きつねうどん~エピローグ~

 春のそよ風が桜の花弁を連れてきた。くるりと回って小祠の屋根に乗る。

 うららかな日和が悠翔はるとに降り注いでいる。

『小さいよ』

『小さいな』

 狐たちが顔を寄せ合い縁側で昼寝している悠翔を見下ろしている。

『でもこの前より大きくなってるよ』

『そうだな』

 ついこの間まで首も座らない赤ん坊だと思っていたのにとうとうこの春には幼稚園に通いだすらしい。

『人の子は成長が早いからな』

 狐がそういうと悠翔はゴロンと寝返りを打つ。ふくふくとした頬が今にもこぼれ落ちそうだった。

「おばあちゃん、兜ってどこにあるの?」

 結衣が納戸から尋ねる。

 台所から出てきた和子がエプロンで手を拭きながら出てきた。

「お雛人形の後ろにないかしら。最近は女の子ばかりだったからねえ」

 結衣は心当たりがあるのか納戸から空き部屋の押し入れに向かった。

『そうだね。きっと悠翔もあっという間だよ』

 家の中をせわしなく動く結衣を見ながら微笑んだ。和子も結衣と並んで押し入れに頭を突っ込んでいる。

「そういえば結衣ちゃん、お昼ごはんどうしようか」

「みんなで食べられるものがいいよね。簡単に済ませたいし」

「なら家にあるもので作っちゃうわね」

 和子は再び立ち上がり台所に向かった。冷蔵庫を開けぐるりと中を見回す。ネギ、かまぼこ、そして油揚げ。

「お昼はきつねうどんね」



 短く切られたうどんをほおばる悠翔。まだスタイが手放せない。

 口からちゅるんと飛び出したうどんが今にも零れ落ちそうだった。

 すかさず結衣がスプーンですくい取り悠翔口の中へ戻した。

 それを見ていた狐たちはほっと胸をなでおろす。

「悠翔、よそ見してたらこぼしちゃうでしょう」

 もぐもぐと口を動かす悠翔はじっと何かを見つめている。しかし結衣がその方向を見ても何も見えない。

『見てるよ』

『見てるな』

 和子も結衣も、もう狐の姿は見えない。狐もそのことをよくわかっているし彼女たちも見えなくとも彼らがいることが分かっていた。

 結衣は困ったように笑ってからかまぼこをつまんだ。

「わんちゃんなの?」

「違うかなあ」

 結衣は面白そうに答えた。

「じゃあ、にゃんにゃん?」

「それも違うかなあ」

『結衣は昔からこうだよ』

『いつもいたずらばかりするな』

 もちろんそんな狐の声は聞こえていない。悠翔だけが不思議そうに狐を見つめている。

『きつねだよ』

「おうどん?」

『違うな』

 狐たちは困ったように耳を下げた。


 この家には狐が棲んでいる。一家を見守り、時々手助けをしてくれる……ときもある。楽しいことも悲しいことも、酸いも甘いもおいしいも嚙み締めた。一家とともに狐は見てきた。

「そうだわ、忘れてた」

 何かを思い出した和子が台所へ戻る。和子の手の中には小皿。少しのうどんとかまぼこ、そして油揚げ。

 縁側から庭に降りると小祠の土台にそっと置いた。

「どうぞ召し上がれ」

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