第11話 爆食
「さて。何食べる?」
「兼近さんの食べたいものでいいよ」
「寿司かな。いや、焼肉も捨て難い」
「昼からそんなガッツリ食べるの? それにそこまでお金ないし」
「そこは気にしなくていいよ。いつもお世話になっているからお昼は奢ってあげるね」
「本当?」
兼近さんが女神に見えた。
いつも生活がカツカツの俺は特売品や実家から送られる野菜をなんとか食いつなぐ日々であまり外食をする機会がない。
対して兼近さんは高校生でありながら社会人と変わらない収入があるので懐が潤っているのだろう。
「うーん。この辺は寿司屋も焼肉屋も無さそうだな。ちょっと歩いてみようか」
チェーン店が並ぶ繁華街に兼近さんは物色するように目を光らせる。
どこでもいいのではないかと思うが、兼近さんはこの一食に賭けている様子だ。
「ここにする」
目を付けたのは『ご飯処・宮川』と書かれた老舗だ。
外観が痛んでおり、築三十年以上。うちのアパートと変わらないボロさが見た瞬間伝わった。何屋だ? 色々品揃えがあるのだろうか。
「ここ? ちょっと怪しくない?」
「何を言っているの。こういうところが案外美味しかったりするんだよ」
迷いもなく兼近さんは入店した。
「ちょ、ちょっと」
俺も兼近さんに続く。
外観もそうだが、店内はかなり年季が入っている。
「いらっしゃいませ。二名様ですね。お好きな席にどうぞ」
店員は二人。おそらく夫婦で経営している飲食店だろう。
奥のテーブル席に座り、メニューを開く。
「冴島くん。やっぱりここ、大当たりよ」
「大当たり?」
「見て。壁に貼ってあるサイン。あれ、芸能人のやつだよ。きっとテレビで紹介された店かも」
「な、なるほど」
メニューは丼物、麺物、揚げ物、ご飯物など多種多様に記載されていた。
これだけ豊富だとどれにするか悩む。
「冴島くん。決まった?」
「えっと、カツ丼で」
「私は唐揚げ定食。すみません。注文お願いします」
注文を伝えて数分。厨房から香ばしい匂いが伝わる。
「ウォーキングがいいスパイスになったかもね」
「確かに。一気に空腹を感じたよ」
そして注文した料理が運ばれる。
「お待ちどう様です。カツ丼と唐揚げ定食です」
ドンッとテーブルに並べられた瞬間、俺は血の気が引いた。
そう、普通のカツ丼を想像していたが、運ばれてきたカツ丼は二人前……いや、三人前はあるようなメガ盛り丼である。カツが三枚。それにご飯の量も尋常ではない。
それは兼近さんの唐揚げ定食も同じである。
小さい唐揚げが数個あるものを想定していたが、ビックサイズの唐揚げが五個。それにご飯の量は漫画盛りのような派手さだ。
「どうぞ。召し上がり下さい」
奥様の笑顔に俺は顔を引きつった。
そう、この老舗はただの定食屋ではない。どのメニューを選んでも超メガ盛りのデカ盛り店であったのだ。
「わぁー。美味しそう。食べられるかな」
笑顔を作る兼近さんだったが、心では悲惨である。
「食べるしかない」
俺は箸を手に取り、カツの海へ飛び込んだ。
本来であれば一つを二人で食べれば充分過ぎる量だが、一つを一人で食べきれる量ではない。
俺がカツ丼と奮闘していると店内には次々の客足が増えていく。
どの客も胃袋に自信がありそうな堅いが良い男たちだ。
明らかに俺と兼近さんは場違いである。
それでも闘わなくちゃならないんだ!
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
俺はなんとか胃袋にカツ丼を流し込んだ。
「私は無理だ」
それに対して兼近さんは半分以上残してギブアップとなった。
「あ、残した分はお持ち帰り出来ますので遠慮なく言って下さいね」
普通にタッパーが店のテーブルに常備されており、残す前提のような配置になっていた。
「はは。無理して食べなければ良かった」
結果的に全部食べきってしまい、しばらく満腹に苦しめられることになった。
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