お泊まり
「ねえ、亀戸さん。今日、泊まっていかない?」
傾き始めた日をいつの間にか入道雲が覆い隠して、夕立がざあざあと降りしきる。そんな中で鶴川さんがふと、そう切り出した。
「え、でも……」
「ほら、この雨だし。亀戸さん、傘持ってないでしょ?」
「でも、ご両親、帰ってきちゃうんじゃない?」
「さっきラインが来てね。雨のせいで土砂崩れか何かで電車が動かないから、今日はもう泊まって帰るって」
「そ、そうなんだ」
「だから、ね?」
そうなると、断る理由はない。
「分かった。一晩お世話になります」
「やったあ!」
鶴川さんは私の手を取って目を見つめる。
私も負けじと鶴川さんの目を見つめ返すが、数秒もしないうちに恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
そんな私の横顔を、鶴川さんはにこにことしながら、また見つめ続けた。
「つ、鶴川さん。ごはん。ごはんにしようよ」
いたたまれなくなって、話題と目線を逸らす。
「もう? ちょっと早くない?」
「そ、そうかな。でも準備とかあるし、何か作るならそろそろ始めとかないと」
「それもそうだね。一緒に作ろうよ」
「うん、もちろん」
私は鶴川さんに手を握られたまま、鶴川さんちのキッチンに連れられる。
白いシステムキッチンの脇に、これまた白い冷蔵庫。なんというか、標準的なキッチンだけど、まだ引っ越してから日が浅いからか、うちのより少し小綺麗な気がする。
「何あるかなぁ……」
鶴川さんがそう言いながら冷蔵庫を漁る。
「そういえば鶴川さん、サンドイッチ以外作れるの?」
一瞬の沈黙のあと、鶴川さんは、
「亀戸先生、よろしくお願いします!」
と、手を合わせてそう言った。
私は少し笑いながら、冷蔵庫の中身を見る。
「中のもの、勝手に使っちゃっていいの?」
「うん。好きなだけ使って」
鶏もも肉のパックがある。
「野菜とかはどこにあるか知ってる?」
「ああ、それなら」
キッチンの上の扉を開くと、丸まった新聞紙がごろごろと出てくる。
皮をめくるように新聞紙を取り外すと、中からじゃがいもが出てきた。
他のもめくると、にんじんと玉ねぎが出てくる。
「土の中の野菜はこうしておくと日持ちするんだって、お母さんが言ってたんだ。冷蔵庫も空くし」
「生活の知恵ってやつだね」
それぞれ二つずつ取って、残りはさっきの場所にしまう。
鶴川さんがその間にまな板と包丁を用意してくれた。
「じゃあ、作ろうか」
「はい、お願いします」
〜〜
「おいしかったね、カレー」
「うん。でも、ちょっと作りすぎちゃったかも」
まだ必要な材料の量ははっきりとは分からない。鍋の中にはまだ半分ほどカレーが溜まったままだ。
「カレーは一晩寝かすと美味しくなるって言うから。お父さんとお母さんにも食べさせてあげたいし」
「なんか、恥ずかしいな、それ」
「大丈夫。亀戸さんのカレーはプロにだって恥じない味だよ」
「ほ、褒めすぎだよ」
「だって、本当だもんね。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
時計の針は午後七時すぎを指す。
「どうしようか、これから」
「お父さんがネットフリックスに入ったんだ。それで何か見ようよ」
鶴川さんは映画が好きだ。
誰でも知っている有名な映画から、ネットで探しても日本語のページが見つからないマイナーな映画までよく知っている。
引越しのときに買ったというスマートテレビを操作すると、
「私、これ気になってたんだけど、一人じゃ怖くって」
画面になんとも恐ろしげな洞窟だか祠だかが映っている。
最近話題になっている台湾のホラーらしい。私も名前くらいは聞いたことがある。
「……これ、観るの?」
「怖いのは苦手?」
「そんなんじゃないけど。よし、観よう」
また、鶴川さんの前で見栄を張ってしまった。
〜〜
体が震えている。
「亀戸さん、寒い? エアコン効きすぎかな」
「だ、大丈夫」
鶴川さんがリモコンをピコピコと操作して設定温度を上げるが、体の震えは止まらない。原因は寒さなんかじゃないから当然だ。
「面白かったね、さっきの映画」
「う、うん」
「ホラーなのに脚本がしっかりしてて。伏線とかもたくさんあって」
「そう、だね」
適当に返事を合わせたが、本当のところ脚本も伏線も覚えていない。
私にそんなことを気にかける余裕はなかった。
「もしかして、怖かった?」
「ううん。全然、怖くなかった」
声は震えている。
「じゃあ、私お風呂入ってくるけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫」
「そう? じゃあ、行ってくるね」
そう言って部屋を出ようとする鶴川さんの服の裾を、私は思わずつまんで引き止めた。
「……やっぱり、一人にしないで」
思わず口を出た。
「うん、分かった!」
鶴川さんはなぜか嬉しそうにそう言って、私に背中から抱きついた。
「つ、鶴川さん?」
「亀戸さんって、かわいい」
顔から火を吹きそうで、私はそのまま何も言えなかった。
鶴川さんと亀戸さん ゴリ・夢☆CHU♡ @heiseicyclone
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