人生は上手くいかない

ジン「おう!シリウス!やっと来たか!」


エレナ「全く!何してた!早くしろ!」


そんなに待たせたか?これでも大変だったんだけど。友達の恋愛事情を考えてたら海賊に襲われるし、島に着いたら燕尾服着たチンピラに襲われるし、俺の苦労をもう少し考えて欲し・・


トリッシュ「あれ!クロードさんどうしたんですかその傷!」


クロード「いえ、彼に蹴られまして。」


俺「いや、だからその言い方だと語弊があるだろう。」


トリッシュ「ちょっと!二枚目の顔を蹴るって中々の損失よ!」


何に対してだよ!


エレナ「落ち着け。余程の事が無いとシリウスは人を蹴らない。その執事が何かしたんだろ?」


クロード「ええ、腕試しを少々。」


シャノン「まぁ、確かに後先考えず殴る蹴るはシリウスさんの十八番ですが、理由も無くする事は無いですね。」


何故だろう庇われてる気がしない。いや、もしかして思いっ切り貶されてるのでは?


トリッシュ「はぁ、でも気を付けなさいよ。彼あれでも次期伯爵だからね。」


俺「え!そうなの!お前伯爵!」


クロード「"次期"です。まだ継いでませんよ。」


何で次期伯爵が執事やってんの?てっきりただのチンピラだと思ってた。ついでに今、気が付いたけど何故かもう新しい眼鏡掛けてる。どっから出した?


アイリス「さぁ、今日の探索を開始するわよ。」


とりあえずダンジョンの説明に入ろう。敵の強さはゲームだとLv30〜40って位だからそんなにキツくは無いと思う。でも今いるこの『世界』にはLvって概念が無いからあまり参考に出来ないけど。

階層は確か15階までで、ゲームで言うと大して深く無い。でも現実で15階の上り下りは少しキツイ。今は鍛えてるし肉体が若いから良いけど、地球の俺なら3階の往復でヘロヘロだ。その上で戦闘と探索、おまけに警戒だ。全くたまらん。疲れる。

とは言えアイリスも弱音を吐かずに頑張ってる以上俺が文句は言えない。

でも今回はそこまでじゃなさそうだ。アイリス達の頑張りで昨日までに探索終了しているのは11階だ。クリアに後4つ下がるだけだ。


クロード「良かったですね。遅刻したお陰で貴方は楽してここまで来られた。」


俺「遅刻じゃねぇっての!遅刻ってのは決まった時間に間に合わない時の話だろう?今回は時間なんて決めて無いじゃないか!」


クロード「お嬢様の探索開始時刻にいなかったのですから充分遅刻です。」


こいつ!右頬も殴っときゃ良かった。


アイリス「ちょっと2人共!喧嘩しないの!」


俺「はぁ、分かってるよ。」


クロード「ええ、理解はしています。本能的に嫌ですが。」


完全に喧嘩売ってるな。

12階に入る。ここはまだ来てない筈なのに静かだ。そういえばここってデカいトラップなかったっけ?

以前にも言ったが俺がゲームをしたのは年月としては16年前だ。この階層に入ると転移の魔法陣が発動する事を忘れていたとしても俺の所為と言えるだろうか?これはどう考えても不可抗力だ。


アイリス「ちょっと!何これ!」


俺「いや、俺も忘れてたけど、この階層自体が転移のトラップになっててこれから別の空間に飛ばされるんだよ。」


アイリス「はぁ?何で言わないのよ!」


俺「いや、だから忘れてたんだって。そっちだって16年前にプレイしたゲームの内容全部覚えてるか?」


アイリス「そりゃ忘れてるけど。でもこんな悠長に話してる場合?」


俺「今更ジタバタしても仕方ないだろ?疲れるから大人しくしとこう。それにここのトラップは別にそこまで凶悪じゃないし。」


アイリス「え?そうだっけ?」


俺「移動した先の入り口を通れば強制排除って感じだけど外には出られる。それにミッションは制限時間があって時間切れでも12階に戻るだけだからそのまま15階に徒歩ってだけだ。」


