、イッちゃう!」

 ビクン、ビクンと体が痙攣する。


「カナちゃん、どうしたの?ちょっとどうかしてるよ」

 弘樹は戸惑っている。

「ごめんね。でも私、弘樹のこと好きなの」

 香奈は答えた。

「そうなのか。僕もカナちゃんが好きだよ」

 弘樹はうれしそうだ。


 どうかしている。でも止まらない。


「ごめんね、仕事に行かないといけない。この続きはまた夜にしよう」

 と弘樹は言って、玄関で私にキスしてくれた。


 ***


 弘樹が帰ってくると、私の所に来て黒いビニール袋に入ったものを渡してくれた。

「これ、買ってきた。ちょっと恥ずかしかったけど」


 中を開けると、そこには大人向けのグッズがたくさん。黒くてぐりぐり動くヤツとか、いぼいぼがついていて七色に光ってぐるぐる回転するヤツとか、リスの置物っぽい形でお口が何かを吸い込むようになっているヤツとか、なんだかよくわからないものがいっぱい入っている。


「女性はホルモンのバランスで性欲が強くなったりするらしいね。こういうもので発散するのはどうだろうか」


 んー、ちょっと何を言っているのか分からない。こういうのは女子がダンナや彼氏に内緒でこっそり買うものだ。それをダンナが堂々と、まるでおみやげにチョコレートケーキを買ってきたみたいに渡すなんて、どうなんだろう。


「まあ、照れちゃって。まるで学生の頃のあなたみたいね」

 と私は言った。

「うるさいな。そんなこと言わないでくれよ」

 と彼は顔を赤くして答えた。


 まあ、しかし私のことを心配してくれているのは分かるので、一応もらっておくことにする。でもちょっと癪だったから

「弘樹、あなたのお尻の穴にはちょっと大きいんじゃない?」

 と言ってやった。弘樹は一瞬ビクッとした様子でお尻を押さえてあわてていた。


「じゃあ今日は独りで寝るわね」

「どうして?」

 と不思議そうな顔をしている弘樹に、私は言う。

「だって、せっかく買ってきてくれたグッズですもの」

「僕は別に気にしないよ」

「弘樹が気にしなくても私が気になるの」


 弘樹と別れて一人で眠りにつく。寝室が静かで広すぎる。シーツや枕から弘樹の匂いが薄れていく。


 結婚して以来、堂々とこういうことができるのはちょっと新鮮かもしれない。寂しいよ、隆宏、ヒロ君。私も会いたい。私はお気に入りのリスの置物を使って、ちょっとした生きる喜びを堪能していた。隆宏とのことを思いながら、そして弘樹のこともたまには思い出しながら。

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