第2話ここから

「私はなぜ生きてるんだろう。南も隆も死んだ。もうこの世には何もない」

花は自室のベットの上に座りカッターを取り出す。そっと手首に近づけたとき、玄関からあ慌ただしい足音が聞こえてくる。部屋のドアが勢いよく開いた。

「花!待ってくれ」

徹が部屋に駆け込んできてカッターを花の手からはたき落とす。

「まだ死んではいけない。あの怪物にかなわなくても諦めてはだめだ。生きて、生きて、僕たちが生きた証をこの世界に残すんだ」

花は顔を隠し、泣く。子供みたいに。泣く。しばらくして玄関の扉をたたく音がした。明らかに殴っている。

ドンドンドンドン

「花!ベランダから逃げよう。ここは二階だ。ギリギリ大丈夫だろう。ゆっくり降りるんだ」

徹が花の手を引いていく。扉を叩く音がどんどん大きくなっていく

「怖いよ」

「布団をクッションにしよう」

布団を押し入れから出し、ベランダから投げる。扉はミシミシと音を立て始めていた。

「時間がない。行こう」

二人は飛び降りた。直後に扉は大きな音を立て、吹き飛んだ。町はすっかり変りはて、閑散としていた。ふたりは走った。決して振り返らず走った。



「ありがとうございました」

お客さんを見送る。来てくれるお客さんのほとんどが友達、家族ばかりだ。たまにチラシを見てきてくれる方がいるとすごくうれしくなる。大学内の小さなホールで公演が行われる。マックス五十人くらいの小劇場で土日の二日のみで合計四公演を淡々とこなす。この公演は「花のとおる道」完全オリジナル作品だ。この世界の生きにくさを怪物にたとえ、怪物から逃げる人たちを描いた、皮肉を盛り込んだ作品だ。脚本から配役、監督までのほとんどを二回生で行った作品。毎年十月に行われる二回生公演となっている。

「二回生公演ありがとうございました。先輩方には大変お世話になりました。いろいろご迷惑をおかけしてすいませんありがとうございました」

ヒロインの花役の東條瑞希が挨拶をする。

「いや、良かったよ。瑞希ちゃんの演技好きなんだよね。この調子で来年もよろしくね」

部長の伊藤詩織が挨拶をする。普段はヒロインを演じることが多いが、今回は二回生が主役なのでわき役として出た。

「ありがとうございます」

瑞希が笑顔で頭をさげる。

「明日からまた授業始まるので忙しくなると思うけど、二カ月後の定期公演に向けて頑張りましょう」

詩織の言葉に部員が「はい」と返す。

この演劇部は数年前に部内で方向性の違いによって喧嘩、分裂し、部員数が激減した。その事実は後世に伝えられておらず、知っているのは上回生の中でも一部だけだ。教えると重く受け止めてしまい、負担になると考えているためだった。分裂直後は十人ほどだったという。喧嘩の原因も曖昧で方向性の違いとしか聞いていなかった。

『K大学劇団ひまわり』

現在の部員数は二十人ほどだが、ほぼ全員が美術、大道具、照明、役者を兼任している。授業以外の時間は部室または小道具などの作製を行っている状況だ。この状況が当たり前になっていて、誰も気にしていないようだった。やりがいはあるし、楽しい。詩織はそう思っていた。




お昼が終わり、詩織は次の公演で使う小道具を作っていた。作業場には詩織のほかに舞台装飾を作成しているグループがいた。スピーカーでBGMをかけ、黙々と作業をしている。普段と変わらない風景。

「お疲れ様」

詩織と同期で主に大道具を作っている桜井加奈が授業を終え、部屋に入ってきた。

「ポストに入ってた書類、ここに置いとくね」

加奈が机の上に書類を置き、隣に座った。書類と言っても他の部活のチラシや合宿案内、大学が毎月発行している雑誌などで、部室塔の一階にそれぞれの部活ごとのポストに投函される。

「ありがと」

詩織は作業を中断し、なにが来ているのかを確認する。雑誌の見出しには

と書かれていた。表紙には腕を組んだおしゃれな男性が写っている。十年以上前に卒業した先輩のようだ。普段は読み飛ばしてしまうが、なぜか読みたくなった。数ページめくってみると、三人の先輩たちの対談が載っていた。三人がソファに座り、話をしている写真の下に自己紹介欄があった。その一番左の人に何かを感じた。言葉では言い表せないが、光るものを感じた。自己紹介欄を見る。

山路浩。○○年に文学部を卒業。在学中はK大学劇団ひまわりに所属。部長を務め、部昇格に貢献。

「え」

詩織は思わず声が出た。そういえば聞いたことがある。当時の先輩たちはすごかった、と。今でも行っている練習方法は多少違えど当時の先輩から引き継いだものだと聞いたことがある。

「どうしたんですか」

詩織の声にびっくりしたのか後ろで作業していた子たちが詩織の手元を覗き込む。

「この先輩。この部活の設立メンバーだよ」

詩織が雑誌を指さして説明する。

「噂でしか聞いたことないんだけど。チケットすぐ売り切れだったらしい。なんでこんなに存在がなくなったんだろうね」

「先輩方は今のこの状況を知ってるんですかね」

二年生の伊崎太一が詩織の後ろから覗きながら言う。

「どうだろう。この対談では触れられてないね。私の知ってる限り、連絡取ってる人はいないから知らないんじゃないかな」

「連絡先を調べて、強引だけどアドバイスをもらうってのはどう?今のこの状況を知ってもらって何としてでも存続させないと」

隣で課題をしていた加奈が言う。

「連絡しても怪しがられそうですね」

「まぁね。でもやる価値はあるかな。当時のことも聞いておきたいし。とりあえず文学部だったみたいだから文学部の先生にメールして聞いてみようかな」

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えぬ @kurainao

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