第24話 昔話 / 致命傷
「一体何があったの!?」
パニック気味の夢に今までにいない大声でリックが叫んだ。
「ソウに関する技術やデータを軍事企業に割り出された! まもなくそいつらに雇われた奴らがここに来る! ソウが連れ去られ、技術を持つ君も殺される!」
恐れていた事態が見事に的中してしまった。
学会で発表されたのはあくまでも「新生物・パンゲアの発見」のみだ。
ここにいるラボとその周囲の者のみが創の存在を知っている。
情報が漏れてしまった原因が見当たらない。
「タニザキ、こんな状況になってしまい、本当にすまない。すぐにここから退避するんだ」
「心配するな。君の教え子は責任をもってわしが引き継ごう」
短い時間のやり取りの後、日米のプロフェッサーが握手を交わし、実行へ進む。
とにかく今は急いで身を隠すことを最優先で考えなければならなかった。
この騒ぎに、何も事情を知らない創は、目をこすりながら身を起こした。
「お母さん? どうしたの?」
両腕を掲げ大あくびをした創が冷静さを取り戻した母親へ目を向ける。
「創、お出かけよ――とても長いお出かけになるわ。さぁ、リュックを背負いなさい」
「うん。わかった」
素直に答えた創は夢のデスクに引っかかった子どもサイズのリュックサックを背負い始めた。
そこには様々な種類の緊急用の体組織安定剤を入れた特性リュックだった。
夢も同様に大きめのリュックサックを背負う。
創と同様に体組織安定剤を数セット、培養槽の薬剤、空気で膨らむ透明なビニールプール―――全てが創の長期滞在用に組み込まれた生命維持装置だった。
キャリーケースには創や自身の着替え、創の制作に関わる紙媒体のデータなど、必要最低限のアイテムを入れ、二人のパスポートや資金は常に肌身離さず所持していた。
「お母さん。準備できたよ」
夢の隣には息子である創がぴったりと横について片手で彼女の服の裾を握った。
あたかもそれは、危機に迫る事態を無意識に感じ取っていたかのように。
「こっちも終わった。あとは駐車場へダッシュするだけだ」
大急ぎで支度を終え、当分は谷崎の自宅へ避難することとなった。
ウィルクスは今後に対する助言を夢へ伝えた。
「ユメ。僕たちはもう二度と会えないことを覚悟してほしい。決心した時から、君たちを守ると誓ったのだ」
同様にリックも教授とともに夢たちの逃走時間を伸ばす事を約束した。
「いままで衝突してばかりだったけれど、君は最高の親友でバディだった。本当にありがとう」
「教授、リック。恩に着るわ」
「元気でね。君のことは忘れない」
「お達者で!」
溢れそうな感情を抑えた夢は創、谷崎とともにラボにある別のエントランスから移動を開始した。
しかし、時間は松猶予を許してはくれなかった。
正面エントランスから襲撃を開始した4人ほど武装グループ。
とはいえ銃のカタログにラインナップされていた拳銃やサバイバルナイフなど間に合せの装備ではあった。
それでも目の前にいる研究者や子どもを殺す殺傷能力は十分だった。
「そのガキをよこせ! 軍需企業に売れば大儲けだからな!」
「やめろ! 銃とナイフを下ろせ!」
グループの要求に対し、ウィルクスが必死の怒号で反撃し、襲撃までのタイムラグを伸ばそうと試みた。
「お前らに渡されてたまるか!」
リックも必死で声を上げ、本当の怒りとして相手へぶつけた。
「そうか……残念だったな……」
二人の呼びかけを拒み、お返しとばかりに強烈な銃撃を数発ずつお見舞いした。
それは武器を持たない人間に対してあまりにも断末魔すらない、残忍な殺害方法であった。
糸の切れた操り人形のように力なく倒れ、ウィルクスは目を見開き、リックは目を閉じている。
「リック……!教授……!」
急激な変化の波に身体が飲み込まれ、夢は恐怖でその場から動くことができなかった。
創も目の前で生きていた大人たちが死に絶え、瞳は涙が溢れ、両手で母親の服の裾を握り締めていた。
「あとは貴様らだ。大人しく引き渡せ」
「くっ……」
銃口は新たな目標として夢、そして谷崎に向けられていた。
ドアを開け、後ろを振り向けば、この距離では射殺される。
子どもの力だけでは逃げ切ることも困難な状況に晒される中、谷崎は無策とばかりに4人組へ睨みつける他なかった。
(創……せめて、あなただけでも)
恐怖で手を上げることもできず、このままでは本当に終わってしまう。
「死ねぇ!」
トリガーに再び指がかけられた。
「だめぇっ!」
武装グループにとっては小さな物体が目の前に飛び出してきたに過ぎない。
「な、なんだ!?」
極度の緊張と正体のわからないことへの恐怖から一人の男が、走り出してきた創に向かって発砲したのだ。
「うあっ・・・」
創へ弾丸は命中し、胸を貫いて床へ落ちる。
その一瞬後に薬莢が排出され、乾いた金属音をあげて硬い地面へとぶつかった。
銃撃を受けた創はバランスを崩して転倒し、自身の血液をまき散らしながらうつ伏せに倒れこむ。
「創!」
この状況に夢は黙っていられるわけがなかった。
子どもが母を守ろうと無我夢中で飛び出してしまった。
動かなかった脚がひとりでに創のもとへ動いてゆく。
「大丈夫!? しっかりして!」
夢がわが子へ駆け寄り、抱きかかえた。
「なんてことを!」
谷崎が目を向け、再びグループへ怒りを叫ぶ。
武装グループ側も突然のメンバーの行為に動揺を隠さずにはいられなかった。
リーダーと思われるメンバーも不甲斐ない男の行動に怒鳴る。
「馬鹿野郎! どうしてガキを撃った! 価値が下がっちまうだろうが!」
「す、すまねぇ!」
任務を遂行する途中に引き起こされたミス。
それは両者にとっての悪影響をさらに広げる他なかった。
「創! 創!」
必死で夢は呼びかけるしかなかった。
多量の出血にほとばしる脂汗、傍から見れば明らかな致命傷だった。
創が必死で夢の方向へ手を伸ばす。
それに応えるように夢は手を握った。
「ぼくが、守らなきゃ……」
言葉を必死で紡ぐ創の瞳は、輝きを失うどころか、むしろ逆に光を強く吸収する。
「え……?」
創の瞳の色が急激に変化をはじめる。
黒く輝いていた瞳が、充血よりも真っ赤に染まり、視線で他者を殺すほどの恐怖を、見た者は捉えていた。
「守らなきゃ……守らなきゃっ……!」
子どもは「守る」という目的を反芻し、それを実行へ移し始めていた。
「――ウオオオオオアアアァァッッ!」
ヒトと同じ姿をなしていたはずの創は、肉体をみるみるうちに大木のようにゴツゴツとした表皮を浮き上がらせ、さらには枝や葉に近い物質が腕や脚から溢れ出していた。
両手からは長く強靭でありながら形はいびつで、無作為に発生する生き物そのものを体現しているようだ。
顔には見たこのとのない模様が浮かび上がり、瞳は赤と黒が混ざり合う、怒りや憎悪にも似た異形の存在へ天秤は傾いている。
「――なっ、何が起こっているの!?」
人間とは思えないような、獣に近い叫び声を伴って、創の黒く短い髪が、長い緑色の髪へと移り変わってゆく。
「なんということだ・・・」
谷崎も初めて見る、創による原因不明の暴走。
混濁した感情による叫びが何を示すものなのか、ここにいる全員に答えは導かれることはなかった。
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