織姫 優華〈3〉

「いいなあ」

気づいたら言葉が口から走り出てしまっていた。

「料理が?」

「あ、そうじゃなくて」

私、ずっと親に言われるがまま勉強ばかりしてきたせいで趣味とか見つけられなくて。

そういうと女の人はふんわりと笑って、

「趣味はね見つけるものじゃないのよ。趣味のほうからこっちに来てくれるものなの。趣味だって自覚していなくても趣味はいつも自分の中で笑ってくれているのよ」

といった。

だからきっとあなたの中で気づいてくれるのを待っているわ。

手早くフライパンを火にかけ油を敷きながら真剣に、優しく笑いかけてくれるその様子はとてもしっかりと芯があって。どこにいても「勉強ができてしっかり者の社長令嬢、織姫優華」を演じている優華とは真逆の存在に見えた。

だから。


「私、将来店長さんみたいな人になりたい」

ぽつりと言葉を落とした。

さっきの卵をフライパンに広げて、その上にチキンライスをのせて形を整えながら、ふふと笑った。

「うれしいこと言ってくれるじゃない。でもね、あなたにはあなたのいいところがあるの。だからそれを伸ばしたほうがきっと人生楽しいわよ」

「でも、私店長さんみたいに自分をしっかり保てられてない。いつも私じゃない私の殻の中に閉じこもってる」

「あらそれでもいいじゃない」

ことり。

真っ白なお皿の上に黄色と赤色が鮮やかに映えている。

カウンターに差し出されたのは綺麗なラグビーボール型のオムライス。

「チキンライスだって、卵の下に隠れているけれどちゃんとおいしいことはみんな知ってるわ。それと一緒。何かに隠れていたとしてもあなたはあなたなのよ」

夕焼け色の瞳が私を見つめる。澄んだ瞳はステンドグラスの光を受けて、青や緑の光を跳ね返す。優しく、心の奥まで見通すようなまなざし。

優華はいつも家に一人で寂しいこと、誕生日を祝って貰えなくて自分が忘れ去られているのではないかと不安だったことなどを大粒の涙とともにこぼした。

女の人は優しく相槌を打ちながら最後まで聞いてくれて。

少し冷めてしまったオムライスはとてもおいしかった。


「…あの、店長さん」

「蓮華」

「え?」

「私の名前よ。店長さんなんて照れちゃうわ」

「…蓮華さん」

「なあに?」

「また、ごはん食べに来てもいいですか」

「日の入りから3時間、いつでも待っているわ」

心を和ませる、この秘境で。


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心和亭 悠羅 @yu_ra_hare

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