第36話 化物は誰か
「先ずは一人消えたな」
先日の戦いと似たような現象。
一体何が起きているのか、身体の宿主になった創ですら、何が起こっているのか原因が解らない。
一歩一歩、全身を血液で染める、無傷のウィルクスが創の下へやってくる。
勝負は付いたとばかりに、赤く輝く長髪を揺らしながらあざ笑う。
「やはりな。あの時の戦いで、君たちは相当な傷を負った。いくら君が化物であっても、それらを無視するほどの、無茶な発現に身体はついてこなかったというわけだ」
創は包帯を取り、傷が全て消えていたことを確かに見たはずだった。
覚醒による反動が考えられる彩理への不安はあったが、自らに対する不安要素は微塵もなかったはずだ。
周囲の人間を守れるだけの力を、持っていると確信していたというのに。
それが慢心だったというのか。
「ぐっ……」
ウィルクスが勢いよく右手で創の首根っこを掴む。
全体重を持ち上げられた首部分に集約され、呼吸が詰まる。
「君はもう戦えない。己の無力さを嘆きながら最期を迎えるんだな」
創の身体が、ウィルクスによって地面に叩きつけられた。
ヒトが感じるような大きな痛みはないが、口の奥では鉄の味と匂いと蔓延し、咳き込むたびにそれらが体の外へ放出される。
母であった夢は、戦う力を持たない。
自分が消えてしまえば、逃げ場のない母が自らと同じ場所へ行くことは容易であった。
ウィルクスの言葉通り、残された時間の中、思いつくままにセリフを言い放つ。
創はウィルクスを睨みつけながらも、笑っているように思えた。
「へっ……あんたは俺を、彩理ちゃんを、化物呼ばわりしたな」
「間違いない。特に君は“人外”そのものだ」
「でもな、それ以上のヤツがいたんだ」
「それは、誰だ?」
「あんただよ。肝心な“痛み”を無くした、愚かな化物だ……」
動けない人外に侮辱されたウィルクスは、バイオツールを装着したままの両手を怒りに任せて拳を作っていた。
「よくも、よくも僕を侮辱したなぁ! 今すぐあの世へ送り出してやる!」
激昂するウィルクスの右腕には、怒りと屈辱と嫉妬、さらには優越感が凝縮された一撃を放つ――筈だった。
彼の腹部から新たな傷口が出現する。
それは創のものとは異なる、橙色のバイオツールがウィルクスを貫いた形で飛び出したナイフだった。
「あなたが創を傷つけたこと、絶対に許さない!」
後ろを振り向けば、荒い呼吸でフラフラになりながらも、ナイフを投げつけた張本人である彩理がいる。
頭から出血の痕が肩から服の袖を伝うシミとなって見えているが、クロロを発現可能な状態にまで回復されている。
隣には精悍な顔つきでウィルクスから視線を逃さない、夢の姿があった。
両手は彩理の手当を行ったためか、袖の端まで彩理のものと思われる血液が付着している。
彩理が生きているという動揺を隠せないウィルクスの背後では、さらに動揺すると思われるであろう事態が起きている。
間一髪、身体の平衡感覚が戻ってきた創は、倒れたままアンプルを飲み干して起き上がったかと思えば、一気に足を踏み込んで、室内の天井をすれすれで跳躍し、彩理たちの下へ合流する。
しゃがみ込むように着地したが、バランスを崩して倒れそうになったところを彩理に支えられた。
「うぉっと。ありがとう。また助けられちゃったみたいだ」
「無茶しちゃダメでしょ!」
創がある程度の肉体を修復できたところで、彩理は心配から彼を叱った。
「はははっ。ごめん。でも彩理ちゃんには危険なことをして欲しくなかったからさ」
心配をさせまいと彼は無理に笑うが、彩理に隠し事をすることは、エリシアとであった時点で不可能なことであった。
謝罪の言葉を述べつつも最大の言い訳を、彩理の異変から言い放った。
「そっ、それは創を失いたくなかったから。ごめんね」
思えば、大切だと考える人たちを守ろうとする責任感を重く抱え、お互いに言えなくなってしまったようだ。
そのことを察した創が優しい口調のまま彼女へ言葉を投げかける。
「いいよ。許してあげる」
すっかり頭を撫でられてしまうことに彩理は抵抗がなくなってしまった。
目の前で創が生きている――もっと言えば彼が呼吸をしていることの安心感によって、体温が構成されているようだ。
「二人とも、その話はあとよ。今は目の前のことを終わらせなくては、ね?」
夢の言葉に彩理と創は迷い無く、頷くだけだった。
「教授! もう貴方の思い通りには行かないわ!」
あからさまな「信じられない」という表情を彼はハッキリ示していた。
瞳が点になったウィルクスへ異変が襲う。
突如身体に力が入らなくなったウィルクスは、片膝を付きながら彩理と夢へ言い放つ。
「なっ、何をした!? 君たちは既に致命傷の筈だ! なぜ生きている!?」
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