第26話 ドワーフと火酒

 私はウイスキーが入った小樽を両脇に抱え、街の中でスイスイと人混みを避けながら軽快に走っていく。それは貢ぎ物を早く渡すために。そして私を見た街の人の何人かが走る私を指差し周りの人に言っていた。


「アイツだよ!大人買い少女!」


「おい、大人買い少女が今度は酒樽抱えて走ってるぞ?まさか酒を買い占める気か!」


(むむ?大人買い少女?それって私のこと?)


 少し気になったがそれよりもエルフィーさんだ。私は走る速度を緩めることなく目的地に向かった。そして目的地に着いた私は勢いよく扉を開けて叫んだ。


「しゃーーー!バシャン!」


「エルフィーさーん!持ってきたよー!」


 毎度のこと横スライドタイプの扉が軽快な音を出して滑って行く。そしてそれを全く気にせず私の声だけに反応するドワーフおっちゃんことエルフィーさん。


「うっさいわ!そんな大声出さんでも聞こえとるわい!」


 そのエルフィーさんはカウンターで何かの道具を磨いている。そしてその手を止めて私を睨むと呆れ声で話し掛けてきた。


「はぁ‥‥‥奏、お前は静かに店に入ってこれんのか?もうちょっと女の子らしくせい」


「えー、私にあんな凄いナイフ持たせたくせに女の子らしくしろって言うの?笑っちゃうね」


 私はそう言ってカウンターに両脇に抱えていた小樽を「ドンッ」と置いた。そしてエルフィーさんの反応を期待した目で見た。だがそのエルフィーさんの反応は薄い。


「これはエールか?もしかしてこれがワシを釣る為の餌なのか?まあ奏がわざわざ持ってきてくれたんじゃ。その気持ちはありがたい。だがこれじゃあワシを釣ることは出来んぞ」


(ふふふ、私はその反応を待っていた。これからお前の度肝を抜いてやるぜ!)


「これね、私が造ったエールなの。それもエルフィーさんが知らないエールだよ?」


「ほう、奏は酒を造れるのか。それはちょいとばかし興味が出てきたな。どれ、このドワーフを唸らせる酒かどうか試してやろう」


 エルフィーさんはそう言って何処からかコップを取り出し私に向けてきた。その私はニヤリと笑い20年物の小樽の蓋を開け、少し高めの位置からウイスキーをコップに注いだ。

 そして小樽から流れ出る琥珀色の液体とその香りに気が付いたエルフィーさんは急に真剣な顔になり私を見た。


「奏、これはいったいなんだ?この綺麗な琥珀色の輝き。そして芳醇な香り。断じてこれはエールなどではない。だがワシにはこれが何か判らん」


「まあ取りあえず一口飲んでみてよ」


 そのエルフィーさんは黙ったままコップを手に持ち口元に近付けて固まった。(死んだか?いや、匂いを嗅いでるのか。紛らわしい)


 そして口に少し含むと目を閉じ固まった。(今度こそ死んだか?て言うか、なんで目を閉じるの?死後硬直なの?死んだの?)


 それから「ゴクリ」と飲んだと思ったら突然「カッ!」と目を見開いた。(お前もこのタイミングで目を開けるのね。判ってたよ)


「これは火酒か‥‥‥いや、酒精は火酒の方が強い。だがそれだけだ。じゃがこれは‥‥この複雑で芳醇な香りとまろやかな口当たり、そして奥深い味わいと体中に染み渡るほどガツンとくる酒精は繊細で力強い。まさに至高の酒」


(はい、高評価いただきましたー!むさ苦しい髭面ドワーフが釣れましたー!)


「ふふ、これはモルトウイスキーって言うんだよ。ちょっと酒精が強いから水や果実水で割って飲んでも美味しいよ。あとオツなのは氷を入れて濃さが変わっていく過程を楽しんだりするの」


 私の説明を真面目な顔で聞くエルフィーさん。そして説明が終わると何処からか酒瓶を出して私の前に置いた。


「これはドワーフ族が造る火酒だ。この製法はドワーフ族のみが知る秘伝のもの。それで奏、そのウイスキーは間違いなく火酒じゃ。だが悔しい事にワシらが造る火酒より何倍も、いや比べる事が恥ずかしいくらい旨い酒じゃ。

 これを本当に奏が造ったのか?もし本当ならどうやって造ったのじゃ?ワシはこの途轍もなく旨い酒の全てが知りたい」


 そう言って私を見つめるエルフィーさん。そしてとても純粋な目で私に頭を下げてきた。


(うーん、魔法で造った事は内緒にしておきたいんだよね。本来の製法ならいいかな?でも目の前のは20年物。どう説明する?私の村の秘伝だから内緒って事でいいか。と、その前に火酒がなんなのか飲んでみないと)


「ちょっとその火酒を飲ませてね」


 私はそう言って手のひらを器にして火酒を少しだけ注いで口に含んでから飲んでみた。その火酒は無色透明で強い酒精の匂いがする。口に含むとその酒精の強さと荒々しさがよく判る。そして飲み込むと喉と胃にガツンとくる。


「これはまさしくニューポットだね」


「ニューポット?」


「この火酒の原料は大麦。その大麦を発芽させて乾燥し綺麗な水と混ぜ合わせ、それから火酒用の酵母を使って発酵させる。それを今度は水が沸騰しない温度で加熱して、酒精のみを取り出す作業をしたんだね。それも酒精を強くする為に三度ほど繰り返してる。ザックリと製造工程を言ったけど、ここまでで出来たものを私の村ではニューポットって言ってるの」


 私の話を聞いたエルフィーさんは感心した様子でウンウンと頷いている。


「やはり奏はドワーフ秘伝の火酒の造り方を知っているのか。それも詳しすぎるほどに。

 そして『ここまで出来たもの』と言うからには、その先にまだ何かあり、それで出来たものがウイスキーという訳じゃな?」


 そう言ってコップに入っていたウイスキーを飲み、手酌で注ぎ足すエルフィーさん。


「その通り。その出来たニューポットを木の樽に入れて寝かせるの。そうしたらこの琥珀色のウイスキーが出来上がるの。それも樽の種類で色々な味に変わるのよ。面白いでしょ?」


「な、なんとそれだけでこの奥深い味わいのウイスキーが出来るのか!じゃがこの火酒も木樽で保存してるぞ?何故そのウイスキーにならんのじゃ!?」


 その簡単な製法に驚きそして樽で保管している火酒がウイスキーにならない事を不思議に思っているようだ。


「ああ、その火酒は樽で保管してもすぐに飲んでるんでしょ?最低でも3年は保管しないと飲めるウイスキーにはならないよ?」


「さ、3年じゃと‥‥‥それにじゃ、今最低でもと言ったな。そ、それならこのワシが飲んでいる極上とも言えるウイスキーは何年寝かしたものなんじゃ?」


 エルフィーさんは手に持つウイスキーを一度見てから私に恐る恐る問い掛けた。私は目を細くし口角をあげニヤリと笑い答えた。


「それは20年寝かしたものだね」


「に、に、20年じゃとーーー!」


 外にまで聞こえる大声で驚き叫ぶエルフィーさん。その顔は目が飛び出すほど見開き、鼻の穴は大きく膨らんで口からは唾が飛び散っていた。だが手に持ったコップは中身のウイスキーが溢れないように両手でしっかりと持ち直している。


そしてここから新たな聖女伝説が始まった。

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