第43話
「今はこんな感じなんだな」
「こういうとこ、あまり来ないんですか?」
「社会人になってからはあんまりな。大学の頃は友達と来たりもしてたけど」
咲奈とのデートで立ち寄ったことも何度かあるが、もう二年くらいは前のことだ。
この店は初めてなので比較しようがないけど、客は多くもなく少なくもない、丁度いいくらいだと思う。
「そっちこそ、どうなんだ?」
彼女の希望で来店はしてみたが、今のところ店内を歩いているだけだ。
もしかしたら、ゲーセンに入るのは初めてなのかもしれない。
なら遊び方がわからず、手の出しようがないという可能性もある。
「何度か来たことはありますよ」
俺の予想は外れていたようだ。
「あ、意外だって顔してます。失礼な人ですね」
「悪い。てっきりその、そういう娯楽みたいなのとは縁がなかったのかと思って」
今までの言動を見る限り、普通とは言い難い生活を送って来たはずだ。
だからこういう娯楽しかない場所には縁がなかったんじゃないかと、すっかり思い込んでいた。
「ま、気持ちはわかります。でも、私にだってあったんですよ、学生時代っていうの」
彼女は気分を害した様子はなく、懐かしむように笑った。
ただ、その笑みには僅かながら、寂しさのようなものが含まれている気がした。
「友達と学校の帰りに寄って、みんなで知らないゲーム、適当に遊んだりしてました。まぁ、全然下手くそでしたけどね、私」
「初プレイならそんなもんだろ」
「ですかね。でも、それっきりですね、自分でやったのは。あとは友達がやってるの、横で見てました」
「勿体ないな」
「すぐ終わるゲームにお金をつぎ込む方が無駄かなって」
わからなくもないが、その考え方は少し寂しい気もする。
友達と一緒に遊んでいるのならなおさらだ。
失敗してすぐ終わったとしても、笑い合える友達が一緒ならありじゃないかと思う。
彼女にとってその友達との時間がどういうものだったのかは、俺にはわからないけど。
それにお金の事情だって、それぞれだし。
一概にどうこうとは、やっぱり言えないか。
「ちなみにあれが一番、私のお財布を軽くしました」
「あれって……クレーンゲームか」
彼女が恨めしそうに指差した先には、ぬいぐるみなどが景品になっているクレーンゲーム機があった。
確かに初心者が手を出すには、ハードルが高いかもしれない。
しかし、財布が軽くなるほどつぎ込んだというのは意外だ。
「ぬいぐるみとか、欲しかったのか?」
「今にして思うと、特には。なんかこう、意地になってたのかなぁ」
自分でも不思議だと言いたげに、優しく目を細める。
財布が軽くなる意味はあったのではないだろうか。
「あなたはどうです? 得意だったりします?」
「ぼちぼち、かな」
大学の頃はもちろん、咲奈とのデートでも取ったこともある。
あのときは確か、二人で二軒くらい飲み歩いたあと、冷やかしに立ち寄ったはずだ。
プロジェクトが成功して、二人とも浮かれていたのだと思う。
テンションの高かった咲奈に挑発されるかたちで、少し大きいぬいぐるみを取った。
つぎ込んだ金額に見合うだけの価値があったかは謎だが、想い出としては悪くない。
「せっかくだし、一つくらい取ってくか?」
「デートっぽいですね、それ」
「ゲーセンに立ち寄ったなら定番かもな」
幸い、あの頃よりも財布には余裕がある。
致命的な出費になるほど苦戦することもないだろうし、彼女が望む想い出になるデートとして相応しい要素だろう。
「……でも、遠慮しておきます」
少し考えた彼女は、やる気になった俺の出鼻を、首を振って挫いてきた。
今の流れなら、挑戦することになると思ったのだが。
「別にいいんだぞ? そこまで苦労しないだろうし」
「腕を疑ってるとか、そういうのじゃないんです。まぁ、普段ならちょっと冗談くらい言っちゃうかもですけど」
あぁ、彼女が楽しげに俺の実力を疑う光景は想像できる。
そんな彼女に対し、俺は案外悪くない気分でクレーンゲームに挑む。
てっきりそうなるものと思い込んでいた。
「なんて言うか、形が残る物を頂くのは、ちょっと申し訳なくて」
デートなんてものに付き合わせておいて、今更そこを気にするのか。
そう言い返そうとして、やめた。
喉まで出かけた言葉は、彼女の横顔に堰き止められてしまった。
こんな彼女の顔を、俺は前にも見ている。
出会ったばかりの頃に、確か……。
「さ、次、行きましょうか」
それ以上考えるよりも先に、彼女が歩き出してしまう。
俺は釈然としないものを感じつつも、その背中を追うことしかできなかった。
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