第12話
二人で話したいという咲奈の言葉に従い、彼女には少しの間、席を外してもらった。
とは言っても、ここはワンルーム。
彼女は今頃、外で適当に時間を潰しているはずだ。
なので部屋には俺と咲奈の二人だけが残っている。
なんだか、奇妙な感覚だ。
また咲奈と二人でこの部屋にいるなんて……。
「あー、会社はどうだった?」
向こうから切り出してくる気配がないので、俺のほうから話を振る。
「今は丁度隙間の時期だったからね。だからご心配なく」
「そうか。まぁ、だよな。うん、良かった」
思っていた通り、俺が抜けた穴はきちんと他の社員が埋めてくれたようだ。
特別な技能が必要な仕事でもないし、なんとでもなるのはわかっていたから、驚きはない。
俺がちょっと休んだからって、会社が回らなくなるわけでもない。
あぁ、全部予想していた通りだ。
「……はぁ。またつまんないこと考えてる」
全てを見透かしたような咲奈の声に、痒くもない頭を掻く。
「全部顔に出てるから」
「……すまん」
「別に謝られても、ね……ただ、どうかと思っただけ」
「俺もだよ……」
我ながら卑屈すぎるというのは、重々承知している。
咲奈が言う通り、これが初めてでもない。
付き合っているときから何度も見透かされ、同じように言われてきたことだ。
自分が特別秀でた人間じゃないのは、もう十分わかっているのに。
「そ、それにしてもあれだな。まさか来てくれるとは思わなかった。会社からじゃ遠回りなのにさ」
「さっきも言ったでしょ。まったく、倒れてるのかもって、イヤな想像したんだから」
「本当に悪かったって。充電には気を付けるよ」
「最初にそれ言ったの、何年前だったか覚えてる?」
「……あの頃は若かったな、お互い」
「……私はまだ若いつもりですけど?」
「あー、うん。そうだな、まだ若いよな、お互い」
俺も咲奈も、今年で28歳。
出会った頃より確実に歳は取ったが、若さを懐かしむのはさすがに早すぎるな、うん。
それに俺にとっての28と、咲奈にとっての28という数字の重みは違うだろうし。
「で? まだ先延ばし、する?」
「……別にそんなつもりはなかったんだけど」
二人になったあと、咲奈が黙っていたのでこちらから話を振っただけで。
もしかしたらあの沈黙は、俺が彼女について話すのを待っていたのだろうか?
だとしたら、先延ばしにしていると思われても仕方ないか。
「あの子、名前は?」
「はるか、だそうだ」
「だそうだって……ちゃんと確かめてないわけ?」
「そこまでは……でも、本名だと思う」
「苗字は?」
「……さぁ?」
「知らないの? え、待って。ワケありな子? 家出とか」
「いや、そうじゃないけど……」
彼女に事情があるのは確かだが、咲奈が考えるようなワケありとは違うと思う。
「そもそもあの子、まだ学生じゃないの? もしそうならあんた、ヤバいってわかってる?」
「そこは大丈夫だって。あの子、成人してるらしいから」
「らしいじゃ困るでしょ。万が一未成年だったらどうするつもり?」
「どうって……いや、大丈夫だって。嘘はついてないと思うし」
「なに、前から知ってる子?」
「三日前に会ったばっかりだけど」
「……呆れた。よくそこまで信じられるわね」
おそらく、咲奈の反応が普通なのだろう。
俺だって知り合いがそんな状況なら、同じように心配するだろうし、疑念も抱く。
ただ俺と彼女は、かなり特別な出会い方で、関係性で……。
どうしても嘘をついているようには、思えなかった。
それを第三者の咲奈にわかってもらうのは、難しいだろう。
「こんなこと訊く立場じゃないけどさ、その……あの子と、どうなの?」
訊きにくそうな咲奈の表情から、懸念していることがなにかはわかる。
「なにもないって。そこはマジで信じてくれ」
「そりゃあ信じたいとは思うけど……普通に考えたら、さぁ」
咲奈の反応は至極当然だろう。
独り身の男の部屋に、あんな子がいるんだから。
下世話と言われる想像をしてしまうのも、仕方がない。
「本当にさ、彼女が言った通りなんだよ」
「あの子のせいで怪我をしたってやつ?」
「あぁ。月曜の帰り道でさ、事故に巻き込まれてな。当事者だったあの子が、そのまま看病してくれてたんだ」
「そんな怪我、したようには見えないけど」
「三日も休ませてもらったおかげだよ。あと、彼女の手当ても上手だったから」
「……手当て、ねぇ」
納得はいっていないようだが、咲奈はため息を小さくつくと、表情を和らげた。
「ま、いいわ。今はそういうことにしといてあげる」
できれば完全に納得してくれると助かるのだが、この場でそれ以上を望むのは難しいか。
説明できる部分より、できない部分のほうが重要になるし。
「明日は予定通り出社でいいわけ?」
「あぁ、もう大丈夫だ。これ以上は迷惑かけられないしな」
「そう……なら、うん」
咲奈は小さく頷くと、力を抜くように手足を伸ばした。
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