カレシと脱衣ゲーム

 今日は休日だというのに、弘樹は朝早くから出かけていった。おかげで私は少し寝不足だ。ゴルフというのは私をほったらかして出かけていくほど楽しいものなのだろうか。正直なところ、よくわからない。そんなに楽しいならゴルフクラブと結婚すればいいのに、なんて悪態をつきながら朝食のトーストを食べる。


 ヒマだ。今日はキャサリンも来ないから、私はやることもなくて一日ヒマなのである。


 そうだ、こんなときは隆宏で遊ぼう。


 そう思って隆宏に電話をかけたら、

「ごめん、ちょっと忙しい。課題レポートあるから」

 と言われてしまった。隆宏もどうせヒマだろうと思っていたら、どうやら大学の課題があるという。隆宏は真面目に勉強しているようだ。


 ヒマなのは自分だけという認めたくない事実。少しムッとしながら電話口の隆宏を誘う。

「さっさと終わらせて遊ぼうよ」

「ちょっとピンチなんで、マジで勘弁してください」

 隆宏はそう答えた。


 これはいい暇つぶしになるかも知れない。そう思った私は

「じゃあさ、私が課題手伝ってあげるよ。二人でやれば早いでしょ?」

 と言ってみた。いや、ふざけているわけじゃなくて本心なのだけれど。


「えっ、ホント? それは助かる! じゃあ後でうちに来て!」

 隆宏はあっさりと答えた。こんなことを私に頼るとは、よっぽど困っているんだな。


 しょうがないから私は隆宏の家に遊びに行くことにした。


 隆宏は見た目はいいし、中身もいいヤツなんだけれど、なんかちょっと頼りない。だから、私にとって隆宏は遊び相手にしかならなくて、隆宏もそれ以上を望んでいないようだった。化粧ポーチの中に避妊具をいくつか入れてあるのは、いざという時の備えのためだけだ。


 隆宏の家に着いた。玄関を開けると、隆宏がパソコンをいじっている。ベッドの上には大量の論文やレポートが乱雑に置いてあった。私が来るまで、ずっと調べ物してたみたいだ。


 なんだ、これじゃあ全然遊べないじゃん。私は適当にくつろぐと、隆宏に言った。

「ヒロ君、コレ全部読むの? この量だと二週間はかかるかも……」

「そうなんだよねぇ。全然終わる気がしない」

 隆宏はちょっと困ったような顔をして言った。


 こういうのは要領なのだ。私は隆宏に言う。

「そんなの全部読む人、いないわよ」

「え、そうなの?」

「そうよ。当たり前じゃない。課題は何?内容を教えて」


 一読してから私は答える。

「この手のものにはやり方があるのよ。いきなり論文を全部読むんじゃなくて、まず課題をみて、関係する事柄についてだけ分析して勉強するのよ」

「へぇ、それでいいんですか?」

「それでいいわよ。とりあえずやってみて、私にみせて」

「はい」


 やり方を変えさせてから、二時間ほど。隆宏は課題レポートをほとんど終えてしまった。


「ほら、できたじゃない。何事も要領ね」


 レポートを書き上げた隆宏が、放心状態で少しハイになっている。

「できた。カナさんの言うとおりにしたらできてしまった……僕はもう用済みですか? 無能、無能、無能……」


 その様子がおかしくて、つい笑ってしまう私だ。隆宏が私を睨んでくる。

「カナさん、ひどいですよ。笑うなんて。真剣にやってるのに」

「ゴメン、ヒロ君が面白くって」

「みんなそうやって僕を笑うんだ……」

「バカなこと言わないで。ヒロ君が自分の力で書いたんだから、自信もちなさいよ」

「うう……そういうことにしておきます」


 隆宏といれば、今日も一日が楽しくなりそうだ。

「さ、どこか遊びに行きましょ。ヒロ君、行きたいところはあるの?」

「もう僕はつかれました。カナさんは元気ですね。どこもいきたくないです。家でゴロゴロしてましょうよ」

「もう、ヒロ君ったら。家でゴロゴロって、いったい何を期待しているのよ」

「変なことはしませんよ。僕だってそんな気力ないですし。でも、せっかく来たんですから、キスぐらいしてくださいよ」

「何言ってるの。そんなのキスだけで済むわけないでしょう。せっかくの休日が潰れちゃう。もったいないでしょ」

「そうですか?」


 だめだこれは。なんとかしなくては。いまさらながら、ちょっと甘やかしすぎたかなぁと後悔する私。こいつの歴代彼女は一体何をしていたのか……。いや、私も同罪なのかも知れないが。


