第3話 生き方は自分で決める
「私は今の学校に通っている間は正体を隠して活動するつもり。卒業か中退したら堂々と活動するからそれまでの間、冴島くんには黙っていて欲しいんだ」
「な、なるほど」
兼近さんが常に眠そうにしていた理由や変な噂の正体は謎が解けた。
「それにしても一人暮らしなんだね。家庭の事情ってやつ?」
「違うよ。家出」
「い、家出?」
「家出っていうか喧嘩みたいなものかな。私はVtuberで生きていくって親に言ったら大反対。もう、喧嘩の毎日。ずっと親と戦っていたと思う」
「確かに親の立場としては否定したくなると思う」
「そうなんだよ。それで条件を出されたの。なら名門学校に入学してみろ。そしたら好きにしていいって言われたの。私が勉強できないことを知っていた親はあえて無謀な条件を出して諦めさせようとしていた訳。性格悪くない? だから見返してやろうと必死で勉強して今の最難関の学校に入学を決めたの。そしたら親も何も言えなくなって好きにしろって諦めたのよ。マジざまぁって感じ」
「は、はは……」
何も笑えないが、空気を読んで無理やり笑ってみせる。
「本当に好きにしようと思って私の今の収入でギリ住めるアパートを親の名義で借りて一人暮らしをしているって訳」
「え? 兼近さん。収入あるの?」
「うん。一般的なフリーターと同じくらいの収入だけどね」
Vtuberって収入あるんだ。
それで生活している女子高生がここにいるのだから次元が違う。
「冴島くんも一人暮らしだよね?」
「あぁ、俺は親に生活費を出してもらっているけど」
「まぁ、それが普通だと思うよ。高校生で一人暮らしってなんかカッコよくない? 自分カッケーとか思わない?」
「思わない。俺は家庭の事情があるからやむを得ないから一人暮らしをしているんだ」
「へーそっか。将来はどうするつもり?」
「普通に大学に行ってそれなりの大手企業に入社するつもりだよ」
「ふーん。夢とかない訳?」
「夢?」
「動画配信者になりたいとか歌手になりたいとか漫画家になりたいとかあるじゃない?」
「別に。俺はずっと勉強してきたからそんな夢は持ち合わせていないよ」
「そっか。冴島くんは変わっているね」
「いや。変わっているのは兼近さんの方だと思うけど。俺は至って普通だ」
「そっか。こういうことばかりしているから普通の感覚が鈍っているみたい」
「兼近さん。余計なお世話かもしれないけど、一言だけ言わせてもらっていい?」
「うん。どうぞ」
「Vtuber一本で生きていくって言っていたけど、せめて学校は卒業した方がいいと思うよ」
「ふーん。何で?」
「兼近さんの活動は確かに夢があって魅力的だ。でも、必ず安定するものではない。だから少なからず保険をかけるべきって話だよ」
「保険?」
「もしVtuberが失敗して途方に暮れた時、高校を卒業していれば働き口の幅があるって話さ。そのための保険をかけても損ではないと思う」
「なるほどね。冴島くん、良いこと言うじゃない。うん。じゃ、そうする」
兼近さんは俺の言うことを素直に受け入れた。
見た目はギャルだが、中身はしっかりとした芯がある。
「それにしても……」と俺は兼近さんの部屋をぐるりと見渡した。
配信活動をする為に必要な機材がズラリ。どれも高価そうな機材ばかりだ。
いや、それも気になるのは生活感あるおぞましいゴミの数だ。
ペットボトルや空き缶。コンビニ弁当の空容器などテーブルの上に収まり切らず床にまで侵食している。何よりも汚い。
仮にも女子高生の一般的な部屋とはかけ離れている。
「ちょ、あんまり見ないでくれる?」
「えっと、少しは片付けた方が……」
「分かっているから! 言われなくても分かっているから!」
「だったら尚更……」
「冴島くん。これ以上、部屋に関して発言したら怒るわよ?」
「ご、ごめんなさい」
兼近さんの顔は怒る寸前である。
俺はこれ以上、何も言えなかった。
「じゃ、俺はこれから帰って勉強するから」
「うん。騒音ごめんね。勉強頑張って」
「ありがとう」
そう言って俺は部屋を出て自分の部屋に戻っていく。
クレームから始まったこの出会いが俺の生活を変えていくことをまだ知らない。
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