第39話 今度こそウイスキー販売打ち合わせ
昨日楽しい1日を過ごした私。今は台所で3人仲良く朝食中だ。そんな楽しい一時を邪魔するヤツが現れた。
「おい、ワシじゃ。勝手に中に入るぞ!」
そう言ってズカズカと乗り込んで来たのは髭もじゃことエルフィーさん。そしてその後ろにハゲ頭のダルタンさんが申し訳なさそうな顔をして付いてきていた。
(えー、まさか朝一番からなにかするの?ってウイスキーの事だよね。はぁ、今日も長い1日になりそうだ‥‥‥それはそうともう1人、あの謎の女メリーナさんが見当たらないな)
私はそう思いながら残りの朝食を食べようとテーブルに向き直すとサーシャさんと並んで美味しそうに朝食を食べているメリーナさんが居た。(お前いつの間に‥‥‥そしてそれは私の食べかけの朝食だろ!なぜ食べてる!)
私は仕方なく残っていた材料で朝食を作り直す為に席を立った。
「奏、作るならワシらの分も頼む。ダルタンもワシが家まで行って連れ出したから食べておらんのじゃ」
私に向かって笑顔で手を振るエルフィーさん。(なんでそうなるの?)
「はぁ、判ったよ‥‥‥だがお前は駄目だ!」
私はサーシャさんの横で私の朝食を頬張りながら手を振るメリーナさんに向け指を差し威嚇した。(がるるるー!)
そして騒がしい朝食も終わり、第二回ウイスキー販売打ち合わせが始まった。(第一回は不発だったけどね!)
「それではこれからウイスキー販売について打ち合わせを始めます。これはとても大きなプロジェクトです。みなさん奮って素晴らしいご意見をお出し下さい。期待しております」
何故か眼鏡を掛けて凛々しい顔で司会をするメリーナさん。(ま、まさかメリーナさんが進行役するの?でも仕事は出来る人なのかも)
そのメリーナさんはどこからか木板を持ってきて、みんなが見えやすい場所に立て掛けた。そして販売までの流れとそれに必要な書類、申請などを判りやすく書いた紙と小瓶を鞄から取り出すと、その小瓶を傾けて中のドロリとした液体を指に垂らしその紙に塗り木板に貼り付けていた。(紙もちゃんとあるんだ。それとあの小瓶に入ってたのは糊なの?ドロッとしてたけど‥‥‥)
「ねぇメリーナさん、そのドロッとしてるのは糊なの?」
そのメリーナさんは「なに当たり前の事を聞いてるの?」と不思議顔で小首を傾げた。
「これはスライムのりです。比較的安全に討伐出来る魔物なので初心者向けに依頼を出して専用の箱に入れて持ち帰ってもらい、それを冒険者ギルドで加工してスライムのりを作ってるんです。そしてその加工は見習い冒険者や怪我で討伐や採取依頼に出られない冒険者の方などに依頼を出してるんですよ。まあいわゆる救済措置ってやつですね。
でもこのスライムのり、商業ギルドで古くなった小麦粉から作る安いのりが売られてるので単価が安いんです。だからスライムのりの売上げだけでは依頼料が安くなるのでギルドから補助金で補填してるのが現状なんですけどね」
そのメリーナさんの話にダルタンさんが私に向かってついでにと言って付け加えて教えてくれた。それは冒険者ギルドでの弱者救済措置についてだ。
冒険者は13歳から登録可能で銅5級から始めるが、その7割くらいが武器や装備も買えない貧しい子供達。その子供達の為にと始めたのがギルドでの加工販売だ。その加工販売は冒険者ギルドの隣にある建物で行っているそうで、冒険者が持ち帰った魔物素材を使って色々な物を加工し販売している。その中のひとつが『スライムのり』というわけだ。
この加工販売所では怪我で動けなくなった冒険者や職を得られず13歳に満たない貧しい子供達を見習い冒険者として登録し雇っている。この救済措置は3年前にダジール女王陛下から貧困する子供達を救って欲しいと話が持ち掛けられ、ダルタンも貧しい新米冒険者や怪我で収入が無い冒険者を何とかしたいと思い実現させた事業なのだ。
(うん、それはとてもいいことだ。ダジール女王陛下、あなたは素敵な人だね。そして冒険者ギルド長、ダルタンさんもね)
そんなほっこりする話を聞きながら考えていた事を私はちょっと口にしてみた。
「このスライムのりって指ですくって使うのは面倒だよね?固めてみたらどうなの?」
それを聞いたメリーナさんは難しい顔で答えてくれた。
「のりはベチョっとしたものだと思い込んでました。もし固めることが出来れば画期的ですね!あー、でも結局手で持つから汚れるのは一緒ですね。指が汚れるのが嫌な人はハケを使うんですがこれも面倒なんですよねー」
(確か脂肪酸ナトリウムに苛性ソーダを加えると固まる筈だったんだよね。脂肪酸ナトリウムはスライム自体が脂肪の塊みたいだからいけるかも?苛性ソーダは灰を水で溶かして放置して水分飛ばせば出来た筈?手に着く汚れはリップ式にすれば解決だね!)
「うーん、たぶん作れると思うんだけど、そのスライムのりに灰を水で溶かして放置した上澄みを乾燥させたものを混ぜれば固まるの。それを小さな筒状の入れ物に入れて使う分だけ下から押し出せば手も汚れないよ?」
それを聞いたメリーナさんとダルタンさんの目が輝いた。ついでに職人のエルフィーさんも輝いている。その目が眩しい髭もじゃが聞いてきた。
「その押し出すってのはどうやるんじゃ?ただ指で押すだけの事じゃないよな?」
「ああ、それはネジがあるでしょ?のりの下にネジ穴がある土台をつけてその下に入れ物の下側にネジが付いた回転台を作るの。そうすれば回転台を回せばネジが回ってのりが上下する仕組みの出来上がりだね」
それを聞いたエルフィーさんは頭の中でその構造を思い描き考えているようだ。そしてしばらくすると驚いた顔をして私を見た。
「お、おい、これは使えるぞ。固定方法や費用をかけないよう考える必要はある。だがこれは簡単な方法じゃが画期的じゃぞ!」
(お、おお‥‥予想以上に食い付きが凄い‥‥‥)
そしてメリーナさんとダルタンさんもこの話に食い付いてきた。
「こ、これ、安く作れたら爆発的に売れるんじゃないですか?」
「ああ、今までのものと比べると高くなるが、利便性を考えるとそれでも売れる」
それから興奮気味であーだこーだと話し始める3人。そしてその3人を見ながら私は呟くのであった。
「昨日サーシャさんが小さな入れ物に入った紅を筆を使って唇に塗ってたけど、この方法を使えば簡単に綺麗に塗れるんだよねー」
それを聞いた3人は揃って振り向き、とてつもなく輝いた瞳で私を見た。
(ちょっと怖いんですけど‥‥)
そしてその3人はお互いを見て頷くと素早い動きでこの部屋から出ていった。「これから加工販売所で実験しながら打ち合わせじゃ!!」と叫びなから。
「えーと‥‥‥ウイスキー販売の打ち合わせはどうなるのかな?」
私は唖然としてその叫びながら走っていく3人を見送った。そしてサーシャさんとカルビーンお爺さんは「奏嬢ちゃん、くじけるなよ」「ふふふ、楽しいわね」と仲睦まじくウイスキーを飲んでいる。
こうして第二回ウイスキー販売打ち合わせは2度目の不発に終わった。
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