 とにかく、私がしっかりしなければ。 私は決意を固めるのであった。


 まず隆宏のことをもっと知らなくては。そう思った私は、ひとつの提案をする。


「ヒマなんだったら、二人でゲームをしましょう」

「はい、いいですけど。何のゲームをするんですか?」

「そうねぇ。質問命令ゲームなんてどうかしら。じゃんけんして勝った方が何でも質問するの」

 まあ、おうちデートの定番と言えば定番。でも、やるからにはちょっと刺激がほしいから、命令もできることにする。


「どうしても答えなきゃダメなんですか?」

「答えなくてもいいわ。そのかわり、答えないときには、なんでも命令を聞く。まあ遊びの範囲でね」

「えー、それ、カナさんも本当に言うこと聞くんでしょうね?」

「うん、もちろん」


「いいでしょう。言っておきますけど、僕はじゃんけん強いですよ。負けませんからね!」

 そう言って隆宏は自ら負けフラグを立てに来るのだった。


 私と隆宏はノリノリで始める。

「フフン、じゃあいくわよ、最初はグー! じゃんけん、ぽん!」


 結果は、私の勝ち。


「あれ、おかしいなぁ、絶対に勝つと思ったのに。カナさん強すぎですよ。ずるいです!」

「じゃあ最初の質問ね」

「おてやわらかにお願いします」


 まず私が一番気になっているのは、隆宏の日本での恋人のことだ。でも昔のことを掘り返すような女だと思われるのも癪だし、なによりも湿っぽくなるのはイヤだ。ちょっとふざけた感じで、軽い感じで訊いてみたい。


