特別な事は要らない
ここで最初の話に戻る。
夢だと思っていたら現実だったって事だけど、話の通りなら俺はクローンで元の世界に居場所も無くなった事になる。まぁ、あっちには本体の俺が生きてる。誰かに迷惑は掛けて無いと思う。しかし一瞬にして天涯孤独になった。考えると凹むな。
この事をこれ以上考えても仕方ないから、とにかく現在の状況を整理する。
この『世界』での俺の両親に関する記憶は無い。誰かの子供として生まれた感じではないな。赤ん坊の状態で記憶があったら変か?そう言えば、あの女神は身体はホムンクルスだとか言ってたな。って事は完全にこの『世界』の人間じゃないのか?
分からん。それにしてもこの姿で森に降ろしてどうするんだ?なんか事故が発生したとか?
全く!何もかもが酷い。普通、赤ん坊を森に捨てないだろう?どういう神経してるんだ!
俺「ぶぁ〜!」
言葉にならない叫びを上げていると近くの茂みから音がする。何かの動物か?もし獣だったらどうしよう?食われる。
百歩譲って子煩悩な狼とかなら大丈夫か?いや、下手すると大人になるまで素っ裸、良くて腰蓑だな。
そんなんで街に行ったら、変態扱いされて、逮捕なんて事も有り得るだろう。どうしよう?そんな事を考えていると。
女性「声がすると思ったらこんなところに赤ん坊か。ん?あんた・・・捨てられたのか、あたしの家に来るかい?」
この女性は誰だ?とにかく何も出来ない俺は大人しく連れて行かれる。そこはゲームで見た魔導師エレナの実家だ。という事はこの人は主人公の1人と言えるエレナの育ての親、アイリーンか?
でも見た目がだいぶ違う。失礼かも知れないけど見た目は婆さんだった筈。神の干渉ってのと関係あるのかな?
アイリーン「ほらここがあたしの家だ。これからあんたの家にもなるけど。それともう1人家族がいるよ。あたしの娘のエレナだ。よろしくな。」
ベビーベッドの中に女の子がいて、俺はそのまま中に下ろされる。
ベッドは1つしかないから、仕方ないかも知れないけど同じベッドに入れるか?まぁ、仕方ない。しばらくは我慢しよう。
いきなり同部屋になった俺をエレナがじっと見つめてくる。何か気になるのか?
俺「ブフッ!」
突然右頬に痛みが走った。何だ?と思った瞬間、今度は左頬に痛みが走る。エレナから、いきなり平手打ちを喰らった。
エレナが往復ビンタを始めると、笑い声が聞こえてくる。何が楽しいのかエレナが俺を叩きながらキャッキャ、キャッキャと笑っている。
感触や音が楽しいのか、それとも叩かれている時の俺の顔が面白いのか、ずっと叩いてくる。俺は堪らず彼女の平手打ちを腕で防ぐ。だが今度は腕を広げてのしかかりを仕掛けて来た。体格に差のない赤ん坊だからか恐ろしく重い。苦しい。
"アイリーン!あんた保護者だろう?何とかしてくれ~。"
俺は心の中で叫んでいた。エレナとの出会いはこんな最悪の形で始まった。
エレナはゲームにおいてはもう1人の主人公と言っても良いくらいのメインキャラだ。まぁ、彼女の身に起きた出来事は基本、回想とかのムービーシーンでしか見ない。
そもそも[Worldtrace]は主人公のジンと幼馴染で大魔導師と言われるエレナの2人が、別々のルートで仲間を集めて最後は合流し、一緒に魔王を倒すという流れだ。
ジンが仲間にしなかったキャラをエレナが仲間にする形になり、最終章で強い状態で合流するので序盤は育てるのが楽なキャラで進め終盤で総取っ替えという事もあった。
そんな仲間を楽に鍛えてくれるお助けキャラくらいに考えていたが、彼女もノルン達に選ばれた英雄の1人なのかも?とか今は思う。
しばらく共に過ごし2週間ほど経つと、アイリーンはある事に気付くと俺に言う。
アイリーン「あんた、名前が無いじゃないか。」
俺も忘れていたがそう言えばそうだ。名無しのままだ。
アイリーン「何て名前にするか?・・・そうだ!シリウスにしよう。星と同じ名前なんて良いだろう?」
適当に付けられたとしても名前は名前。例え由来が星で自分には似合わないと感じても、文句は言えない。
因みに後で分かった事だけど、天体に関しては地球と同じらしい。シュミレーションマシンらしく天体の並びに月の満ち引きも同じらしい。まぁ、流れから言えばここを元にして作ったのが『地球』だから同じで当然かも知れない。
ただ大陸の並びや名前は違う様で、そこは今までの俺の知識とは一致しなかった。
因みにエレナの実家、つまりはこの家の事だけど。大陸の左半分を領土にしている王国。その王国の王都から南西に向かった先に小規模な町がある。それが物語の主人公であるジンが生まれ育った故郷で、その近くに存在する森こそ今いる場所でエレナの実家がある森だ。
確かゲームの流れならジンとエレナが12、3歳になるとジンの実家とこの森が魔物の群れに襲われる。ハッキリとした時期が思い出せ無いが少しでも対策を考えないと。
