レナ9.揺れる

 それからも私と彩香は、お互いの白昼夢を見続けた。だからか、私と彩香はたまに連絡を取ったり放課後にだらだらと話したりしながら過ごすだけだったけれど、頻繁に会っているかのように遠慮のない仲になっていた。互いにどんな夢を見られているのか気恥ずかしい思いもあるので、見た夢の内容を詳しく共有することはしていないけれど、少なくとも私は、彩香の白昼夢が興味深くて単純に楽しんでいた。


 例えば、彩香は要領がいいのか、真面目すぎるわけでもなさそうなのに、成績は優秀だしノートはとてもわかりやすい(つまり私は、白昼夢で見た彩香のノートを参考に期末テストの勉強をしていた。)。でも英語の授業は意外と集中が切れがちで、他の授業よりも、つやつやの爪に目が向いていることが多い。


 あとは、見た目にも結構気を使っている。部屋にはファッション雑誌や可愛らしいデザインのコスメが揃えられていた。モデル目指したいって言っていたし、周りの目を気にして、というよりは、お洒落や化粧を好きで楽しんでいるのかもしれない。一方で、片付けは苦手みたいで、汚いわけじゃないけれど床にはよく教科書とかスクールバッグが放り出されて、足の踏み場が少ないこともざらだ。


 彩香の夢を見れば見るほど、私にもあり得たかもしれない高校生活を覗き見ているようで羨ましい気持ちとは別に、彩香にもちょっとだらしないところがあると分かって、身近に感じられた。


 そんな状況がしばらく続いて梅雨が明け、明後日は一学期の終業式、長い夏休みが始まろうとしている、蒸し暑い夜。

 私は扇風機の強風に当たりながら、ベッドに寝転がってゲームをしていた。仰向けになって、RPGのテキストを読み進めていると、ふいに視界が暗転する。白昼夢が始まった。

 私はもう慣れたもので、白昼夢が終わった後にゲーム機を顔面に落とさないように気をつけよう、とだけ思って、いや、そう思いかけたけれど、目の前に飛び込んできた光景に何もかもの思考が消し飛んでしまった。


 私の目の前には、男の裸の胸板が広がっている。細くもなく太くもない、すこし柔らかそうな皮膚の質感や、上下に揺れるたびに頭上のベッドライトの明かりに薄く照らされ、形を変える筋肉の影。こちらの視線も、揺り動かされているようにぐらぐらと安定しない。それがひどく生々しくて、私はただただ茫然としていた。私の——彩香の視線が少し動いて、男の顎先が見えた。細くて白い蛇みたいな彩香の腕が、男の肩をするりと撫でる。男が彩香の視線に気づく。暗くてよく見えない、目の前のそいつは鼻の穴を膨らませて、笑っているみたいだった。男の体が近づく。彩香のまぶたが降りる。


「————痛っ!」

 そこで私は、自分の部屋に戻ってきた。ゲーム機を顔面に落としてしまい、強打した鼻を抑えて枕に顔を埋めた。痛みが、私に落ち着きを取り戻させる。私は今し方の白昼夢を頭の中で反芻しようとしたけれど、あまりに驚いたものだから、脳裏に浮かぶ光景はどこかぼんやりしていて曖昧だった。


 けれども、流石に今の光景の意味が分からないほど子供ではない。あれって、そういうことしてるよね。私にはあまりにも縁遠くて、彩香に彼氏がいるなんて考えても見なかった。けれど同時に、あの可愛さであの社交的な性格なら、彼氏なんていて当たり前だな、と妙に納得してしまった。

 私は枕に顔を押し付けたまま、ため息とともに低い唸り声を発した。納得はいっても、あんな白昼夢を見てしまい、気持ちはざわついて何も考えられない。恥ずかしいとか、いたたまれないとか、そう言う気持ちよりもまず、怖いと思ってしまった。彩香は一言も発さなかったし、でも嫌がっているような仕草はなかったし、むしろ……いや、これ以上彩香の気持ちを予想するのはやめよう。


 思考を変えようと、スマホで音楽を流してみても、ゲームの続きを再開してみても、何も頭に入ってこない。しまいには、私は悶々としたまま碌に眠れず朝を迎えてしまった。

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