第40話 動き出す王都(1)

 第二回ウイスキー販売打ち合わせは奏の余計な一言で不発に終わった。それから暇をもて余した奏はサーシャと街に買い物に出掛け、昼食、夕食とお世話になり2人からの切実なお願いで今日もカルビーン家に泊まる事にした。

 一方、奏からアイデアを聞いたエルフィー、ダルタン、メリーナの3人はギルド横の加工販売所で試作の準備や今後の流れの打ち合わせを行い悪くない感触を得たようだった。


 それぞれが充実した1日を終え安らかな眠りについた夜の深い時間にそれは起こった。


「ゴーン、ゴーン、ゴーン」


 それは体の芯にまで響くような重厚な鐘の音。それが3回をワンセットにして3度鳴り響いた。


「うーん、こんな夜中にうるさいんじゃ!」


 幸せな眠りの一時を邪魔された奏はベッドから上半身を起こし吠えた。そして何事かと外に出て様子を見ようと玄関まで歩いて行く。

 そこにはすでに外着に着替えたカルビーンと見送りなのか寝巻き姿のサーシャが居た。


「カルビーンお爺さん、あの鐘の音はなんなの?うるさくて目が覚めちゃったよ」


 その奏の言葉に笑いながら答えるカルビーン。それは奏に心配かけないよう配慮した笑顔であった。


「ぐははは、そうか目が覚めちまったか。あれは冒険者ギルドが冒険者を招集する為に鳴らした鐘だ。続けて3回鳴らしたから銀3級以上が対象じゃな。まあ大方第三城壁付近に狂暴種の群れが現れたんじゃろう。なあに、この城下町には腕利きの冒険者が居るから心配することはない。奏嬢ちゃんはサーシャに温かいミルクでも作ってもらい飲んで寝ろ。ワシがギルドに行って様子を見てくるから明日の朝に奏嬢ちゃんに教えてやる」


 そう言って出ていくカルビーン。そしてサーシャはミルクを温めながら奏に話す。


「この周りには深い森が無いから狂暴種が出る事はほとんど無いの。でもごく稀に小規模のはぐれ集団が出ることがあるのよね。その時は冒険者ギルドが対処する役目でね、もし脅威度が高ければ王国騎士団が対応するの。強固な城壁の上から対処するから危険性もそう高くないの。だからこれを飲んで安心して寝なさい」


 奏とサーシャは温かいミルクを飲みながら少しだけ話をし、そしてまた眠りについた。


 ーーーーーーーーーー


 時間は少し遡り夜中になる前の時間帯。場所はダジール女王が居る王城の応接室。


 バンデル王国マジルートの企みでフリンデ子爵が聖女を騙し連れ出そうとしたが、それを阻止した赤の聖女こと朝比奈春香。

 そして次の日の夜にカリーナ率いる隠密部隊が戻り、そのカリーナの報告でマジルートの企みが明らかになった。そしてそのまま今後の対策を立てている所、更に追い討ちとなる出来事が舞い降りてきた。


「コンコン」


 ドアをノックする音がありダジール女王が許可を出すと、城内見張りの兵士が慌てた様子で報告する。


「ダジール女王陛下、只今第二騎士団ドラゴンライダーのトムソンが飛竜に乗って戻って参りました。そのトムソンですが飛竜の限界を超えて飛行し戻って来た為、弱った飛竜の治療を依頼してからこちらに来ます。とても急いでいるように見えましたがどうされますか?」


 この場に居るのはダジール女王とカリーナ。そして騎士団団長と副団長。あとは宰相だ。その宰相が嫌味顔で独り言のように呟いた。


「やっと聖女関係について仲間入りさせてもらったと思ったら厄介事の相談で、今度は更に騎士団の厄介事も追加されるようですね。はあ、こんな夜遅くにとは老体に辛いですなぁ」


 この宰相の名前はイビルデス。長年宰相をやっており、この国を陰から支えてきた男として名高い。白髪で背が低く腰も少し曲がっているその姿はどこにでもいるご老人。だが白く長い眉毛の下にある目は、全てを見透かし小さなミス1つも許さないぞと鋭い眼光を放っていた。


「まあそう言うな。私がイビルデスに聖女召喚の情報を伏せていたのはこれ以上実務を増やすのは大変だと思ったからだ。悪意は無い」


「ほほほ、ものは言い様ですな」


 そして嫌味を言って少し気が晴れたのかイビルデス宰相は話は終わりとお茶で喉を潤わしていた。


 実はダジール女王、このイビルデス宰相が子供の頃から苦手なのだ。ダジール女王が明るく優しく豪気な性格に対してイビルデス宰相は陰険でネチッこくひねくれた性格なので相性が悪いのだろう。だがそこに悪意は無い。


「ああ、返事をしないとな。トムソンは準備が出来次第ここに来るように伝えてくれ」


「はっ、判りました」


 その報告に来た兵士は返事をするとドアの外に出ていった。この場に居る面子と雰囲気に飲まれ少し挙動不審になりながら。


「飛竜を兄弟のように扱っていたトムソンが限界を超えるまでして報告に来るとは余程の事ですな」


 そう話すのは王国騎士団の団長で名前はドザン。ダジール女王が騎士団団長を勤めていた時に副団長を勤めていた男で槍の名手だ。少し長めで白髪交じりの黒髪を後ろで纏めくくり、誠実そうな顔をした45歳妻子あり。


「そうだな。飛竜は扱いが難しく子供の頃から慣れ親しまないとその背に乗せることをしない。その為に訓練中の飛竜はある程度の数は居るが正規のドラゴンライダーは僅か15名しか居ない。その飛竜を駄目にするかも知れないほど急いで報告に来たのだ‥‥」


 そう言って黙り考え込むダジール女王。そして他の者も同じ様に考え込んでいた。それから少し経ってトムソンが報告に来た。それは予想を超える内容であり対処の難しいものであった。それはここから聖女の森まで馬車で2週間かかる。軍隊単位での移動であれば、その準備に時間がかかり移動も速度が落ち日数がかかるのだ。それでは到底間に合わないだろう。

 マジルートの企みも大きな問題だがひとまず解決しているので後回しにしても問題は無さそうだ。ならばとダジール女王は決断を下した。


「王都に残る騎士団の半数を援軍に向かわせる。そして冒険者ギルドから銀2級以上の者も同行させる事とする。移動は早馬での部隊と足の遅い部隊の2つに分け、準備、食料等はあとの部隊に全て任せ、早馬の部隊は持てるだけ持って不足は近隣の村や街から補給する。

 それから隠密部隊は本日で解散し、ドラゴンライダー部隊として出撃する。そして7人の聖女様もその飛竜に乗ってもらい同行して頂く。もちろん私も行くぞ。急げ、出撃だ!」


 そのダジール女王の言葉に周りの者は驚いていたが、すぐに顔を引き締め動き出す。だが1人だげ待ったを掛ける男が居た。それは嫌味な顔をした男。宰相のイビルデスだった。


「それは全く持って愚策です。宰相として発言致します。それは断固として了承することは出来ません」


 その言葉に睨み合うダジール女王とイビルデス宰相。その間にも聖女の森で防衛している騎士団の危険度は増していくのであった。

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