 よし。こんな感じでいこう。

「初体験はいつ、だれと?」


 やってしまった。完全に合コンの悪ノリだ。みんなドン引きのやつ。少なくとも女がする質問じゃない。でも隆宏の過去が気になったのだからしょうがない。


 隆宏はそれほど気にすることない様子で、私にたずねた。

「それ、正直に言わないとダメなんですか」

「言わなくてもいいわよ、その場合の命令は……そうね。そのTシャツを脱ぐこと」


 結果。隆宏はあっさりTシャツを脱いだ。男にしては華奢で色白の胸板に、ピンク色の小さな乳首が二つ。男の胸っていやらしいと思うのは私だけだろうか。


 というわけで、隆宏は答えるよりも命令を選んだ。隆宏の初体験の相手は、思い出を大事にしてもらっている。そう思うと、その初体験の相手に妬けてくる。

「ごめんね。大事な思い出なんだね。いいのよ、無理しなくたって。気にしないで、続けてちょうだい」

 私は平静を装ってそう言った。


 ゲームは続く。

「じゃあ、次ね。最初はグー、じゃんけん、ポン!」

 私はグー、隆宏はパーを出した。


「やったー、勝った、勝ったぞ」

 隆宏はそう言って、得意げに私に質問を投げかける。

「いままで、何人の彼氏と付きあってきましたか?」

 あいかわらず直球だ。


「ちょっと、ヒロ君、女性にそんなこと聞く? デリカシーないんじゃないの」

「だって、気になるんですよ。教えてくれますよね?」

 気になるの? 私は既婚者なんだから、そんなこと気にしてもしょうがないと思うのだけれど。


 私は隆宏の失礼な質問に教育的指導をすることにした。


「いいかしら? その質問に対する女性の答えはいつも一緒。『あなたが三人目』よ」

「え、それってホントの答えなんですか?」

「ウソの答えに決まってるじゃない。それとも、『八人と付きあって二人と同棲してました』とか聞きたい?」

「え、カナさんそんなに経験豊富だったんですか?」

「……例えばの話よ。私、そんなふうに見える? まったくヒロ君はひどいヤツね」

「いや、僕はカナさんはモテただろうなって思って。でも、やっぱり具体的なことは知りたくないかな」

「そうでしょう? 知らない方がいいことってあるのよ」


「じゃあカナさん、脱いで脱いで」

 目を輝かせて隆宏が言う。


「え、どうしてそうなるの」

「なんでも正直に答えるって約束でしたよね。三人ってウソなんでしょ?」

「あ、なんかずるいなぁ。もしかして初めからそれが狙い?」

「あはっ、バレました?」

 狙ってこの質問をしたのか。隆宏のくせになかなか考えたではないか。


「しょうがないなぁ」

 そう言って私は髪留めを外した。長い髪がサラリと流れ落ちる。


「あ、ずるい。カナさんそれはないですよ」

「どうして?」

「だって僕はシャツを脱いだんだから。カナさんはブラウスを脱がなきゃ」

「あなたのシャツと私のブラウスでは価値が違うでしょ。釣り合うと言ったらせいぜい髪留めよ」


 何でも質問して命令を聞くゲームだったはずなのに、いつの間にか脱衣ゲームになっている。


「カナさん、もしかして僕のことを裸に剥くつもり?」

 隆宏は、脱衣ゲームになったら自分の方が不利だということにやっと気がついたらしい。


「あら、そんなことはないわ。パンツまでで許してあげる」

「言いましたね。返り討ちにしてあげますからね」

 その根拠のない自信はどこから来るのだろう。


 私たちはじゃんけんを繰り返して、ひたすら質問に答えて、そして服を脱いだ。


 二時間ほどたっただろうか。目の前にはボクサーパンツ一丁の隆宏がいる。私の方は、ロングキャミソールで、比較的大丈夫なやつ。その下は本当に下着だから、なんだかんだでギリギリまで剥かれてしまった。隆宏がじゃんけんに強いのは本当みたいだ。なんなのこれ?


「最後の一回、それじゃあ行きますよ」

「じゃんけん、ぽん!」


「うふふ、私の勝ちね」

 なんとか勝った。神様、ありがとう。これで隆宏に裸をさらすことは免れた。


 隆宏はすごく残念そうにしている。

「悔しいなぁ。カナさんの下着姿、見たかったのに」

「ヒロ君も、いい身体してるじゃない。鍛えてるの?」

「はい、筋トレは毎日やってます。カナさんのスタイルにはかなわないけど」


「じゃあ、最後の質問してもいいかな」

「どうぞ、答えられるものなら」


「じゃあ、ヒロ君はいままで何人と経験した? あ、プロは除くわね」

「それ、答えなくちゃだめですか?」

「いいじゃない。男の子は経験人数が多いほうがいいってことになっているんだから。まったく世の中は不公平よね」


 隆宏は何か迷っているようだ。おもわずボクサーパンツに手をかけようとしている。


「ちょっと待って、全裸は止めて。私の理性がもたないから」

「すみません、つい」

「答えたくないなら、もういいわよ」


「それじゃあ僕が負けってことですか……。敗者にはどんな恐ろしい罰ゲームが待っているんでしょう?」


「もう、そんなことはいいわよ」

「そうなんですか?」

「うん。ヒロ君のことたくさん知ることができたから、それでいいの」

「そうですか。………僕も、うれしかったです」

「あなたの元恋人はしあわせね」

「そうでしょうか」

「思い出を大事にしてもらえるのはうれしいことよ」

「はい」


 ああ、隆宏とバカなことをするのは本当に楽しい。でもこのくらいにしておかないと。もし本気になって力づくで来られたら抵抗できない。


「服を着ましょう。この格好だとお互い落ち着かないでしょ」

 私は服を着て守りをしっかり固めてから、隆宏をベッドに誘って、いつものように隆宏が満足するまで遊んであげた。


 終わってから、二人でソファに座ってテレビを見ていたら、ふと思い出したように隆宏がつぶやいた。

「……さっきの答え、じつはゼロ人なんです」

「え、いまなんて言ったの」

「だから、セックスしたことないんです、僕。付きあっていた彼女は一人だけいましたけれど」

「ウソでしょう」

「本当です」


「そうなの。でもあなたは童貞には見えないんだけど」

「どういう意味ですか」

「なんだか、女慣れしているように見えるのよね」

「それは、彼女とは四年間も付きあいましたから。学生時代をともにした相手でした」

「四年間つきあったのに童貞のまま。そんなことってあるものなのね」


 私は自分の大学時代のこと、弘樹と付きあった頃、もっと近づきたい気持ちは募るばかりなのに、どうしてもカラダの関係になれなかった、あの悲惨な経験を思い出していた。ああいうことは世の中によくあるものなのか。


「まあ、今はもう連絡を取っていないのですけれど」

「そう。そうだったの………」

「でも、僕はただ別れた彼女に一言、謝りたくて」


「ヒロ君。ごめんね。私、ヒロ君はもっと遊んでいる人だと思っていた」

「別に気にしないでください。今となっては過去のことですから」

「ヒロ君、私、ヒロ君のこと大好きよ」

「ありがとうございます。でも、僕はカナさんと付き合えるような男じゃないんですよ。いままで黙っていてごめんなさい」

「そんなことない。ヒロ君はかっこよくて、優しい人よ」


 とは言いながら、私の心中はあまり穏やかではなかった。

(なんだつまんない。隆宏、初めから人のものだったんじゃないの)


 それは嫉妬とも自己憐憫とも言えないなんともゆがんだ感情で。私は隆宏と、もっと誰よりもバカな遊びをしてみたくなる一方で、何かが急速に冷めていくのを感じずにはいられなかった。


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