ハルキ2.命日と片頭痛
5年前、当時中学一年生の俺は、体調が悪く家に引きこもっていた両親に代わり、すでに瑠美さんとその夫の義典さんの家で面倒を見てもらっていた。それでも、週末は両親の様子を見に自宅に帰って、ダイニングテーブルに散乱したカップ麺や酒缶を片付けたり、シンクに溜まった生ゴミを掃除したりして、おれが二人のことを気にかけているんだと言外に伝え続けていた。
しかし5月25日金曜日に、おれの努力は水泡に帰した。赤黒い水風呂に浸かった、右手のざっくり裂けた母と、キッチンの上棚の取手に結んだネクタイの輪っかに、首をひっかける父は、一生の付き合いになりそうな鮮やかで生々しい悪夢と、片頭痛をおれに残して楽になった。父の自営する運送会社が立ち行かなくなったこと、母はもともとうつを患っていたらしいこと。三回忌の時、義典さんに奴らが死んだ理由を尋ねたところ、ひどく言い澱みながらもそう打ち明けてくれた。
「遥希、着いたよ」
「車で待ってる」
「そんなこと言わないの。母さんと父さんにお祈りしなさい」
車の後部座席に寝転がって動画を見ていると、瑠美さんが画面の前に手をかざして邪魔をした。おれは仕方なく起き上がり、黙って瑠美さんと義典さんの後に続く。
共同墓地に立ち並ぶ灰色の直方体の集合は、強烈な西日を照り返しておれの視界を焼く。一方で、その裏側では黒々とした影を作っている。そのうちの一つ、「三河家之墓」の前で、瑠美さんがいそいそと供花を用意し、義典さんが墓石を磨き始めた。骨しか入っていないその石は、そんなに大事なものなのだろうか。おれは二人の背中から目を逸らして、他人の墓の供物を観察しつつ時間を潰した。
「ほら、遥希の分のお線香」
支度を整えた義典さんから、白檀香る線香をつまみ受け取る。俺は黙って両親の墓にそれを立てた。瑠美さんのこだわりか、左右対象に生けられた黄色と紫の菊の花は、夕焼けに染まりながら細い線香の煙を纏う。こいつらの墓に、こんな優美な絵面は似合わない。瑠美さんと義典さんがいなければ、ポケットに入れっぱなしのタバコをぶっさしてやりたかった。俺は顔の前で指先を揃えて掌を重ね合わせる。そして祈る。
せいぜい、死んだことを地獄で後悔していますように。
***
墓参りを終えた後、友人から連絡が来ているのは気づいていた。おそらく、夜中に遊ぼうという誘いだと思うが、おれは片頭痛が酷くて返信すらできなかった。夕食も風呂も済ませず部屋着に着替え、頭痛薬を飲んでベッドに突っ伏しているうちに眠ってしまった。
目が覚めて、左後頭部の鈍痛が治まる頃には、とうに夜が更けて瑠美さんも義典さんも寝静まっていた。俺は友人から借りたバイクの鍵とスマホだけ持って、抜き足差し足家を抜け出す。自転車で、バイクを隠し置いている市営住宅の駐輪場まで向かうと、何ヶ月も借りっぱなしでほとんど私物と化した125ccの小型バイクのエンジンをかけて道路に繰り出した。
市街地を抜けて、通学路でもある田園風景を滑走しながら、右腕を少しずつ捻ってアクセルを回して速度を上げていく。おれは免許を持っていないから、こうやって気晴らしにバイクを走らせるのは常に濃紺の夜の中だ。喧しいエンジン音と時速80kmで風を切る音は、俺から思考を奪って楽にさせてくれる。
いつだって努めて明るく振る舞う親代わりのことも、おれを腫れ物扱いする教師のことも、最後までおれをいないもの扱いしていなくなった両親のことも。そんな風にしか扱われない、おれ自身のことも。
ほんの一瞬でいいから忘れられる、そんな時間が必要だった。
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