第22話 昔話 / 倫理
「――で、海水温の上昇の原因はこいつが発生させていた熱であるということは分かりましたが、そのあとのことはオレにはさっぱりわかりません。ユメが数日前から数匹を隔離させて解剖や薬品による化学反応などを調べていますが、おそらく新種でしょうね」
「ははは、これに関しては僕の知識の中にもない。新種を見つけただけでも非常に嬉しく感じる」
「リック、教授。終わりました」
夢が個室のドアを開け、マスクを取り、手袋を装着した手で金属製のトレーを持った私を二人は待ちわびていたようだった。
「おお、ユメ。ご苦労だった。何か解ったことはあったか?」
「ええ。バンゲアは非常に特殊な貝でした」
「貝殻がない他に?」
冗談交じりにリックが返した。
「ふふ、そうね――リック、そこの観葉植物を取ってテーブルに置いてくれる?植木鉢に生えているものを」
マスクを外し、私は指を差した方向の観葉植物へ目を向けた。
「いいけど、何をする気なんだい?」
「リック、黙って見てなさい。教授、よく見ていてくださいね」
ややリックに冷たく対応した私は、机上に乗せられた観葉植物の近くへウミウシに似た緑の貝を植木鉢の中に置いた。
バンゲアはゆっくりと近づき、幹へ密着する。
もう見慣れていたのだが、リックと教授は目を丸くして観察していた。
バンゲアがカメレオンのように幹の色へと変色し、さらには新たな枝や葉の形質へと変わり、ついには元の観葉植物との判別がつかなくなってしまうほどの同化を遂げてしまった。
この間……約一分。
「こんな生物は見たことがない。進化にしても共存にしても、あまりにも早い時間で同化させている。なんと不思議な現象だ」
「なっ……」
初めて見るであろう光景に教授は興奮し、リックは驚きのあまり口を手で覆った。
「メスで貝を切断させてもものの十秒ほどで再生してしまいましたが、この適応力を見れば無理もないはずです。そしてもう一つ・・・この貝には最初から葉緑体が含まれていて、何も食べなくとも、光合成で生きることができるということです。おそらく付近の森林で発見された動物の細胞を調べれば、同様に葉緑体があるはずです」
「なんということだ。過去にも後天的に葉緑体を取り込んで生きる貝が見つかっていたが、先天的に葉緑体を持っている種は初めてだ」
夢の出した結論に教授は驚きの言葉を隠すことはできなかった。
「――まだ詳しく調べる必要もありますが、この適応力と再生力、光合成の能力を応用させて将来の医療に使えるかもしれませんね」
「これは考え過ぎかもしれないが、人間の細胞が全部この貝の物に取り替えたらちょっとやそっとじゃ死なないだろうな・・・」
リックは、技術の向上と同時に引き起こされると思われる懸念を示した。
「軍が喜びそうね」
皮肉を込めて言葉を返す私。
教授は顎に手をやり思考していた。
「しかし、その技術まで到達するにはあと何年かかると思う?少なくとも、僕が生きている限りでは難しそうだな」
夢の答えは既に出ていた。
「教授、そのことですが私の理論が正しければ、私が卒業するまでにヒューマノイド―――いえ、バイオロイドを創造することが可能です。今からバンゲアの研究に取り組み、同時に私の遺伝子を持った『人』の製作に着手します」
当たり前のように、導き出した答えを淡々と話した。
「何だと!?」
言わずもがな、教授は更に驚きも声のボリュームも増し、リックは信じられない様子で私の目を見て疑問を投げつけた。
「ユメ、いくら君が過去にヒューマノイドを造ったとは言え無機物と有機物だぞ?それに創ることは構わないが、むやみに壊すこともできない。造られたものであっても『生き物』だぞ!」
倫理に触れることは解っていたが、それでも、決意は変わらない。
「いいの。理論はこの数日間で構築させたに過ぎないから、一度では失敗する。うまくバンゲアが人の細胞へ拒否反応を起こさなくても、体組織を安定させるには他の薬品を使ってうまく結合させるしかないわ」
「そうじゃない。バイオロイドなんか作ってどうする気だ?軍や企業に技術を狙われたら君が危険だぞ」
「大丈夫よ。卒業するタイミングで誕生させて、家族として普通の子どもと同じように育てるもの」
「だとしてもだ。そうなったら生まれた子どもに人権が認められないかもしれない。そうしたら、可哀想だろう?」
「リック、何をそんなに心配しているの?形は違っても家族は家族よ」
「君は頭がいい。本当に明晰な君なら、重大なタブーを犯そうとしていることぐらい理解できるはずだ」
「ええ、理解しているわ。宗教上のタブーであることも、科学は何度も宗教のタブーを壊してきたことも。今更恐くない」
すると、見かねた教授が「姉弟喧嘩は程々にしておきなさい」と夢とリックをなだめようと間に入った。教授は優しい口調で、口論になった私たちに向けて話した。
「どちらの意見も正しいよ――リック、君は心配しすぎだ。確かに彼女のやる研究は、これからタブーを犯すことは間違いないだろう。しかし、人の医療やバイオテクノロジーへ昇華させる可能性もある。僕では彼女を手伝うことは難しいかもしれないが、応援してやりたいのだ」
意地になって反論していたリックから言葉が消えた。
間髪を入れず私が推論を織り交ぜ、ゆっくりと落ち着かせようとした。
「ごめんなさい。あまりにも考えが飛躍しすぎて受け入れられないことは、私も承知の上よ。それでも、導き出したことはラボの二人にも伝えるべきだと思ったの。教授も、リックも、私は信じているから言うことができたのよ?」
姉のように、母のように言葉を紡ぐ自分がそこにはいた。
ハッと気づいたかのようにリックの表情が一瞬だけ驚き、落ち着いた表情へと変わった。
「――すまない。あまりに熱くなってしまった。受け入れたい研究者としての自分と受け入れられない常識人としての自分がぶつかり合ってしまった」
「いいの、気にしないで」
「ユメ。僕から言えることは、くれぐれも気をつけて研究を行ってほしい。学会では『バンゲア』のことのみを取り上げる。未来で完成されるであろう、君の子どもを守るためにな」
「感謝します。それから教授、バンゲアの発見は教授とリックの功績です。私はただモニターを観察していただけですから」
「何を言っているんだよ。確かにオレが思いついた発想だけど、君がモニターを見ていなかったらわからなかったことだぞ?」
「私はあまり栄誉とか功績とか、そういう欲がないのよ。それに仮にバイオロイドを作ったことによる倫理的な問題の責任がすべて私になれば、教授とリックはずっと科学の英雄でいられるわ」
「確かに。彼女の研究は僕たちにすらたどり着くことできない次元だよ」
「悪いな、そこまでしてもらって」
リックはバツが悪そうだった。
「――私には、新しい家族が一人いればそれで十分よ」
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