第23話 昔話 / 誕生
夢とリックの学年は二つ進み、教授も二つ歳をとった。
ラボで製作された創と呼ばれた人間の誕生は、当初の予定より一年近く進んだ。
細胞同士の結合を一時的に維持できる特別製の培養槽の早期完成や、バンゲアの持つ細胞の適応力が取り出したヒトの細胞と相乗効果で胎児の姿になるまでの期間が短かったことも大きい。
通常の人と大きく違った部分は、培養槽内で虫に見られる繭のようなものが創の周囲を包み込んだ。
これは擬似的な子宮の状態をバンゲアの細胞が自ら作り出し、誕生時には膜を破って創が出てきたと推測されている。
研究を始めてから二年という驚異的な早さ生まれた創は、夢を含め3人とも目を丸くしてしまった。
創の姿は既に三歳~四歳ほどに成長していたのだ。
成長途中で私たちの声や言葉、言語を理解し「……だれ?」と会話を始めることができるほどだった。
身体の成長も早く、生まれて数時間後には一人で立って歩いてしまった。
あまりに発達した状態で生まれたことは、夢も予想することはできなかった。
野生で生活する哺乳類にも馬や牛など、早い段階で立って動く動物は多い。
おそらく、バンゲアの元細胞が脳の成長を促しながら、ひとりでに動けるようになるまで創を「管理」していたと考えたが、完全にはわからなかった。
そして、谷崎と出会ったのも、創が生まれてからだった。
ある日教授がラボに連れてきた数本の目立つ白髪が混ざった人物、それが谷崎だった。
夢の父である準と、高校からの旧友であり、創の戸籍に関する協力を私の教授がお願いした人物であった。
本来谷崎は在籍している日本の大学病院にいるはずだが、五年ほど前からアメリカの医療を日本へ取り入れるためにこの大学で研修していたらしい。
日本の関係者にはノートPCの通話アプリとチャットで連絡を取り合っていた。
「君が芦川の娘か! 会えて嬉しいよ。お父さんによろしく伝えてくれ」
初対面からいきなり握手を求められたほど、なんと元気のいい人だろうか。
いい意味でも悪い意味でも熱血だ。
父・芦川準は冷静沈着、先生は熱血漢。
全く対照的であった。
よく漫画でありそうなコンビ、率直に思った。
***
また別の日。
ウィルクスとリックが講義のため出かけていた。
留守を任せられた夢と創が残ったラボに、谷崎が訪れた。
世間話や学会のことを数分話したあと、話題はラボのソファで穏やかに眠る少年に向けられた。
大量に含まれた記憶の整理に時間を要するためか、相変わらず寝息を立てて熟睡している。この頃の創は未だ細胞の組立が不安定であり、毎
日1時間ほど細胞の回復を促す薬品を入れ入浴させていた。また、簡単な日本語、英語、科学などを夢が教育させていた。
「この子なのか? 君が創ったというのは」
「はい―――芦川準の娘に幻滅してしまいました?」
少し自分を自虐して問いかけた。
「まさか、その逆だよ。君は素晴らしい技術の持ち主だ。これを応用させれば医療が大きく変わり、治療する期間が大幅に短縮されるだろう」
無垢な表情の子どもを見ながら、私は懺悔した。
「私は、あまりにも早くタブーを踏み越えてしまいました。責任が重くなることは覚悟していましたが、ここまで大きいだなんて」
「いいんだ。君は間違っちゃいない。準も含め、我々学者は宗教でタブーとされていた要素をたやすく踏み込んでいった」
リックや教授の前では強く主張できていた。
しかし、実行し、結果が実を結んだ瞬間、理由もなく重い十字架を背負われたように不安と恐怖に苛まれた。
この研究が、この結果が、この創造が、果たして正しいことなのだろうか、と。
谷崎はむしろ、その言葉にすら賞賛している。
「だが、君は自ら創った子どもを育てようと決めた。母親が、多くの可能性を秘めた子どもをこれから育てようとしているのだ。その可能性を最大限にまで引き出せたのなら、君は立派な学者になれる」
「先生、私――」
夢が言葉を返そうとしたその時。
重たいラボの扉が勢いよく開き、洪水のように教授とリックがなだれ込んできた。
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