第37話 強制停止までの道筋
彩理たちが戦うと同時に、夢は一気にウィルクスの操作していたコンピュータまで走り抜く。
スクリーンセーバーに切り替わっていた画面をすぐに戻し、すぐさまウィルクスの体内に関わる構造のデータや彼の作成したバイオロイドのデータを探し、同時に彼女が所持するタブレットのデータと照合を始めた。
夢の背後ではバイオロイドとクローンが剣撃のような金属音を発生させる。
やはりバイオロイド関連の情報は、夢が創を制作した際のまったく同じ手順を踏んで創造された類であることが解ったが、なぜここまで差が広がってしまったのかはたどり着くことができなかった。
時折剣戟に加わる打撃がクロロという能力の逸脱さを物語っている。
不老不死のウィルクスがクロロを発現でき、それが維持できているということは、夢の持つ技術を彼が一部流用していると考えられる。
その文書をウィルクスは書いていた模様で、真ん中のデスクトップ画面にあった文書作成ツールのアイコンをクリックすると、書き途中の英論文が広がる。
内容を簡潔に読んでも、夢が研究に使用したパンゲアが対象となっていることが明らかとなった。
無限に修復を繰り返すウィルクスに有効な手立てはまだ見当たらない。
猛毒を回復し免疫を付属させ、どんな重症でも急速に修復させる―――まさにバイオロイドの上位互換的存在なのだ。
ふと、夢は不老不死に構成されているパンゲアの細胞の特性を再確認した。
パンゲアは、突如として細胞が破壊される謎の自滅プログラムが存在する。
この特性が使えば、彼が死なずともクロロを強制解除できるかもしれない。
思考を張り巡らすと、何か水分を含んだ大きな物質が夢の近くに音を立てて落ちてきた。
創が彼女の研究に触れる少女の名前を叫ぶ。
「それが実行される条件は――新島さん!?」
内容を反芻していた直後、ウィルクスの一撃で側頭を殴られた彩理が夢の近くまで飛ばされていた。
倒れる彩理は横向きに身体を転がし、周辺の床に赤い染みを作っている。
すぐに夢は彼女の呼吸や脈拍を調べる。
終焉の時間が迫る中、かろうじて、彼女の息があった。
「大丈夫よ――あなたを死なせるものですか」
創や彩理が日常的に取り込む錠剤には、ある“副作用”が存在した。
それはバイオロイドの使用者が限界にまで身体を酷使していると判断した場合、使用者の身体の自由を奪い生命維持の方向へシフトする。
錠剤の成分を一気に使用し、回復が完了すると同時に身体の自由が復活する、というカラクリがあったのだ。
これを知っているのは夢――薬を作成した彼女のみだった。
強くなりたいと願う創の度重なるクロロの酷使のストッパーとするため、意図的に組み込まれたプログラムでもあったのだ。
頭部からの出血が激しい彩理が生還できることを確信し、彩理の服のポケットから
アンプルを1本取り出す。
ゆっくりと彩理の顔を仰向けにして、下顎を引っ張って口をあけた彼女に、アンプルを流し込む。
十数秒後、咳き込みながら彩理の身体が急速に修復され頭の傷口も完全に塞がった。
「先生……すみません……」
瞳に再び輝きを取り戻した彩理が、呼吸を整えながら両目に写った人物を呼ぶ。
ゆっくりと上半身を起き上がらせ、手足の感覚を確認する。
先ほどあった目眩やしびれの症状は消えていた。
出血で服はひどく汚れてしまったが、五体満足の状態に復活しているようだった。
「創を助けなきゃ……でもどうしたら……」
ウィルクスが手も足も出ない創を片手で持ち上げる凄まじい力に、心身ともに折れそうになっている。
有限の命が強大な不老不死に太刀打ちできるのだろうか。
夢は起き上がった彩理に囁くように耳打ちした。
「新島さん。教授を、ウィルクスを止める方法が見つかったわ」
「ほ、本当ですか?」
「そのためには新島さんの力を使わせてほしいの」
静かにクロロを発現させ、バイオツールをナイフに展開する。
すると夢が彩理の持っていたあるモノをそれに塗りつけた。
「まさか、これが!?」
「私の考えが間違いなければ、ね?」
ウィルクスを強制停止させるために、彩理が止めを刺そう創に殴りかかるクローンへ起死回生の一撃を振りかぶる。
室内の白い蛍光灯に混ざって、オレンジ色の閃光が走る。
中間距離から投げつけた橙色の刃物には、創と彩理の味方を成していた“アンプル”が塗られていた。
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