その秘密を暴かないで

 衝撃の体験から一夜明けて、私は憂鬱な気分で塞ぎ込んでいた。これから先、私は弘樹との夜を過ごすたびに、あの感覚を思い出してしまうだろう。弘樹のものが入るたびに、私は無意識にあの青年のと比べてしまってがっかりするのだろう。なんとも軽率なことをしたものだ。


 そんなことを思いながら、ぼんやりとしていたら電話が鳴る。画面を見ると、美奈子だった。そういえば私は昨日、無事に帰ったことを連絡していない。


「カナちゃん?元気?」

「ごめん、連絡しなくて」

「ああ、よかった。通じたよ。心配したんだ」

 聞けば美菜子は何度も電話してくれていたらしい。全然気がつかなかった。


「心配かけてごめんなさい。昨日はちゃんと無事に帰りました」

「まったく、何かあったのかと思ったよ。でも無事で何より」

「危険なことは何もなかったよ。ただ……、うーん、ちょっとね」

「やっぱり止めた方が良かったかな。あれからずっと気になっていて」

「ありがとう。ごめんね、迷惑かけちゃって」

「ちょっと、カナちゃん、大丈夫? 今日はもう家にいる?」

「うん。いるけど」

「じゃあ今から行くから」

「えっ!?」

「行っていい?」

「う、うん」

 私は戸惑いながらも、了承するしかなかった。


 しばらくすると、チャイムが鳴った。ドアを開けると、そこには美菜子が立っていた。

「入っていい?」

「もちろん」

 美菜子を招き入れる。美菜子は私の顔を見て、ホッとしたようだった。


 玄関で美菜子にスリッパを渡そうとして、私は立ち止まってしまった。あれ、なんだろう。涙が止まらない。気がついたら、私は美菜子に抱きついて泣いていた。


「怖かったんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて」

 美菜子の手が背中に回される。私は泣きながら、美菜子に話す。


「私、変なんだよね。どうしても男性とセックスしたくなるときがある。特に最近は、それがすごく強くなってきていて……」

「わかるよ。そういう時期あるよね」

「わかってくれるの?」

「そりゃあ、まあ、人間だし、性欲はあるもんね」

「私、このままじゃダメになるような気がする」

「それで、昨日会った男と寝たの?」

「そう。一回だけ。ものすごく気持ちよかった。頭がおかしくなりそうだった」

「わかるよ、私。だからとても心配していたんだ。旦那がいる人に紹介していい場所じゃなかった」

「そうね。お願いした私が馬鹿だったよ」

「後悔している?」

「している」

「だよね」

「あんなに気持ちいいとは思わなかった」

「……だよね」


 話をしたら少し落ち着いてきた気がする。美菜子にお茶も出していないことに気がついた私は、急いで紅茶を淹れた。あと冷蔵庫には、たしかまだ「アンシャンテ」のチョコレートムースがあったはずだ。


 お茶を飲みながら私たちはいつもの無駄話のように話す。

「カナちゃん、あんまり気にしないことにした方がいいと思うよ」

「でも、すごくショックだった」

「男の人だって似たようなことをしていることもあるんだから」

 たしかに、ゲイランのあの乱れっぷりをみると、そうも言いたくなるだろう。


「神様は不公平だよ。女が気持ちよくなって何が悪い」

 美菜子が叫ぶ。彼女も彼女でなにかストレスをためているのだろうか。それとも、紅茶で酔っ払ったのかな?


「ちょっと美菜子、声が大きいよ。女が気持ちよくなるのはふしだらなこと、少なくとも男たちはそう信じてる」

「そのくせ、自分の彼女が気持ちよくならないと機嫌が悪い」

「そうそう。だから気持ちいいって言ってあげた方が良いんだよ。男は単純な生き物だから」

「でもカナちゃんはそれで欲求不満になったんだよね」

「そうだと思う」

「だったらそんなに気にしなくてもいいじゃない」


 そこまで言われて、私は気がついた。もし仮に、弘樹がインドで女を買っているとしたら、私はそれを許せるだろうか。いい気分じゃないのは確かだろう。


 とはいっても、お互い生き物なんだから、何かの拍子にそういうことになる場合だって無いとはいえない。もしそうなったら? 私だったら、せめて秘密にしておいてほしい。何事もなかったかのように、何も変わらずそのままで。


 そうか。そういうことか。


 ごめんね、弘樹。あの経験を忘れることは難しいけれど、せめて気づかれないように頑張るよ。


「美菜子、ありがとう。いろいろ教えてくれて。もう私は大丈夫だよ」

「本当に?なんかあったら連絡してね」

「うん。そうする」


 ***


 弘樹が帰ってきたその夜、私たちは二人でお風呂に入って、それから私はかなりエッチな格好をしてノリノリで弘樹に迫った。

「今日は何?どういうつもり?」

 そういいながらも、いつもより積極的だったので弘樹は喜んでくれたようだった。


 弘樹は私のことを問答無用でバックで突く。弘樹が一通り満足したら、今度は私が弘樹を襲って、上に乗って腰を振る。


 弘樹が嬉しそうに笑った。

「なに?」

「いや、カナちゃんがすごく積極的だから」

「ダメ?」

「全然、ダメじゃないよ」

「ねえ、好き」

「うん」

「ずっと一緒にいたい」

「もちろんだよ」

「どこにも行かないで」

「大丈夫だって」

「本当に?」

「本当」

「つぎは正常位にする? それとも座位? あと弘樹は立ちバックも好きだよね」

「全部して」

「はいはい。でも正常位が先ね。私、それが一番気持ちいいの」

 私たちはいつも通りの仲良し夫婦だ。

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