とは言え今は赤ん坊だ。とりあえず・・・・ハイハイから始めるか。つかまり立ち出来そうなら頑張ってみよう。
アイリーンの世話になりつつ2年が経ち、俺は言わずもがな2歳になった。例によって動き回れる状態になり始めた。
そろそろこの世界の正確な知識が欲しい。何しろゲームとしての知識しか無い。下手したらそれ以外の部分が重要と言う事もある。
今の話とは関係ないけど、俺が動けるならエレナも動けるという事だ。アイツは俺以上に家の中を歩き回る。今日も家の何処かでアイリーンの悲鳴とエレナの笑い声が聞こえる。
のどかに時間を過ごしているとドン!ドン!と扉を叩く音がする。アイリーンがエレナを抱え走って来た。
アイリーン「シリウス、エレナを見ててくれ!お願いだよ!」
おいおい、2歳の子供に2歳の世話頼むか?しばらくエレナと見つめ合う形で向き合っていると
エレナ「いい子、いい子。」
そう言いながら頭を撫でて来た。生まれつき頭が良いという事なのか、エレナは少しだが言葉を発する事が出来る。俺は言葉は理解してるがまだ話せない。自分とエレナにどんな違いがあるのか?そんな事を考えているとアイリーンがお客さんを連れて家に入って来た。
男性「息子の熱が下がらないんだ。」
女性「お願いします。助けて下さい。」
アイリーン「分かった。分かった。今診るよ。」
アイリーンは薬の調合が出来る。その上、ある程度の医学的な知識もあるようだ。なので町医者の様な仕事をしている。この『世界』の医学レベルとなるとそんなに高くは無い様で、基本的には魔法でパーっと治す。だけど治療魔法は自前で出来ない。なら治せる人に頼むしか無い。しかしそうなると人件費や交通費等色々かかる。その点、近くに住む医者なら安く済む。それにアイリーンは回復魔法も使えるから治すのは簡単だ。
アイリーン「大丈夫この位なら直ぐに良くなる。」
男性「良かった。ジン、本当に良かった。」
女性「ありがとうございます。」
アイリーン「気にしなくて良いさ。普段食べ物とかで色々世話になってるからね。」
子供の両親は泣きながらお礼を言っている。そういえば『ジン』って言ってたな。『ジン』と言えば主人公の名前だった筈。ゲームや物語じゃないから主人公も何も無いだろうけど。
アイリーンと両親が話し込んでいる間に少し覗いてみる。確かに面影がある。印象はあってると思うけどもう少し育たないとはっきり判別が出来ない。
女性「あら、この子は?」
母親の方が俺に気が付いた。
アイリーン「まだ会った事無かったな。2年前、森に捨てられていたのをあたしが拾ったのさ。魔力が無いみたいでね。」
男性「酷いな。貴族かな?魔力に拘るのは貴族だから。」
アイリーン「あたしもそう思うよ。普通、魔力が無いと言っても親が子供を捨てる事は出来ないと思うよ。」
女性「何にしてもこれから大変でしょうね。頑張ってね。」
母親は俺の頭を撫でた。確かにこれから色々あるからな。
ん?今、何て言った?魔力が無いとか言わなかった?今のほぼ聞き流していたが何か嫌な予感がする。
それから更に1年が過ぎ、やっと会話出来るくらいになった。アイリーンの書斎には本が山程置いてある。本人が勉強する為に集めたかは分からないけど、俺が勉強するうえでは助かる。本の中にはやはり魔導書も有り、手引き通りにやれば魔法が使えるという。魔導書の通り練習してみたが何も起きない。魔力を感じる練習とやらもしたが何も感じない。
アイリーンに駄目元で聞いてみたが、彼女いわく俺には魔力を蓄える器官そのものが無いというのだ。それこそ地球のゲームで言えばMPが0という事かもしれない。もしかしたらMPの表示すら無いかもしれない。アイリーンとしてもそんな人間が存在する事自体知らなかったらしい。
この『世界』での魔力無しと魔力有りの違いは基本的に魔物と戦う為に必要な身体強化の魔法が、使えるか使えないかの2択だそうだ。
ゲームの数字で例えると身体強化に必要な数値は20でそれが有れば魔力有り、以下なら魔力無しという分け方だそうだ。
この『世界』は元々魔力が20以上無ければどんなに鍛えても増えない様になっているらしい。稀に19以下でも鍛錬で 20以上に上げられる者がいるらしい。
結論から言うと戦士タイプと設定されたキャラは魔法は一生覚えられないと固定されるという事だ。中々酷い話で人によっては諦め切れず鍛え続ける人もいるという。
俺が思うにアカシックレコードの所為だろうなと思う。あれに記録されると確定するって事だろう。そうなると変えようが無いのだ。
俺はその少しの魔力すら無い。特に珍しい存在らしい。・・・・そんな特別は要らなかったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます