ノックは大事

ダンジョンの攻略が終わり、島の領主邸で1泊してから明日本土に帰る。本来なら傭兵は貴族の家には泊まれないけど公爵令嬢の権限で泊めてもらった。

ありがたい事だけどあの執事の言う通り、今回に関して俺は何もしてない。何かしないととは思うけど、アイリスに何か必要な事があるか聞いてみるか?まぁ、多分彼女は必要無いと言うだろうな。

アイリスの部屋に向かうと執事が立っていた。


クロード「何です?」


俺「アイリスは?」


クロード「中にいらっしゃいますよ。」


じゃあ入ろう。


クロード「何してるんですか?」


俺「いや、アイリスに話が・・・。」


クロード「お嬢様は今誰ともお会いになりませんよ。先程しばらく1人にして欲しいと仰っていましたから。」


聖剣の所為でナーバスになってんのかな?今のまま放って置くのは不味いか?やっぱり今日中に会っておきたい。


俺「やっぱり入る。」


クロード「チッ!貴様、辞めろと言っているだろ!」


俺の左肩を掴む中々に力が入っている。若干痛い。それだけ本気なんだろう。だけど俺も退けない。俺は執事の右手を掴む。


クロード「ぐ!貴様!」


俺「退いてろ!」


執事を払い退け、アイリスの部屋に入る。あ!ノック忘れた。そう思った時には部屋に入り、扉は閉まっていた。


アイリス「ちょ、ちょっと!いきなり入らないでよ!」


話し方は普通だけど直ぐ背中を向ける。一瞬だけどアイリスが泣いているのが見えた。英雄になった重圧かそれとも別の思いか。地球の俺なら話すまで待つかな?だけど今は関係ない。今の俺はこの『世界』で生きる俺だ。深呼吸して話し掛ける。


俺「よう、話したい事があって。それと謝ろうとも思ってる。」


アイリス「何を謝るの?」


涙を隠してるのかアイリスはこっちを向かない。


俺「ノック忘れてごめん。」


アイリス「そこ?」


俺「他にもあるけど。それは後にして、君と話がしたい。」


アイリス「明日じゃ駄目?」


俺「ああ、今じゃなきゃ駄目だ。どうしても話したい。」


アイリス「うん。」


俺「別に戦わなくても大丈夫だぞ。」


アイリス「え!」


アイリスが驚いてこっちを向く。やっと目が合った。泣いてるのも予想通り。


アイリス「でも、私、英雄に。」


俺「だけど辛いだろ?前線にはジンと俺が行くからアイリスは後方でエレナのサポートをしてくれれば良い。戦場に出なくてもこっちが戦い易い様に物資の供給を手伝うとかでも良いし。」


アイリス「そんなだって私が行かないと犠牲者が!」


俺「酷い言い方かも知れないけど。騎士達や傭兵達は死ぬと分かってて戦場に立つと思うぞ。理由は色々だろうな。自分の為だったり家族や仲間を守る為とかさ。英雄がいるとかいないとか関係ないのさ。だから何があったとしても君の所為じゃない。」


アイリス「そんな!それでも私だけ逃げるなんて!」


俺「恐いんだから逃げたとしても仕方ないだろ?それで文句言うならそいつがどうかしてる。世の中には出来る事と出来ない事があるんだ。確かに頑張らないといけない時や踏ん張んなきゃいけない時もあるさ。でも本当にキツイ時は休む為にも一旦退かないと。それからどうするか考えりゃ良いさ。改めて向き合うか迂回路を探すか。それでも良いだろ?」


アイリス「・・・うん。」


少し落ち着いてきたみたいだ。


俺「それに最初の聖剣を手に入れたマットは多分自分からは戦わないぞ。周りの連中にやらせるだけだろうし。とにかく、いざって時は俺が全部纏めて何とかするさ。」


アイリス「恐くないの?」


俺「恐いけど仕方ないよ。上司に仕事押し付けられたんだ。やらないと終わらないし帰れない。放りだす訳にもいかないし。」


アイリス「え?何?その社畜精神。」


俺「いいか?社会人なんて大体一緒だよ。金が無いと生きられない。やりたく無くても給料という名の人質を取られたら従うしか無い。そんな悲しい生き物が社会人だよ。」


アイリス「それ貴方の偏見よね?」


俺「まぁ、俺の主観が入ってるのは確かだ。」


アイリス「フッ、フフッ、何それ?・・・私ね。貴方が魔王との一騎打ちに負けた時に貴方を1人で戦わせないって心に決めたの。だから今日、恐くなったのが情けなくて。」


俺「そんなの気にしなくて良いのに。それにあの一騎打ちは引き分け、相打ちだったろ?」


アイリス「その割には貴方が受けたダメージの方が大きかった気がするけど?」


俺「俺は直ぐ回復したろ?動けなかったけど。それに比べてあいつはダメージを負ったままだった。これは立派な引き分けだよ。」


アイリス「はいはい、ならそういう事にしてあげる。でも本当に何とかしてくれる?」


俺「ああ、大丈夫さ。」


そう言いながら俺はアイリスの頭に手をポンポンと置く。あれ?流れでしたけど大丈夫か?


アイリス「・・・うん。」


何も言われないから大丈夫みたいだ。しばらくすると


アイリス「ちょっと、いつまでやってるの?子供じゃないから。」


俺「お、おう。すまん。」


アイリスは少し顔を赤くしてる。恥ずかしかったかな?ん?それとも違う理由か?いや結論を出すのが早すぎる。自惚れとかだったら流石に恥ずかしい。


俺「さて、そろそろ自分の部屋で寝る事にするよ。」


アイリス「うん。お休みなさい。」


俺「ああ、お休み。」


部屋を出ると執事が睨む。


クロード「次からはちゃんとノックをしろ。」


俺「分かってるよ。気を付ける。」


クロード「それとお嬢様の事、礼を言う。ありがとう。」


俺「はぁ?何が?」


クロード「落ち込んでいるお嬢様に私は何もして差し上げられなかった。だから礼を言った。だが貴様の存在は認めないからな。」


こんな情緒不安定な奴が近くにいるって大丈夫か?少し心配だけど今日はもう遅いから寝よう。まだしばらく大変な日は続くだろうな。

それにしても今日は長い1日だった。これで今日が終われる。そう思いベッドで横になるが俺の"今日"はまだ終わってなかった。

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