昼休み
結局午前中はずっと、一日中鶴川さんと机をくっつけて授業を聞いていた。
思えば、朝な教室に入ってきたとき、鶴川さんはずいぶんと身軽だった気がする。
まあ、そんなことは別にどうだっていいのだ。
教科書くらい、いくらでも見せる。別に減るもんじゃないし。
どちらかというと、鶴川さんとの異様に近い距離と、無邪気な笑顔と、弾けるような声がよっぽど心臓に悪い。
とにかく、今はお昼の時間だ。
カバンに教科書をしまって、代わりにナプキンで包んだ弁当箱を取り出す。
「ねえ、亀戸さん」
机をくっつけたまま、鶴川さんが話しかけてくる。机は鶴川さんが一方的に近付けてきたから、私にはどうしようもない。
「どうしたの?」
「お昼ごはん、いっしょに食べてもいい?」
「う、うん。いいけど」
「やったあ! ありがと、亀戸さん」
鶴川さんは私の一言一言に、飛び跳ねるように大はしゃぎして応える。
私なんかにその反応はもったいない気がして、なんだか恐縮したような気になる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、鶴川さんは鼻歌交じりに弁当箱を開く。
鶴川さんの、薄いピンク色をした四角い弁当箱の中には、レタスやトマトやハムで彩られたカラフルなサンドイッチが詰め込まれている。
私のお弁当は、冷凍食品の唐揚げとミートボール、そして小さいおむすびが二つ。白と黒と茶色しかない。鶴川さんのに比べると、なんとも地味なお弁当だ。
「亀戸さんのお弁当、おいしそうだね」
「あ、ありがとう」
「ねえ、私のサンドイッチとそのおにぎり、交換しない?」
「え?」
お弁当の具の交換なんて、多分小学校の遠足以来だ。
きっと鶴川さんは前の学校でも、こんな風に交換を何回もしてきたんだろう。
そう思うと、なぜかちょっとだけ悔しかった。
「うん。鶴川さん、梅干しとか大丈夫?」
「大丈夫だよ! 大好き、梅干し」
おむすびを、米粒に手が付かないように海苔の部分を持って、鶴川さんに手渡すつもりで差し出す。
すると、鶴川さんは私の持っているおむすびにそのままかぶりついた。
「おいしい! この梅干し、はちみつの甘いやつなんだね」
「う、うん」
一瞬頭がフリーズしたのを気取られないように、あくまで冷静を装って返事する。
鶴川さんはニコニコとしたまま、私の手のおむすびを食べる。
二、三口食べたあと、残り半分ほどになったおむすびを私の手に残したまま、今度は鶴川さんがサンドイッチを私に差し出す。
「じゃあ、はい。私のサンドイッチ。召し上がれ」
私は意を決して、なるべく周りの目を気にしないように、サンドイッチにかぶりつく。
「い、いただきます」
「どお? おいしい?」
「……うん、おいしい、です」
「よかった。じゃあ、次は私がおむすび食べるね」
「あ、あの、鶴川さん」
「なあに?」
「このままじゃ、食べにくいから。自分の手で持って食べよう」
「あっ、ほんとだ。全然気付かなかった」
鶴川さんは照れて笑いながら、私のおむすびとサンドイッチを交換した。
そして、おむすびはぱくぱくと鶴川さんの口の中に吸い込まれていく。
「ほんとにおいしい。これ、亀戸さんのお母さんが作ったの?」
「ううん。私が自分で……。お母さん、朝忙しいから」
「すっごぉい! 亀戸さん、お料理も上手なんだね!」
「そ、そんなことないよ。おにぎりだけ。ほかは冷食だし」
「でもすごいよ。私、朝はなんにもできなくて。ちゃんとお料理出来るようになりたいな」
「サンドイッチとか、作ってみたら? 夜のうちに具材だけ用意しとけば、朝はパンに挟むだけ」
「確かに、うちのお母さんもそうしてるかも。今度やってみる」
「うん。このサンドイッチ、すごくおいしいし」
「でしょお? 私のお母さん、料理上手なんだ。亀戸さんにも負けてないよ」
「そうかも。私には作れないなあ」
「作ったら、また交換しようね」
「うん。楽しみにしてる」
なんだか私は、鶴川さんと一緒だとしゃべりすぎてしまう。そんな気がしてまた顔が熱くなった。
朝、鶴川さんが現れてから、なんだかおかしい。
「ところで、亀戸さんは部活とかやってるの?」
「ううん。帰宅部だけど」
「そうなんだ」
そう呟く鶴川さんの目が少し寂しげだった。
「鶴川さんは、前の学校で何かやってたの?」
「私、演劇部だったんだ。こっちにはないみたいだね」
「演劇部……」
鶴川さんの張りのある声や、豊かな表情はきっと舞台にはうってつけのはずだ。
「見たかったな、鶴川さんの劇」
「うん」
「動画とか撮ってなかったの?」
「私、舞台には立てなかったんだ」
「え?」
「演劇部、人数多くて。後から知ったんだけど、強豪校だったんだって。でも舞台に出れる人数は台本で決まってるし、一年生はどうしても後回しになっちゃうの。何人か出れる子もいたんだけど、そういう子は演技がすごく上手い子だったり、顔が可愛い子だったり。私はダメだったんだ」
「……そうなんだ」
「ご、ごめんね、変な話して」
「ううん。大変なんだね」
鶴川さんが萎れたような笑顔を見せるので、私はまずいことを言わせてしまったような気がして居心地が悪かった。
何かフォローをしないと、取り返しがつかなくなる気がした。
「つ、鶴川さんは……」
「ん? なあに?」
「鶴川さんは、とっても可愛いと思う。顔も、声も。きっと、舞台に立ったら素敵だと思う」
ずいぶんと恥ずかしいことを言ったと思う。でも、後悔とかはしてない、とも思う。
鶴川さんは、一瞬驚いた表情をして、真っ赤な顔をサンドイッチで隠して、小さく呟いた。
「ありがとう、亀戸さん」
そのとき、私も顔が真っ赤になったんだと思う。
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