アイリス「そうだったんだ。ある程度思い出してきたけど、それ知らないから全力で倒してた。クリアしたら聖剣の間に一気に行けたよね?」


俺「そうそう。聖剣の試練とかだからそんなに大変では無い筈。1人とか2人に孤立させられなければ。」


アイリス「成程。でもそういうのって大体フラグになるよね。」


俺「は?」


現実にフラグ回収なんて俺の人生ではした覚えが無い。気にした事が無いのをいきなり気にしろと言われても出来る訳がない。


アイリス「見た事ない場所に出たけど。私達以外いないし、出入り口も見えないわよ?」


俺「人生ってのは上手く行かねぇな。」


アイリス「ちょっと!何言ってんの!」


とりあえず進む事にする。果たして他の連中が無事かどうか?多分大丈夫だろうけど気にはなる。


アイリス「皆んな無事かな?」


俺「気にはなるけど、大丈夫と信じて先に進むしかないだろうな。」


アイリス「でも心配だよ。」


俺「とりあえずはここをさっさと脱出しよう。」


アイリス「分かったわ。」


道が合ってるか分からなかったが正解だったみたいだ。道の先に魔物がいる。一つ目の巨人、多分だがサイクロプス的な奴だ。ただ何故か全身がメタリックに見える。こいつがこの部屋のボスで間違い無いと思う。俺は足元の石を拾いサイクロプス的な奴に投げる。当たるとカツンっと音がした。


俺「完全に鉄だな。」


アイリス「よし!じゃあ、行ってくる!」


俺「ん?1人で行くのか?2人で倒した方が楽だろ?」


アイリス「フフン。これでも少しは強くなったのよ。ここは私に任せて!」


詳しくは割愛するが以前アイリスに[気]の使い方を教えて欲しいと言われたから少し教えた。ジンみたく魔力の扱いに特化すると思っていたが、なんとアイリスは[気]をマスターし、魔法まで使えるという特技を得ていた。

ざっくりした分け方だが、[気]は体力を消費して使い、魔法は精神力を消費する感覚だ。アイリスは体力と精神力のそれぞれを使い別の攻撃をバラバラに発動したり、合わせて使ったり出来る様になっていた。もう完全に俺より強いだろ?って言いたくなるくらいだ。

アイリスは[気]で身体の強度を上げ、魔力を使い身体強化の魔法を使う。これで無理な強化を使っても身体の負担が減り、力の底上げにもなるという。大した物だ。

戦闘スタイルも一新され、両方使うと多少消耗が激しくなるが、物理と魔法の2つが強化された。今まで中途半端な威力になりがちな魔法を、まともに使えるのと同時に剣の攻撃もしっかり出来る様になった。

因みにサイクロプスはハンマーを装備しているが、アイリスはそのハンマーに剣を軽くぶつけるだけで弾く。


サイクロプス「グォ!」


アイリスはハンマーを弾くと挨拶代わりとでも言うのか、炎の槍[ファイアランス]を喰らわせる。サイクロプスが仰け反るタイミングで両足とハンマーを持つ右手を斬り付け、サイクロプスに膝を着かせる。だが相手も負けじと左拳を振り下ろす。その脇をすり抜ける様に走り抜け、ついでに左脇腹を斬る。振り向きざまに氷魔法を背中に放つ。怒りに任せて振り向きながらハンマーを振るサイクロプス。だがアイリスは冷静に[気]を纏わせ身体強化の力も加えた剣で右の手首を落とす。そして足から胴体、腕と首に頭と一気に斬り刻む。最後はバラバラになった。

怖!っと思ったが、言わない事にしよう。口は災いの元って言うしな。


アイリス「はぁ〜、スッキリした〜。」


俺「お、お疲れ。」


かなりストレスを溜め込んでたのかな?そんな風に思っていると目の前の空間に穴が開く。出口だ。


俺「行くか。」


アイリス「ええ。」


部屋から出ると知識通り聖剣の間だ。それは良かったが少し気になる事がある。俺達以外には誰もいない。俺達が1番に到着していた。


アイリス「ねぇ、大丈夫かな?」


俺「待つしかないだろ。」


15階の中央に安置されている聖剣を見る。ゲームではただのグラフィックだけど実際はかなりの重厚感だ。ぱっと見は片手剣だ。左右対称でそこまで凝った装飾は無い。遠目に見ると十字架にも見える。柄を掴んで軽く引っ張っても抜ける気配は無い。


