第42話
「で、どこに行くんだ?」
「とりあえずその辺りを歩こうかと」
「電車には乗らないのか?」
駅前を集合場所にしたのだから、遠出するものと思い込んでいた。
「もしかしたら乗るかもですけど、今のところその予定はないですね」
そう言って歩き始める彼女の隣に、俺もとりあえず並ぶ。
「行きたいところとか、あったんじゃないのか?」
「決めてないですよ。逆にいい案、あります?」
「悪いが、付き合う立場だと思ってたから考えてない。てっきり、どこかあるんだと思ってたよ」
「あれば良かったんですけどねぇ。思い付きだったので、特には」
いよいよ始まったデートだが、意外にも彼女はノープランのようだ。
彼女くらいの年頃なら、してみたいデートや行き先なんて、いくらでもありそうなものだが。
いや、立場を考えればそういうものがなくても不思議じゃないのかもしれない。
ここでデートプランを提案できるだけの引き出しが、俺にあればよかったのだが……。
目的地も定めないまま、俺たちは駅前の通りを歩く。
マンションとは逆方向だが、あまり新鮮味はない。
だが彼女にとっては、少なからずあるようだ。
「意外と食べ物のお店、あるんですね」
「もう少しあっちに行けば、それこそ色んな店があるな。食べ物以外も」
「よく行くんですか?」
「いや、うちからだとモールのほうが近いから」
「あ、そうですね。じゃあ、こっちに来て正解ですか」
「モールに行くよりはな」
そんな会話をしながらも、特定の店に入ることはない。
通りをゆっくりと歩きながら、どんな店があるのかを眺めているばかりだ。
デートとしては今一つな気もするが、主役である彼女が楽しそうなので問題はないだろう。
そのまま歩き続けていくうちに、店の数が減って行く。
この先にあるのは住宅街。
駅前の華やかな空気から、一気に閑静なものになる。
「どうする? 戻るなら、線路の反対側に渡るって手もあるけど」
「……そうですね。グルっと回ってみましょうか」
立ち止まった彼女は、住宅街がある方を少し見てから歩き出す。
このあたりの住宅街は、一軒家と三階建てくらいのアパートで構成されている。
比較的低い建物ばかりで、それが静かな空気を生んでいるのだと思う。
「こっち側は大きなお店っていうより、小さなところが多いんですね」
「居酒屋とかが多いな。あっちはチェーン店が多くて、こっちは個人経営って感じだ」
再開発された駅前とは逆に、昔ながらの店が並んでいる。
「詳しそうですね。こっちで飲んだりするんですか?」
「まぁ、そうだな」
俺の部屋に咲奈が来ていたときは、二人で飲みに来たりしていた。
チェーン店は会社の飲み会でよく行くので、どうせならとこっちに遠出していたのだ。
どんな居酒屋があったのかを話しながら、駅前のほうへと戻る。
往復で一時間くらいにはなったが、デートとしてはやはりどうかと思う。
「いいのか、こんな地味な感じで。初めてのデートなんだろ?」
一生の想い出になるかもとか、そんなことを言っていたはずだ。
これでは正直、散歩をしたのと変わらない。
「比較する対象が私にはないので。逆にどうでした、元カノさんとのデート」
どうでしたと訊かれても困る。
咲奈との初デートなんて、何年も前の話だし。
付き合う前と付き合い始めてから、そのどちらの話をすればいいのかも判断が難しい。
「あ、やっぱりいいです。忘れてください、今のは」
「そ、そうか? 俺としては助かるけど」
「はい。なんて言うか、初デートなのに元カノとのデートについて訊くとか、あり得ないなって気づいちゃったので」
「……確かにな」
二人で顔を見合わせ、笑う。
これが本当に付き合っている相手とのデートだったら、それこそ減点対象だろう。
それも大幅な減点で、マイナスにさえなり兼ねない。
彼女のほうから振ってきた話だとしても、だ。
ワンテンポ遅れてでも気づいただけ、マシだろう。
なんにせよ、いい笑い話にはできそうなので良かった。
「でも、地味っていうのは確かですね。かと言ってご飯って時間でもないし」
「寄ってみたい店とかなかったか?」
道中、興味を引かれているものはいくつかあったと思う。
時間はまだまだあるのだから、そのどれかに行ってみるのが良さそうだ。
「じゃあ、あそこにしましょう。途中にあったゲームセンター」
「あぁ、いいな。時間も潰しやすいし」
「なら決まりで」
目的地が決まればあとは簡単だ。
俺と彼女は線路の反対側にあるゲーセンに行くため、駅の中へと向かった。
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