第35話 最後の戦い

 この事件における最後の戦いが始まった。

 

 彩理と創はウィルクスの真っ赤な変化に合わせて緑と橙のクロロを発現させる。

 

 不老不死の人間とバイオロイドにもたらされた“クロロ”という同質の力の存在。

 

 三人は手分けして状況の打開を目指すことにした。


「先生。ここはわたしたちに任せてください」


「わかったわ。新島さんたちが戦っている間に、私はあのコンピュータを調べる」


「頼んだよ、母さん。俺たちが走ったら、作戦開始だ」


 夢はやや後ろへ下がり、一度ふたりとの距離を置く。


 長髪を揺らす創は、彩理に目をやり、ただ穏やかに笑っていた。


 彩理もそこに言葉を使うことなく、ただ頷く。


 前方にいるウィルクスへ目を向けると、最初に創が飛び出す。


 ワンテンポ置いて彩理も走り出した。


 そして彩理たちの行動を確認し、夢も同時に動き出した。


「ユメ、君はメインディッシュだ。それまで思う存分逃げるがいい」


 移動する彼女を睨みながらも、ウィルクスは余裕があるのか、脅威だと判断せずに目の前から突撃する彩理たちに狙いを定めた。


 ウィルクスはその場から動かず、接近する創を待ち構える。


 走りながらバイオツールのナイフを展開する創が最初に斬りかかる。


「はあっ!」


 まともに正面から攻め込む刃物を恐れることなく、ウィルクスはガントレットを装着する左手の甲で創の斬撃を受け止める。


 火花は走らないものの、衝突した際の金属音はまさしく、武器そのものだった。


 クロロと同様にバイオツールも同室の存在であるためか、両者の武器は拮抗する。


 はじかれた反動を利用して創が後ろへ下がると同時に、彩理も彼の背後から飛び出して突きの一撃を加えようとする。


「やあああっ!」


 しかし、これもまたウィルクスの右手にはめた篭手の、手のひら部分で弾かれ、バックステップで彩理も創の隣まで下がった。


「あんた、先端が怖くないのか?」


 今までの経験が嘘のようにウィルクスは二人の攻撃に順応する。


「この力おかげで恐怖心が消えたのさ。実に素晴らしい!」


 悪態を付くかのように彩理が叫ぶ。


「良くない知らせだよ!」


 彼女が先陣を切って攻撃に入る。


 創の教えによって身体がクロロに大きく順応する感覚を確かめる。


 軽くなる身体、拳を避ける回避の処理能力、バイオツールのコントロール、そのすべてがお気に入りの服のように全身に馴染んでいる。


 先ほどバイオロイドたちと戦闘した時と、今のウィルクスの状態を照らし合わせるなら、彩理もまた恐怖心が薄くなり、次第に自ら積極的に斬撃を重ねていく戦闘に変化していた。


 しかし、2対1という数で有利な状況でも、甘くはない。


 長引くほど急激な消耗を続けるクロロという能力は、薬で回復しなければ創や彩理の命に関わる。


 やはり、無限に修復を続ける不死の存在が、ウィルクスのクロロを必然的に強化している要素になっているのだろうか。

 

 夢の用意したアンプルは、一度に多く作ることはできず、今回の工場へ向かうまででも彩理と創で3本ずつの合計6本が限界であった。


 二人は既に1本ずつ消費しているため、アンプル残りは4本だ。


 彩理たちはスフィア・プラント社での戦いよりも不利な状況を強いられていた。


 一方でウィルクスもクロロという同質の力を発現し続けているが、回復手段を一切持っていない。


 それどころか、攻防を交える創が一瞬の隙を狙って腕を切り裂くも、白衣に血液がしみこむだけで、全く歯が立たない。


 かく乱する彩理がウィルクスの背中に彩理がナイフを突き立てようとも、白衣を染める流血がすぐ止まり、彼の肘打ちでバランスを崩しさらには蹴り飛ばされ、創と分断しかける状況に陥った。


 痛みはそこまでではなかったが、クロロによる肉体の消耗が手のひらのひび割れによって現れたため、錠剤タイプの薬を飲み込み、微力ながら回復を行う。


 彼女が体制を整える間も、創は絶えず攻撃の手を緩めようとはしない。


 ウィルクスの足払いを咄嗟に跳んで回避し、浮き上がったところを右拳で狙われるが、両手で持ったナイフで受け止めたが、踏ん張りのきかない空中で弾き返したところで一緒に創の身体も飛ばされてしまった。


 起き上がった直後に、ウィルクスの操作していたコンピュータを動かす夢の姿を確認し、一先ず目標のひとつは達成できたことを視認した。


 しかし、起き上がろうとした創の表情が歪む。


 創の意思とは関係なく、クロロが解けてしまった。


 制御を失ったバイオツールが、金属の棒へ戻ってゆく。


 突如として身体の平衡感覚が失われ、思うように起き上がることができない。


 アンプルを飲もうとしても、肝心の視界に砂嵐がかかったように見え、同時にめまいが止まらない。


「どこを見ている!」


 倒れ込んだ創へ追撃を狙うウィルクスだったが、右腕は駆けつけた彩理のナイフによってギリギリで防がれてしまった。


 起き上がろうとした創と拳を打ち下ろしたウィルクスの間へ、しゃがみこみながら一撃を受け止める彩理の姿があった。


「創! 大丈夫!?」


「すまないっ……!」


 創はなんとか気丈に返すが、身体は今までにないほどの異常を抱えているように思えた。


 お互いの力が同じだけぶつかり合っているため、接触するツール同士で細かな振動を繰り返しながら停止したような状況を発生させている。


 彩理が強引に一撃を弾き返したその時、彩理にもまた異変が発生していた。


 ぐるぐると混濁する視界に飲み込まれ、片膝を付いてしまった。


 頭痛や両手のしびれが身体に伝わる。


 クロロこそ解けなかったが、目の焦点は明らかにずれ始めている。


「君では僕に勝てない。降参したまえ」


 全身が警告する非常事態でも尚、答えは変わらなかった。


「嫌だっ!」 


 必死で創を守るために抵抗する彩理にウィルクスは呆れ返った。


「それは残念だ」


 彩理のみぞおちに強烈な衝撃が走った。


 受け止めていた右手ではなく、拳を作った左手が彩理の両腕をくぐりながらウィルクスの放ったためボディーブローがめり込んでいた。


 その一撃をまともに受けた彩理の瞳が大きく開いたが、同じく大きく開いた口から声は出てこなかった。


「――っ!!!」

 

 彩理は置かれている状況に気づき始めていたが、身体が何者かに操られているかのように全身が重い。

 

 同時鋭利な針が突き刺さる感覚が彩理の全身を支配し、真っ赤な鮮血が口から吐き出され、バイオツールを握る力が失われてゆく。

 

 左腕一本で持ち上がった少女の身体へ、ウィルクスは容赦なく右拳を彩理の側頭部へ叩き込んだ。


「彩理ちゃん!!」


 脳によって拘束された身体に身動きが取れないままの創が叫ぶ。


 遠くへ飛ばされる彩理の周辺の床に血液が飛び散り、背中からまともに衝撃を受け止めて停止する。


 彩理は創の声に反応しているようには見えない。


 彼女の意識があることすらも不明だった。

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