第44話
初めてのデートで彼女がお昼に選んだ店は、ファストフードのハンバーガーだった。
ちょっと前に食べた全国展開しているチェーン店の類ではなく、半年くらい前にできたボリュームが売りのハンバーガー店だ。
とは言え、ファストフードはファストフード。
想い出に残るデートのお昼としては、少し華やかさに欠ける気がする。
「写真で見るより大きいですね。うっかり二つとか頼まなくて正解でした」
「それはあるな」
ハンバーガーにポテトや飲み物というスタンダードなセットにしたのだが、全ての品物がよくあるチェーン店の五割増しくらいに感じる。
ボリュームが売りというのは知っていたけど、これは予想外だった。
食べ応えだけでなく味も好みなタイプなので、個人的には時々なら来てもいいと思える。
彼女も同じようで、先日部屋で食べたときより美味しそうに頬張っていた。
まるで日常の延長線上のような自然さだ。
「……もしかして、ソースとかついてます?」
「ん? あぁいや、大丈夫だ」
「じゃあ、なんでジッと見てたんですか?」
「豪快に食べてるなと思って」
「ふ、普通でしたよ? でしたよね?」
口元を隠す彼女に、さぁなと肩を竦めてみせる。
別に恥じらうようなところではないと思うが。
俺が彼女の顔を見ていたのは、別の理由だ。
「それにしても、結構混んでるな」
「時間的にはこれでも空いてるほうじゃないですかね」
俺たちが入店したのは、ランチタイムとしては遅い時間だった。
なのでほとんど待ち時間がなく席に座り、食べることができた。
それでも席はほぼ満席に近いので、人の密度は高い。
「賑やかなのは苦手ですか?」
「いや、別に。ただ、静かなほうが気楽じゃないか?」
「私は、好きですよ。こういうのも……いえ、こういうほうが好き、かもですね」
彼女は静かに言葉をこぼしながら、店内をぐるりと見回す。
それから視線を逆側の、ガラスの向こうを歩く人々に向けた。
俺もつられるようにして、外を眺める。
週末の昼時は、平日とは違った表情の人たちで溢れていた。
スーツ姿の社会人の姿もほぼなく、それぞれに違った服装で歩いている。
家族連れや恋人同士、友達同士ではしゃぐ姿は数えきれない。
「私たち、デート中に見えると思います?」
ガラスの向こうから視線を戻し、そんなことを訊いてくる。
男女が二人で向かい合い、ハンバーガーを食べる姿は珍しくない。
俺たち以外にも、同じような組み合わせで食事をしている人は当然いた。
俺の年齢に対して、彼女の見た目が少し若く見えすぎる気はするけど、他人からはどう見えているかわからない。
兄妹とも考えられる組み合わせだが、お世辞にも似てはいないと思うので、それはたぶんないだろう。
「まぁ、見えるんじゃないか」
だからきっと、他人にはそう見えていると思う。
「なら良かったです」
俺の答えに、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「いいのか?」
「私としては。あなたは……いえ、なんでもです」
訊き返そうとした彼女は軽く手を振って、その質問を掻き消した。
もし最後まで訊かれたとしても、正直答えようがないので助かる。
今日のデートは彼女が望んだもの。
俺はそれに付き合い、満足してもらえることを望むだけの立場なのだから。
「でもやっぱ、どう考えても初デートって感じには見えないだろうな」
「あ、そう思います? 私もちょっと考えてました。これだとあれですよね。何度もデートしてる感じのデート」
「ハンバーガーはなぁ」
「美味しいんですけどね」
「それは間違いない」
彼女自身も当初のプランとは違う気がしているようだが、構わないようだ。
それなら俺としてはなにも言うことはない。
と言うより、本当のところはデートが目的ではないような気がしている。
口実、とでも言えばいいのか。
彼女が求めているのは、男女のくすぐったい経験や時間の体験ではなくて。
大人っぽいデートの類でも、きっとなくて。
たとえるなら、そう。
学生時代に体験しきれなかったことを、少しでも取り戻そうとしているようなものかもしれない。
だから相手は誰でも良くて、俺が都合よくそこにいたというだけで。
彼女が味わいたいのは、青春っぽいなにかなんじゃないかと、俺はハンバーガーを平らげながら思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます