第25話 モルトウイスキー試飲会
私は聖女の力でエールからモルトウイスキーを造ることに成功した。それは厳密に言えば紛い物だが本物のモルトウイスキーに負けない味に仕上がっていると言ってもいいくらいだ。
それから私は20年物の元チェリー酒小樽を抱えて台所に向かった。そろそろお昼ご飯の時間なのでカルビーンお爺さんが仕事から戻ってきてる筈。だから試飲してもらうのだ。
「カルビーンお爺さん、おかえりー」
私が台所に入るとカルビーンお爺さんはすでに帰宅していてテーブルで美味しそうにエールを飲んでいた。サーシャさんは調理中だ。
私はサーシャさんに「手伝えなくてごめんね」と謝って、カルビーンお爺さんの隣に座りテーブルの上に小樽を置いた。
「ん?その小樽はこの間飲んだチェリー酒だ。確かもう飲み干してた筈なんだが中身が入ってるな?新しく買ってきたのか?」
チェリー酒はエールと比べると倍くらい高いらしい。なのであまり買うことがないみたいでカルビーンお爺さんの目が光っていた。
「これはね、朝カルビーンお爺さんから預かったエールが入ってるんだよ」
それを聞いたカルビーンお爺さん。途端にガックリと肩を落として呟いた。
「なんじゃ、紛らわしいことしおって‥‥喜んで損したわい‥‥‥‥」
そんなカルビーンお爺さんに私は人差し指をピンと伸ばし「チッチ」と口を鳴らす。そして持ってきていたコップに小樽からウイスキーを注いだ。その小樽からは琥珀色したウイスキーが「トクトク」と音を鳴らして流れ出て、フルーティーな香りが周辺を包み込む。
「お、おい、その透き通るような琥珀色、そして芳醇な香り。奏嬢ちゃんは確かエールだと言ったよな。だがどう見てもそれはエールには見えないぞ。それはいったいなんなんだ?」
そう言ってカルビーンお爺さんは注がれたそのウイスキーに目が釘付けだ。そして調理中のサーシャさんもカルビーンお爺さんの隣に来て様子を伺っていた。私はその2人に自慢気に話をするのであった。
「これはね、預かったエールを私の魔法で違うお酒に造り変えたの。ウイスキーって言うんだよ。そのままで飲んでも美味しいんだけど、酒精が強いから水や果実水で割ったり氷を入れて濃さを変えながら飲むのもオツで美味しいの。
まずはこのまま飲んでみて。キツイから少しずつね。出来れば最初に香りを楽しんで、その次に口に含んで味わいを楽しんでからゆっくりと飲んでみるのがいいと思うよ」
私の説明を真剣に聞くカルビーンお爺さん。そして説明が終わるとウイスキーが入ったコップを手に持ち鼻の前に持ってくる。すると何故か目を閉じて「ほぉ~」と囁き動かなくなった。(死んだか?)
「これはなんていい香りなんだ。確かに酒の匂いでチェリー酒のようにも思えるがそれだけではない。とにかく複雑なんだが全てが混ざりあい1つの完成された匂いになってるんだ」
そう言ったカルビーンお爺さんはまだ目を閉じたままだ。それからゆっくりとウイスキーを口に含むとまた動かなくなった。(今度こそ死んだか?)
そしてカルビーンお爺さんから「ゴクリ」と音がした。どうやらやっとウイスキーを飲んだようだ。だがその目はまだ開かない。と、思ったら「カッ!」と見開きやがった。(お前、おちょくってんのか?)
「こ、こりゃあ凄ぇ。口に含んだ途端、芳醇な香りが口いっぱいに広がり舌に感じるその酒精の強さ、いやそれだけではない。ほのかに甘くまろやかで‥‥とにかく複雑な味わいで極上のものなんだ。そして喉から胃に掛けて「カァッ」と熱くなり体中に行き渡る感覚。ワシは今までこんな旨い酒を飲んだ事がない」
その言葉を聞いたサーシャさんはカルビーンお爺さんからコップを奪い取り、同じ飲み方で一口飲んだと思ったら残りを全て一気に飲み干した。そして一言。
「うー、旨い!もう一杯!」
その言葉を聞いた私は恐る恐るサーシャさんの握るコップにウイスキーを注ぐのであった。(えっ、まだ注ぐの?えっ、コップの縁まで?まじ?それってストレートだよ?濃いよ?そしてそのコップはエール用だからいっぱい入るよ?)
そのサーシャさんは私がコップの縁まで注いだウイスキーを味わうように何度かに分けてだが最後まで飲みきった。それを見た私の目は点になるどころか白目になっていた。
「サ、サーシャさん‥‥‥いける口だったんですね。それも酒豪と言われるレベルの‥‥‥もしかしてドワーフ?ハーフとか?」
「ふふふ、私は純粋な人族よ。でもとても美味しいお酒だからつい飲んじゃったの」
「ワ、ワシの酒が‥‥‥‥悲しくて死んでしまいそうじゃ‥‥‥‥」
私の目の前で恥ずかしそうに両手を頬に当てて照れてるサーシャさんとウイスキーを奪われて死にそうになっているカルビーンお爺さん。
私は仕方なくカルビーンお爺さんにお代わりを注いであげた。(サーシャさん、その目が怖いんですが‥‥‥)
「この残りは2人で飲んで。あとの2つは武器屋のおっちゃんの所に今から持って行くの。だからまた飲みたくなったら言ってね。造るから。因みに今は手持ちが少ないからエールは準備して欲しいかな」
私の言葉に2人は見つめ合い、そしてカルビーンお爺さんが私に聞いてきた。
「もしかして武器屋というのはドワーフのエルフィーの事か?まさかその腰にあるナイフはそこで買ったのか?」
「ん?そうだよ。カルビーンお爺さん、エルフィーさんの事知ってるんだ」
私は腰に差していたナイフを鞘ごと取り外しカルビーンお爺さんに渡す。そのナイフを受け取ったカルビーンお爺さんは、鞘からナイフを抜き取りじっくりと眺めていた。
「まさしくこれはエルフィーのナイフ。それでは奏お嬢ちゃんはあの名匠エルフィーに認められたって事だな」
「名匠エルフィー?」
「ああ、あのエルフィーは鍛冶を天性の職とするドワーフ族の中でも三大名匠のひとりと名高い。そして認めた者にしか売らない頑固オヤジと有名なんだ」
(やっぱりエルフィーさんは凄い人だったんだ。それを金貨1枚でいいなんて。そして実はその金貨1枚を払い忘れてた私。挙げ句の果てその金貨を使ってしまってる私はなんて悪い子なんでしょう。これは早く貢ぎ物を持って行かないと!)
「わ、私‥‥エルフィーさんがナイフと他にも凄い装備を全部で金貨1枚で売ってくれたからお礼にお酒を造ったの。それでその金貨1枚渡すの忘れてて使っちゃったの!だから急いでこのお酒を持って行ってくるーーー!」
私は立ち上がり急いで客室に向かい小樽を両脇に抱え、2人に「行ってくるよ!」と一声掛けて玄関を飛び出した。
「お、お前‥‥名匠のナイフと装備を金貨1枚だなんて。それも払い忘れておったと?あのナイフだけで金貨300枚以上するんだぞ。このバカもんが!さっさと行ってこい!!」
私は走る。怒り叫ぶカルビーンお爺さんの言葉を背に受けながら‥‥‥(ごめんなさーい!)
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