第36話 モフモフ


 昼下がりになり、兼近さんは寝息を立てながら熟睡していた。

 俺のわがままもあり、疲れてしまったのだろう。

 布団を掛けて上げて俺はキッチンに立つ。


「寝顔は可愛いんだけど、起きたら起きたでお腹空いたって喚くのは目に見えているんだよな。適当に何か作るか」


 外食も頭に過ぎったが、移動する手間と金銭的なものを考慮すると自炊すべきだと辿り着いた。


「余ったご飯がいっぱいあるな。よし。これはもうあれを作るしかない」


 普段、使うことがない中華鍋を取り出した。

 火が通った中華鍋に俺は溶き卵を流し込む。

 俺の激しい鍋さばきが披露される。

 三十分後、仮眠を終えた兼近さんはモゾモゾと起き上がる。


「ふぁーよく寝た。ねぇ、冴島くん。お腹空いたんだけど、何か食べるものは……」


「ありますよ。すぐに用意しますから座って待って下さい」


「あ、うん」


 俺は皿に盛った炒飯を差し出す。


「お! チャーハンか。丁度、こういうものが食べたかったのよ」


「どうぞ召し上がって下さい」


「頂きます! うわ、パラパラじゃん。これ冷凍食品でしょ?」


「いえ、自分で作りましたよ」


「嘘だ。家でこんなパラパラのチャーハン出来る訳ないじゃん」


「それが出来るんですよ。これがあれば」


 そう言って俺は中華鍋を見せる。


「中華鍋? そんなもの家にあるんだ。プロみたい」


「たまたま実家から持ってきていたんです。ちょっと凝りたくなった時に使うんですよ」


「へー。まぁ美味しかったら何でもいいけど」


 兼近さんは料理の工程より味だった。

 まぁ、俺の努力はこうして美味しいと言ってくれるだけでよかった。


「ふぅ、満腹。冴島くんは食べないの?」


「俺はさっき食べました」


「そうなんだ。食べたらまた眠くなっちゃったな」


「まだ寝るんですか?」


「だって眠いんだもん」


「兼近さん。犬はもう終わりですか?」


「まだやるの?」


「だってまだ今日は終わっていません。約束は一日のはずです」


「細かいな。じゃ、何? 深夜0時まで私は冴島くんの犬でいろってこと?」


「……そこまで言いませんけど。まだ時間があるので」


「ふーん。あと何をさせたいの?」


「えっとモフモフしたり、ペロペロしてもらったり」


 と、俺が咄嗟に出た発言に兼近さんは軽蔑するような態度だった。


「はぁ? モフモフ? ペロペロ? 何を言っているの?」


「あ、いや。今のは無しで! 犬から連想したものが口に出ただけだから。決して兼近さんにしてほしいという訳じゃないので」


「それをしたら犬としてもプレイは満足?」


「え? まぁ、そうかもしれません。でも、もういいです。今のは聞かなかったことにして下さい」


「はぁ、仕方がない。その夢、叶えてやるか」


「え?」


「まずはモフモフか。私の身体を触れば満足ってことだよね」


「いいんですか?」


「うん。それくらいなら付き合ってあげる」


 兼近さんは犬の格好のままうつ伏せで床に倒れ込んだ。


「はい。好きにモフモフしていいよ」


 完全に無抵抗な姿の兼近さんが目の前にいた。

 モフモフってどこを触るんだっけ?

 どうしても胸に目がいってしまう。


「あの、どこを触ればいいんですか?」


「え? モフモフなんだからお腹でしょ」


「あ、お腹ですか」


「どこを想像していたの?」


「いえ、何でも。じゃ、触りますね」


 むにゅっと俺は兼近さんのお腹に手を当てる。

 服の上からでも分かるほっそりとしたお腹が手から伝わる。


「……くすぐったい」


「あ、ごめん」


 驚いた俺はすぐに手を離した。


「いや、続けて。心地いいくすぐったさだから」


「はい。では失礼します」


 お腹や腰まわりをなぞるように触る。


「あ、んん。よく分からないけど癖になりそう……だワン」


「兼近さん。ふざけています?」


 それから兼近さんをモフモフするよう好きなだけ俺は触った。

 無抵抗の兼近さんは本当の犬のようで嬉しくなる自分がいた。

 本当に癖になりつつある兼近さんの顔は火照っているように見えた。

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