第31話 パイロキネシスの家系
彩理たちはそれぞれ出発の準備を進めている。
バイオツール、錠剤とアンプルの異なる薬品、財布とスマートフォンを身に付けた。
服装は厚手の長袖にスカートというクロロで動くことを想定した仕様になった。
一足先に準備を終えた彩理は、先ほど号泣していたジルのいる部屋に向かった。
「ジルさん。入りますよ?」
「どうぞー」
部屋の中心でジルは拳銃型ツール“パイロシフター”を分解し、整備を行っていた。
既に着替えたジルの服装は上がカーディガン、下はフリルのついたショートパンツにレギンスという動きやすさを重視したものだ。
銃弾の入るマガジン部分から、パイロキネシスを発生させる鉱石を取り出していた。
「ジルさんはすごいです。こういう力を使えるなんて」
「実際はこの子と、あたしの射撃技術で成り立っているものなんです」
「でも、どうしてパイロシフターを使おうと思ったんですか?」
「経緯を説明すると長くなりますよ?」
「大丈夫です。教えてください」
ジルは部品をクロスで磨き、細かい箇所に詰まったゴミはブラシで落としていく。
「あたしの家庭は、先祖代々パイロキネシスを使える家柄の一つだったんです。パパもママもその能力を使っていました」
「家柄、ですか?」
磨き終えた部品を、ひとつずつ丁寧に並べる。
「アメリカでは自分の命を守るために銃を使いますが、うちでは鉱石を使ったパイロキネシスで家族や自身を守るしきたりがあったのです。5歳上の兄は強力なパイロキネシスを使えましたが、あたしは先天的にパイロキネシスの能力がほとんどなく、燃えやすい藁でも発火させることができませんでした」
分解した部品たちを、再び元に戻し始める。
「でも、両親から『力がなくても、ジルは愛すべき家族だよ』と言われて、使えなくとも何とでもなることがわかったのです。それから、あたしはパイロキネシスに代わって銃の腕を磨いて、家族を守る力を付けました。ふるさとから見ると、決して世界は平和じゃないのです」
銃の組立が終わる。
「そして、高校では日本語と理系を専攻して、大学進学する際にパンゲアを発見した研究者が日本にいることを知りました。それが、先生との出会いでした」
「そのあとに、創とも出会ったんですね」
「はい。学園の食堂でずっと先生と語り合っていたこともあります。パンゲアの話から、創くんに話題が変わり、人間の能力について――そこで思い切って相談したのです。あたしにパイロキネシスを使うことはできませんか、と」
「それで、どんな答えが帰ってきたんですか?」
「今までのことを一通り説明したところ、過去に使っていた銃の種類を聞かれ、さらに先生が鉱石を預かることになりました。しばらくして先生があたしに渡したもの――それがパイロシフターだったのです!」
謎技術によって成り立つ、夢という研究者の発明や発見。
それはジルの射撃能力とパイロキネシスを融合させた、それは奇跡にも似た、夢による最大限のプレゼントだったのだろう。
ジルは銃のマガジンに再びパイロキネシスの鉱石を詰め込む。
「使っていた拳銃と重量も同じで、実際に実験室でトリガーを引いた途端に的が燃えていたのです。あの時は感動しました。両親がいる実家のホームパーティーへ先生を連れて行った際には、両親が大喜びしていました。泣きながら『私たちの娘を助けてくれて本当にありがとう』って。それ以来、定期的に会いたいということで両親は日本に引っ越してきました」
鉱石を詰めたマガジンを拳銃に収納し、整備は終了した。
黒くなった指先を丁寧にタオルで拭き取る。
「――とまぁ、こんな感じで、この子の整備も終わりました! さ、準備完了です! 行きましょう!」
底抜けな活発さの裏に隠された影を彩理は知った。
この人の明るさは、逆境をも跳ね除けてゆく強さがある。
彩理はそんな強さを持っているのだろうか、と不安になり始めた。
一気に駆け抜けたように、過去を語られた彼女へ、少し寂しい笑顔を向けてしまった。
彩理の本質はジルに見透かされ「まったくもう!」と彼女は頬をふくらませた。
「彩理さん! なんで暗くなっているんですか?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「これから始まる物語の主役は、先生に創くん、そして彩理さんです! 主役がスポットライトに照らされないでどうするんですか!」
ジルは思い切り左手人差し指をビシッと彩理へ向けて指し、自らは裏方という名のサポートに回るという宣言も兼ねていた。
「それもそうですね。ありがとうございます。なんだか、元気を貰いました」
「お安い御用です!」
部屋に灯る証明以上にジルの笑顔が輝いて見えるようだった。
二人が玄関で待機していると、創がやってきた。
「彩理ちゃん。姐さん。こっちも準備完了だ」
バイオツールに薬、水など最低限の準備。
服装は厚手のジャケットに、デニム。
「私も終わったわ。行きましょう」
最後にカーディガンとチノパン、薄い生地のコートを羽織った夢が合流し、準備は整った。
芦川家の4人乗り自家用車に乗り込む。
運転は夢、助手席はジル。そして後部座席は創と彩理だった。
エンジンを起動させ、ライトを照らしながら、港町へ向かう一台の自動車が宵闇へ消えた。
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