俺「よしよし。俺は選ばれてない。これでジンが来て抜いてくれたら丸く収まる。」


アイリス「確かにね。どれどれ?」


アイリスも触れようとする。触れる感じに軽く、本当に軽くだ。軽く持ち上げる感じの動きをした。ただそれだけだった。その時カスンと音がした。


アイリス「あ・・・。」


抜けた。あっさりと。


俺「・・・・。」


アイリス「・・・・。」


アイリスはゆっくり台座に戻す。そして鍔の部分を掴み台座に押し込む。俺は柄の先端を叩く。2人で懸命に剣を押し込んだ。

俺は改めて剣を掴み引っ張る。今度は思いっ切り引っ張るが抜ける感じは無い。


俺「良し!大丈夫だ!」


アイリス「本当?良かったぁ。どうなる事かと思ったよ。」


その時入り口の方に俺達が来たのと同じゲートが開く。


エレナ「あ、シリウス!」


ジン「お、アイリスも一緒か?2人が先に来てたのか。」


エレナ「他の連中は?」


俺「まだ来てないぞ。」


その後もゲートが開きトリッシュにシャノン、キースとザックが一緒に出てきた。


エレナ「何だ。皆んな一緒だったのか?」


シャノン「はい、こっちは4人一緒でした。」


皆んなに話を聞くとエレナとジンは俺達と同じくサイクロプスだが、4人はコボルトの群れだった。人によって内容が違うとは、地球のゲームでは確かに違う敵だったけどここまで違うとは思わなかった。更に1時間程で今度は入り口の階段の方から足音がする。


クロード「お嬢様!」


あの執事と公爵家の騎士団も到着した。


俺「皆んな無事だったみたいだな。」


アイリス「うん。」


ジン「で?剣抜けそうか?」


少し気不味い。抜けるか?って聞かれても抜けた訳だからな。抜けると答えれば理由を聞かれる。俺は抜けなかったけどそうなるとアイリスは?って話になる。そこで抜けても問題がある。とりあえず


俺「いや、分からないけど。どうだ?試したら?」


ジン「う〜ん。俺達より先に来てた2人が最初に試すべきだと思うけど。」


アイリス「いや、私達はいいよ。ジン、頑張って。」


ジン「じゃあ、とりあえずやってみるか。」


ジンが引き抜こうと引っ張るが変化が無い。ヤバい気がする。


ジン「駄目だな。」


エレナ「よし!次だ!」


エレナが引く。キャラが変わっただけで絵は同じで抜ける気配が無い。続いてキース達もやり始めた。俺とアイリスは入り口辺りに移動した。


アイリス「ね、ねぇ。どうしよう?」


俺「いや、まぁ、とにかく全員にやらせるしか無いんじゃないか?」


執事や騎士達も頑張ったが剣は抜けなかった。結局最後に残ったのは俺とアイリスだけになり、全員の視線が俺達に向く。


俺「はぁ、行ってくる。」


考えれば普通の事だった。この部屋に先に入ったのは確かに俺だけど、条件を満たしてこの部屋に最初に到着したのはアイリスだ。試練の空間で番人を倒し、聖剣の間に最初にたどり着いた。こんな事なら俺が倒せば良かった。俺は珍しく真剣に抜けろと思いながら引っ張ったが駄目だ。すまん。アイリス。

アイリスは溜め息を吐きあっさり剣を抜く。俺から見ても大して力を使わず抜け、剣を天井に向け掲げる。


クロード「流石です!お嬢様!」


騎士1「おお!聖剣の乙女だ!」


騎士2「いや、聖剣の聖女様だ!」


騎士達「おお!聖女様!聖剣の聖女様!」


皆んな拝み出した。入り口辺りから見れば聖剣を抜いた人を拝む荘厳な絵画に見えるかも知れないけど、アイリスの顔を見ると凄く悲しそうな顔をしている。まさか自分が英雄の1人になるとは思わなかったんだから当然といえば当然だ。


アイリス「う、うぅ〜。」


俺「えっと、ドンマイ。」


俺はそれしか言えなかった。人生は本当に上手く行かない。

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