第32話 前途多難

 港まで到着するころには、日付はとうに変わっていた。

 

 ありとあらゆる工場と倉庫がひしめく港町。

 

 スフィア・プラント社の工場と併設された倉庫はいずれも夜と同化するかのように真っ黒な外装で、自動車の侵入を防ぐために突き刺さった車止めと、関係者以外の立ち入りを制限する錆び付いた看板が立ち並んでいる。


 駐車スペースに停めた車から降りる4人は、徒歩で塞がれた入口を目指す。


 彩理と創は昼寝を挟んだおかげか、眠気は無かった。


 因みに夢とジルは道中で購入したエナジードリンクを飲んだ。


 白い息を吐くほどに気温が低く、創を覗く3人は手をポケットに突っ込んでいる。


「!」


 気配に気づいた創が構える。


 それに呼応するように彩理とジルもそれぞれ構えを作る。


 戦う力の無い夢は、せめてと思ったのか、拳を握る。


 前触れは、何もなかった。

 

 数日前に戦った緑の人型が、建物やコンテナの死角から突如出現したのだ。


 既に戦闘態勢とばかりに長い爪を展開し、ゆっくりと彩理たちを包囲しようとする。


 すぐさま彩理と創はクロロとバイオツールのナイフを展開し、ジルもパイロシフターを起動させ、夢を守るように壁を作った。


 勢いよく飛びかかってきた1体を創が回し蹴りで迎撃し、ナイフを突き刺して機能を停止させた。


 瞬く間にバイオロイドの組織が崩れ、周囲に砂の山を作った。


 それらを目撃したほかの人型たちも一斉に襲いかかる。


 距離を詰めてくる人型をジルがパイロシフターの炎で撃ち抜いていく中、その銃撃を回避しながら突撃する数体を彩理は右手に握ったナイフでなぎ払っていく。


 夢を守りながらの戦うため、自然とその場から動かずにカウンターで撃破していく方法になっている。


 時には彩理が夢のそばに付き、創が上空の人型へ向かってへ跳躍し、切り裂いてゆく。


 また、彩理も創の死角から迫るバイオロイドにナイフを脳天へ投げて突き刺し、撃破する。


 全方位から襲撃を受ける彩理たちは、際限なく現れる人型の群れに阻まれ、一向に建物へ近づくことができない。


 そのことにジルが真っ先に気づき、ある提案を申し出る。


「ここはあたし引き受けます! 創くんと彩理さんは先生を守りながら建物へ!」


 この状況から突破するための糸口につながるが、同時にそれはジルが集中攻撃を受けるというリスクにつながる。


「ジルさん! いくらなんでもそれは無茶です! まだ戦えます!」


 危険につながるアイディアをすぐには受け入れられない。


「ダメです! ここでずっと戦っていたら、創くんと彩理さんの身体が持ちません!」


 先の戦いで限界を越えた状態になっても、無限に彼らは出現し襲い続けてきた。


 その極限の領域を超えさせないために、ジルは覚悟していた。


「姐さん……!」


 創は心配な表情になっていたが、すぐに元の顔に戻り、他に手段がないことを悟った。

 

 そこにジルは、迫る危機に対して、あえて笑顔を見せた。


「おねーさんを信じてください。必ず合流します」


「ジル。頼んだわよ!」


 ジルの本質を知る夢は、大きな信頼を以て彼女に託す。


「絶対に、来てくださいね!」


 彩理もこの状況では、信じるほか無かった。


「お任せくださいっ!」


 右手で敬礼のポーズを作り、建物の方向へ連射する。


 瞬く間に目前のバイオロイドがなぎ倒されたところへ、創が先陣を切って飛び出し、夢が走り出し、夢を襲う人型を迎撃しながら彩理も突入する。


 追従を許さない人型の増援が、3人を追いかけるものの、次の瞬間にはパイロシフターの餌食にされてしまった。


 向かってくるバイオロイドを倒し続けながら創と彩理はアンプルを一つずつ使用して回復する。


 夢とともに工場の巨大な扉に到達した彩理たちは、鍵のかかったチェーンを創がバイオツールで切断して侵入に成功した。

 

 開いた扉が閉められ、侵入を許したバイオロイドたちは標的をジルに変えて襲撃を続ける。

 

 ジルは走りながら着実に人型の集団を減らし続けていく。

 

 やはり本社の製造システムが復旧されなかったためか、予想以上に工場周辺の制圧を完了させてしまったジルだった。


 周辺はバイオロイドだった細胞が枯れた、白い砂で埋め尽くされた砂漠が誕生する。


ジルは「ふぅー」と銃を持つ右手で額の汗を拭う。


 しかし、ひと安心したジルに一つの銃撃が襲いかかった。


 近くの地面に着弾し、大きな衝撃で跳ねた身体を転がりながら衝撃を吸収して難を逃れる。


 うつ伏せに寝転がった全身が白い砂塵だらけになるが、それ以上にジルは驚きを隠せなかった。


 遠くから現れる、一歩一歩ゆっくりと近づく、謎のヒトに近いもの。


 見た目だけなら、赤い両目と長い爪で襲いかかったバイオロイドと酷似しているが、人間と同じ垂直な二足歩行、そして中のようなものを構えている。


 否、正確には銃ではなかった。


 持っていたのは、ジルが現在の主力武器として先ほどバイオロイドを殲滅させた拳銃型の装置。


 倒れたままのジルは、思わず光景に嘆いてしまう。


「そんな……パイロシフターの情報まで奪われていたのですか!?」


 新たなバイオロイドは、容易にジルの戦いを終わらせてはくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る